1章68話 笑える準備

「……ふぅ」


ベッドの端に座ってため息を漏らす。

誰もいない一室なら少しくらいの弱音は許されるはずだ。本当は好きでも無い奴と話すことすらトラウマを抉られているようで嫌だ。少なくとも身勝手過ぎる人は仲良くなれる気がしない。


身体の疲労ならまだしも精神的な疲労は簡単には言えてくれないからな。ステータスで回復力が高まっているのは肉体だけだ。どこかもの足りないような気がする。まぁ、無い物ねだりは虚しくなるだけだからな。やめよう。


「多言語理解……スキルだと高いな。分かっていてもここまでとは……」


買い物をしようと並んだ代物を見ていたけどさすがにスキルは高い。まぁ、物ならば盗まれてしまう可能性があるから少し安めなのは分かるけど。その点で言えば刻印魔法が使えるのはありがたいな。あの時の自分を褒めよう。


例え進化したとしても付けていられる点を考えれば首輪はないな。それならリングだとよりいいかもしれない。もしかしたら俺好みに補正能力とかを付けられる可能性もあるしな。その点はスキルよりもいい。どうせ買うのなら他の人でも使えるものにしておこう。


「……これはムダ遣いではないはず……」


唯や菜沙に少しだけ何かを言われそうだけど心配していたら何も出来ないしな。思い切って高いけど購入しておいた。パーティとしてはアレスとツーマンセルを組ませる予定だから、会話出来ないことへのディスアドバンテージが大き過ぎるし。


アレスは強い。破竹の勢いで能力を高めているし俺を越すのも時間の問題かもしれない。まぁ、そう易々とこされるつもりもないけど。だからこそ、ライバルはいても困らないだろうな。ハデスの才能は未だに計り知れていないけど固有スキルからして弱いわけがない。


ダンボールが手元に落ちてきてガサガサと開けていく。プチプチで梱包された腕輪が出てきて親指と人差し指で挟みながら見てみた。特にこれといった装飾はない。代わりに付いている能力は多言語理解とサイズ変更が付いていて困りそうな点は見当たらない。とりあえず異次元倉庫に投げておいて部屋を出た。


食事も終えた後だったのでハデスはアレスと模擬戦をしている真っ最中だ。それをマップで確認した後でデパートへと飛ぶ。模擬戦をする時に戦いに向いているからとデパートへ行かせて欲しいと言われていたからな。あそこにある金目の物はだいたい奪ってあるし建物で暴れてもなんの問題もない。拠点さえあれば移動は自由だしな。


かなり前に感じられる業務室の内装が何とも言えない気持ちにさせてくる。まぁ、外で何かがぶつかり合っている音がしているからシミジミとした感情に浸っていられないんだけど。武器を構えて扉を開けた。


その瞬間に見えたのは中央の吹き抜けで目を閉じて攻撃を弾いているアレス、そして透明になりながら至る所からの攻撃を使い翻弄させようとしているハデスだ。若干とステータスの高いアレスの防御を砕けていないハデスの図とも言えなくないけれど、それでもアレスが反撃をしない当たり、これが戦闘訓練の内容なのだろう。


「……おーい、少し時間を貰ってもいいか」

「……ん? 主様か、どうかしたのか?」

「すいません、戦闘の最中で歓迎出来なく」

「いや、ハデス、構わないんだ。後、アレスの回答としてはこれを渡しに来たんだよ」


男が男にプレゼントを渡すという時に包装をするのはどこか気持ち悪いので素で渡した。ただ異世界倉庫の中から腕輪を取り出してハデスに渡す。


「会話が出来なくて困っていただろ? これで会話が楽になると思うよ」

「俺は困らないけどな。元魔物だったから何となくで話は通じたし」

「……確かにそうですね、それでも他の皆様と話が通じないのは良いことがありません。ありがたくいただきます」


少しずつだけど敬語を扱えるようになってきているな。どこぞの戦闘だけの先輩とは大違いのようだ。まぁ、アイツにはアイツなりの良いところがあるし敬語になったら誰か分からなくなるから今のままで全然いい。


きっとハデスが人間の姿になったならイケメンなんだろうな。見ている感じでは顔が狼で厨二病にはカッコよく見えそうだけど。ただ人の価値観で測れる美しさでは決してないのは事実だ。


「ハデス」

「なんでしょうか?」

「俺はお前に求めているのはものがある。少なくともそれはアレスと同じじゃない。それだけは覚えていて欲しいんだ。仲間になった以上は俺の意向に従ってもらう」


俺の言葉によく分からないと言った顔をする。


「負けたものならば当然です」

「違うよ、負けたからどうこうではなく自分がなりたいものになって欲しいんだ。それが俺の意向であってやらなければいけないことだ。お前に合った進化をして、そしてそのお前が動きやすい場所を作ったり命令をする」

「なるほど……」


ハデスの悲しいところは本当の優しさに未だ触れられていないことだ。だから、俺が代わりに優しく大切に扱ってやらないといけない。ましてや、それが上に立つものの必要な素質だ。アンダーから何度も言われていたこと、仲間が自分のしたいと思うことをやらせるんだ。


今のハデスを見て速度を重視した進化をして欲しいと、俺は自分勝手ながらに思ってしまう。でも、それは同様にいくつもある進化の分岐点の一つでしかないんだ。いくつもの才能の一つだけが露見しているだけかもしれない。もしかしたら逆にそれ以外の才能はないのかもしれない。


それを俺が無理やりに決める権利なんてないんだ。ハデスがやりたいように、そしてやりたいと思えるようにサポートをするのが上に立つもの。依怙贔屓なんてしてはいけないんだ。もしかしたらハデスはアレスよりも弱いかもしれない。……だから何だ?


あの環境だから教師に求められる素質を考えたこともあった。俺が本当に大切だと思える教師はどんな存在なのか、そう考えるのならば最低限の生徒が進める道を増やすこと。それを自分のエゴや欲望に任せてやってはいけないことだ。絶対に自分には合う合わない人がいるだろう。合う合わないという点においては今の俺はマシな方だ。合わない奴を仲間にするつもりなんてないからな。


「ハデス、アレス……二人は対になるんだ。能力がとかじゃない。ハデスはアレスを超えるために、アレスはハデスを超えるために強くなって欲しい。もしも二人に命令するとすればそれだけだ」

「……主の意のままに」

「任せておけ」


遠回しに両者が負けないように努力するように仕向けておく。これで仲が悪くなるのなら離してやればいいだけの事だが、ハデスとアレスの模擬戦の仕方からしてそうなりそうもないけど。もしも仲が悪くなりそうなら元魔物の二人からして勘で分かるだろうし。


「明日からの課題だ。さっき拠点内での移動を許可したからな。俺達が戦っているダンジョンの五階層目よりも上の階層で戦ってくれ。アレスからしたらそこら辺の魔物では戦い足りないだろ?」

「そうだな、ハデスのような奴ならまだ楽しめるんだが、大して脳もない奴ばかりが突撃してくるだけだし……」

「薬草が必要ならアテナから頼みが入るだろうし俺も欲しいと思えば伝える。それまでは自分達の戦い方にあった、二人での連携を深めてくれ」

「……連携……ですか」


簡単に言えばツーマンセルだ。

一番に近くにいるからこそ、焦りも頼もしさも心からではなく体から身に染みてくるはずだ。俺の望みは仲間が強くなって自衛できること。それはクランを作ると決めた時から心で誓っている。そして俺も仲間に負けないように強くならなければいけない。


「強くなれ、俺も強くなるからさ。休みさえあればいつでも模擬戦をしてやる。二人は俺を越えられると思うからこそ、互いを意識して強くなって欲しいんだよ」


俺に才能なんてあるんだろうか……。

俺は強くなりたい、でも、それを心から願って戦っているのだろうか。不思議に思う。強さってなんだろうか。皆を守りたいという願いが強さに繋がるなんて漫画のような馬鹿げたことは無いだろう。この世界がゲームのような世界だからこそ、強さは数値として見えている。


俺はチーターだ、ハッカーだ。

それでも安心出来ない世界なのは確実だと思う。安心出来る際で生きていたい。ゆっくりと安らかに生きていたいんだ。きっと誰もがそう願って働いたり学んだり、苦しくても息をして、心を潰してでも生にしがみつくんだ。きっと……そうだ。


伝えることも伝えた。二人を後にして部屋へと戻る。どうせ、莉子のことだ。もう準備も出来て俺の部屋にいるんだろう。……少しだけ流れる涙を袖で拭う。


「やっぱり、いたか。早いな」

「お兄さんこそ、遅かったですね」


その姿で言っても示しがつかない。

俺のベットでゴロゴロして枕に顔を埋めていたのか後がついているし。寝ながら顔だけ真面目な、真摯な目で俺を見つめてきても意味が無いな。空いているスペースに座って右手で頭を撫でてやる。


「にゃあぁぁぁ」

「俺の枕にヨダレを垂らすなよ」


枕に顔を埋めるのは結構だ。

代わりに莉子の家を真似した拠点を作ったのだから莉子の枕に顔を埋めてやるだけだしな。あの時は甘えさせてやれなかった分だけ甘やかしてやろう。莉子はお姉ちゃんなんだから。


「お兄さん、そこです!」

「はいはい、それで本題に入ろうよ。話しながらでも撫でてやれるんだからさ」

「う……はい……」


やりすぎた感でもあったのか、顔を少しだけ顰めてから元の笑顔に変わった。横になった体を起こして俺の右隣に座る。……ここまでは良いんだけど俺の右腕をガッチリとホールドするのはやめて欲しい。莉子の少し大きな胸が当たるから……。


「莉子が何で道化師ってジョブを持っていて、そして嫌っているのかは何となく想像出来ているよ。だから、あまり気負わなくていい」

「うー……まぁ、強くなるためには嫌なジョブでも扱えるように頑張るんですけどね。あいにくと家族は周りにはいませんし嫌いな理由の演じる必要なんて無いですから」


笑いながら、いや、笑ってから俺の右腕に顔を埋めてくる。どっちかにしてくれ、笑いたいのか体を埋めて匂いを嗅ぎたいのか。個人的には後者が恥ずかしいからやめて欲しいけど。


「莉子はさ、どれくらい家族が嫌いなの?」

「最初に聞くのがそれですか。えっと……一番好きなのがお兄さんや唯だとすれば、その対象に置かれそうなくらい嫌いだね」


ふーん、そこまでなのか。

俺が唯と他の家族が対照的に好き嫌い、もっと言えば愛好と嫌悪みたいな感じで嫌いとかのレベルをとうに超えている。莉子も俺が見ていた姿以上の嫌な姿を見ていたのだろう。莉子の親が警察官なだけあって気疲れも多そうだし。


「似ているな、俺も莉子も」

「……闇も持たない人が無償の優しさなんて持てないと思う。私はお兄さんに助けられたから頑張って生きてきただけだよ」


力なく笑う莉子。

その手を振りほどくととても悲しそうな顔をされてしまった。そんなことをするわけに離したわけではないのに。さっきの莉子の力よりも強く抱き寄せてあげる。匂いを嗅ぐ様子もなく静かに抱かれているのはどこか新鮮だ。


「……少しだけ話をしましょう」


聞き間違えでなければ莉子は確かに小さくそう言ったんだ。


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遅くなって申し訳ありません。

なろうに出していた作品を早めに進ませたくて片方に力を注いでいました。次は一週間以内に出せるように頑張ります。よろしければ評価や感想などお願いします。


来年も面白く読みやすい作品をイメージしたままで書いていくつもりです。四月までには1章を書き切るので楽しんでもらえると嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。


肩苦しくなってしまったので最後に一言だけ

良いお年を!

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