1章66話 嫌悪と嫉妬

見た目は小さく何歳かは分からないが髭はとても生え揃っている。ただ他のドワーフのように威圧感や風格溢れるものでは無いのは確かだから年齢も俺と近しいのかもしれない。それでも非常識そうな行動からして俺の大嫌いなタイプなことには変わりない。


「ッ……」


そのドワーフの顔を見てからリサの表情が明らかに強ばった。隠れるように俺の後ろに回って強く袖をギュッと掴んでいる。怖がっている……で、良いんだよな。リサのこういう姿を見たことがないから断定は出来ないが。


そっと頭を撫でて俺でリサを隠しながら病院へと入る……ということはさすがに無理だった。扉に手をかけた瞬間に肩を強く掴まれた感触が伝わってきた。


「おい」

「離せ」


一瞬、振り返った俺の顔を見てドワーフが表情を歪ませていた。となると、今の俺はそれだけ酷い顔をしているんだろうな。少なくとも穏やかな優しい気持ちを抱けてはいない。それでも怯みはしないようだけど。いい事なのか悪いことなのか……俺からしたら圧倒的に後者だ。


「人間風情が何の用で中に入る?」

「事情も知らない癖にぞんざいな態度だな」

「質問に答えろ」


質問に答えろと言われても対応一つで話す話さないを決めるのは俺だ。脅して聞くのならば俺が話す必要性なんて微塵もない。本当にこの腕を吹き飛ばしてやろうか。


「離して!」

「ふん、なぜ忌み子の言うことを聞かねばならない」


怒りが満ちてきた時にリサがドワーフの腕を無理やり離させようとした。だけどそのリサの腕をとって投げやがった。何だ、コイツ……どこまで自分中心なんだと思っているんだ?


そう思った矢先にドワーフが吹っ飛んでいた。

無意識だった。そう言えば解決するなんて思っていなかったが、頭が命令をする前にドワーフの顎めがけて……それでも加減していて大ダメージを与えたわけでは無いけどぶん殴っていた。


「てめぇ……」

「誰が忌み子だ。もしリサのことを馬鹿にしているのならお前はどれだけ偉いんだかな」


吐き捨てるように、本当は唾でも飛ばしてやりたいくらいだったけど我慢して俺はリサを抱える。これ以上、コイツの近くにいるのはリサに悪い。精神面でも教育的にも……それだけコイツの心が濁りきっているように俺の目には映っているからだ。


「な、殴ったな!」

「ああ、殴った」

「俺のことを知ってのことか!?」

「知らねぇよ。俺の大切な人に暴力を振るっておいて何様だ」


意識がなくて良かった。意図して殴っていたのなら本気で四肢に力が入らないほどに一撃を加えていたからな。別に俺は誰が相手だろうと仲間と認めた人に攻撃した奴を許す気はしない。仲間っていうのはそれだけに大切な存在だから。


「……巻き込んで……ごめんなさい」

「リサが謝ることなんてないよ」


俺の目を見て半分泣きながら謝るリサをどうして攻撃出来るか。俺だって病院に行ったらこんなことになると分かっていたなら来なかった。それに巻き込むってことは……まぁ、数通りの可能性に絞られるな。コイツが誰か……は、今はどうでもいいか。


「お前こそ何様だ! 俺は不幸にもそこにいる忌み子と一生を共にするように定められた婚約者だぞ! 部外者が関わっているんじゃねぇ!」

「婚約者なら相手を投げてもいいのか」

「当たり前だ! 何で忌み子に他の女性と同じ扱いをしなくちゃいけねぇ!」


……ミスった、聞かなければよかったな。

見なくても分かる。その一言を聞いたリサがより悲しそうにしているって。もう一発だけぶん殴ってやりたいけど……今は我慢だ。小さくため息をついて呼吸を整える。同時にリサを強く抱き締めて「大丈夫だから」と言って宥めた。


「黙っていろ、サイレント」

「ッツ……!」


リサへの暴言を続ける婚約者様(笑)に風魔法で音を奪い去った。今はただ口をパクパクさせるだけの髭の生えたおっさんにしか見えない。いや、それ以上に恋人を大事にしない暴力野郎でもあったな。どちらにせよ、屑だ。


リサを病院の端に座らせて頭を撫でる。

小さく「待っていて」と笑って言うと微かにだけど首を縦に振った。もう一度、強く抱き締めてから婚約者の元へと進む。一瞬だけ手で隠した顔が見えたけど酷い。可愛い顔が台無しだ。投げられて怪我がないだけまだマシだが許せるものでは無いよな。


考えれば考えるほどに苛立ちが募る。

キテンは何が目的でコイツとリサをくっ付けようとしたのだか。まぁ、あの親バカなキテンのことだから本当に重要な理由があって渋々なんだろうけど。どちらにせよ、わざわざ来てくれた婚約者様の対応をしておかないと。


「解除」

「めぇ! 何をしやがった!」


解除した途端に怒号、いや、聞いたものを不快にさせる声で……どっちでもいいか。まぁ、サイレントを解いたことを後悔するくらいには嫌な気分だ。もう一回かけ直すか……それだと話を聞けないから我慢しよう。


「耳障りだな、せっかく話を聞いてやろうと思っていたのによ」

「俺に向かって」

「なら聞かなくていいな。帰れ」


話したくないのなら聞くつもりはない。

わざわざリサやリーネさんに使おうとした時間を浪費させられるくらいなら、今からでも遅くない。早く戻った方が楽でいい。リサを慰める必要もあるからな。


「帰れるか! いきなり現れた、それも人間にドワーフの村を任せるだと!? 現族長もたかだか嫁一人のために村を捨てるなんてな!」

「俺を悪くいうのはいいがキテンやリーネさんを馬鹿にするな。それを言うならお前は族長になれるだけの素質があるんだろうな」

「俺は強い! それで十分だろ!?」


強い、ね……。俺とは合わないな。俺は確かにチートで強くなったかもしれない。だけど今の俺に満足出来るほどこの世界は甘いとは思えない。生き抜くためには今の俺よりも強い人が多くいるだろう。そいつらが敵に回ることもある。もしかしたら元仲間だって……死んでいるようなタマではないからこそ敵に回したくはないからな。


「俺に殴られて、初歩的な魔法でさえも解けなかったお前が強いか」

「あれは……手加減してやったんだ! それに俺の一番の凄さは成長速度であって」

「一ヶ月」


ドワーフの目の前に人差し指を立てる。

成長速度であってと言うのなら俺よりも早い奴は滅多にいないだろう。いたとしても俺のようなチートを貰った異世界人だ。目の前のドワーフの能力は大したことがないのだからチートを貰っていないって確信を持って言えるしな。


「俺が戦闘を始めたのは一ヶ月前だ。その前までは家に引こもるだけの穀潰しだったのだが……果たしてそこまでの速度でお前は強くなったのか? 強いと言うのならなぜリーネさんのためにダンジョンに行こうとしない?」

「エルフのためになんか」

「その時点でお前がリサの横を歩く権利すらない」


せっかく話を聞こうと思ったが考えていた以上に差別意識の高い存在だ。平等に人を見れるキテンとは天と地の差。それじゃあ聞きたいのだけど目の前の婚約者の家族は村のために何をしたんだ。何かをしていたのならキテンが教えてくれているはずだ。ただプライドの高いだけのガキ、そんな奴にリサを渡せるか。


「話を聞いていれば」

「聞いていないだろ。ただお前の言葉に対して率直な感想を述べただけだ。それで言い返せないお前の頭に問題があるんじゃないのか?」


俺は決して性格がいいとは言えない。

何度も口の悪さや話し方から威圧感を感じたのか、口喧嘩で人を泣かせたことも多くある。何度も嫌だと思っていたけど目の前にいる奴に配慮する必要なんてないよな。


「俺が一番に苛立っているのは親のために動こうとするリサと、大事な妻を助けたいと切に願うキテンを侮辱した発言をお前はしているからだ」

「ふっ、エルフなんかの血を継ぐやつなんて」

「それなら屑の血を引く奴は可哀想だな。いくら努力しようと屑より上に行くことが出来ないんだからな」


種族柄での血を馬鹿にするのは意味が分からない。

その馬鹿にしている血を引くリサに勝っている点が目の前の存在にはないし、強くなる速度で言えばリサは俺の仲間達と同じくらいには早いからな。どこにそんな自信が湧く?


「俺の血統を馬鹿にするなと」

「それじゃあ聞こう。お前の名前は何だ? 崇高な言葉だけを並べるお前の血族にどんなすごい奴がいるって言うんだ?」


俺の一言に婚約者の顔が強ばる。

勝ちを確信したような気持ち悪い顔だ。


「俺はヤク、ドワーフには稀有な村の結界を張る母から産まれた存在だ! エルフだから当然のように結界を張る力があるだろうがな! ドワーフにだっているんだよ! 俺達が欲しているのはリサじゃねぇ! リサの中にある守り手としての血だけだ!」

「そうか、反吐が出るな」


間髪入れずに返す。

何が稀有な血だ。何がドワーフにだってあるだ。それで自分を正当化する出来ていないことに気がつけていないんだからな。もっと言えばそれを鵜呑みにしたとしても親の才能に齧り付いているだけ。ヤク本人の才能じゃない。


「なおさらヤク、お前がリサと結婚する理由がなくなったな。俺ならお前のように親の威光を使うだけの屑にはならない」

「その自信はどこから来るんだかな!?」

「お前と俺とで決定的に違うことを教えてやるよ。才能? あったところで俺には無意味なんだよ。俺はな、ギフト持ちなんだ」


マウントを取りたいわけではない。

それでも言わないといけないって心の底から思ってしまった。泣かされたリサのためにも、そして今までにリサが影でやってきた努力の数々をヤクは、コイツは笑っているんだからな。


「守り手の血以上の存在と大切なリサがいるべきではないのか? その点で言えば半ば無理やりキテンが決めたことだとしても納得出来る。お前とは違う。キテンは俺と軽く刃を交えただけで俺の才能と血を理解したんだから」


心の底から漏れ出すため息と共に冷たくヤクを睨み付ける。別にギフト持ちの血なんて大したことがないかもしれない。それでもここまで差別をし自分を正しく見ようとしない奴よりは、リサが俺の近くにいることの方が両者のためだと思える。


正直な話、リサと子供を作るとかは考えないし興味が無い。そもそもがそういうことをこの年ですることに躊躇いもある。環境が変わった今だからこそ、それ以上にやるべき事は多くあるし。それじゃあ自分のワガママで大切だと思えたリサを見捨てるのかって聞かれると……そんなこと許せるわけがないだろ。


「話は聞かせて貰った。とりあえず止まってくれないか?」


聞き馴染みのない声が武器を構えた俺の耳に届く。

優しく宥めるような、それでいてどこか苛立ちを覚えているような複雑な声だ。でも、何故か分からないけど怒りの矛先が俺には向かっていないようにも感じられる。


そっと顔を向けると見えたのは俺の嫌いだった人がいた。分かっている、あの時にはこの人にも事情があったんだって。その目に宿るのは何かを馬鹿にしていた当時の目ではない。ヤクを強く睨み冷たく見据える目だ。


「暴れられると周りに迷惑がかかるからな」

「ふん、人間嫌いのエドがよく言えたな。どうしたんだ。まさか人間に絆された何て言わないよな。先祖が人間にどんな仕打ちを受けたのか忘れたのか?」


ヤクのその言葉にエドは、いや、ポルとカルの父親は苦い顔をした。そうだ、だからこそ俺も驚いているんだ。エドの放った言葉は明らかにヤクの擁護ではなくて俺の擁護に聞こえる。あの時に見たエドの性格からして人間が嫌いなのは分かっている。それなら同調して攻撃してくるだろう。


「確かに人間は嫌いだ。そこにいる人間の性質も分かってはいない」

「それならなおさら」

「そうだな、なおさらヤクのやっていることが理解出来ない。敵は人間であって護ってくれていたリーネ様やリサさんが敵じゃない。なぜ矛先を人間ではなく忌み子と嫌う人達にする? 恐ろしいのか? さっきのように赤子のように扱われるのが」


淡々と目に怒りを浮かばせながらもヤクに言い放ち続ける。数度、表情を変えるヤクだが即座に返事をすることが出来ない。当たり前だ、コイツからしたら人間にかこつけて自分の立場しか考えていない。そんな奴に族長など任せられるか。


「俺は人間が嫌いだ。それでも族長の認めた娘の婚約者である人間には……少しだけ視点を変えてもいいと思っている」

「は! 何でか知らないが頭の悪い行動だな!」

「頭の悪い行動だと言うのならば結構だ。ヤクが族長になれば、もしかしたら人間が族長になるよりも良い村になるかもしれない。それは未来のことだからな。だが」


エドは大きく息を吸って吐き出す。

まるでヤクに聞かせるように大きく。


「俺の子供は俺のワガママで死にかけた。もしかしたら人間を嫌うことも俺のワガママなのかもしれない。それならば次世代を担う子供達の目を信じてみるのも有りだと考えただけだ。何よりも俺の子供はそこの人間に助けられてピンピンしているからな。過去に助けられたことがそこの人間にはあっても、ヤクにはないな。あっても素材の無心や悪口だけ」

「お、俺だって色々なことを」

「それが見えていない時点で終わっている。それならば目に見えて行動してくれている方に好意を抱くのは当然のことだ」


そこまで言うとエドが体を九十度回転させて俺の方に向き直した。ヤクを見る時のような怒りに満ちた目ではなく初めて見た優しげな目だ。まるで俺に対して敵じゃないと言いたげな目で……。


「君が族長になるかならないかは自由にしてくれていい。族長のことだから気に入られてしまえば勝手に婚約者だの、次期族長だの騒がれるからな。それでもこれだけは約束して欲しい」

「……約束ですか」


俺の一言に少しだけ笑う。


「リーネ様を助けて欲しい。俺は人間に恨みはあれどエルフに恨みはない。それにエルフであってもドワーフのために戦ってくれていたリーネ様に感謝の言葉も言えないなんて」


そこで言葉が止まる。

なるほど、エルフに対しては恨みがない人もいるのか。絶対に相互的に嫌悪を抱いているわけではなくて純粋にリーネさんを見ている人もいる。この人は義理とかを大切にしているのかもな。江戸っ子なのか、さすがにそんな言葉は無いだろうから名前の元にはなっていないだろうけど。


「安心してください。医者ではなくても腕には自信がありますから。薬は作りますよ」

「そうか……悪いな」


安堵したように微笑むエド。

そんな姿を見て子供達の時に言っていた言葉など微塵も思い出せない。改心……というよりも子供が本当に死にかけて初めて分かったのか。純粋な親バカなんだろうな。


「ヤク、悪いが今のお前を見て同種だと思われたくはない。この場を去ってくれ」

「は? 何でだよ!? 俺は婚約者で」

「俺も仲間と話をしたが族長の娘が婚約するのであればヤクを推すと言う人は一人もいなかったぞ。さすがに……言わなくても分かるよな?」


その表情は苦い。どうせ他のことでもヤクのやっていたことはいいことではなかったんだろうな。口だけで何も出来ないとか、その傲慢な態度から嫌われているとか、いくらでも考えつく。


「ふざける」


怒号に近い声でヤクが何かを言おうとした瞬間。

ヤクが空中に飛んだ。比喩でもなく腹の方が曲がってくの字に、真上に飛んでいた。エドも少し驚いた表情をしていたが少しした後、「コイツは連れて帰る」と言って消えて行った。


礼をした後に小さく「ハデスありがとう」と言うと旋風が起こった。きっとこれが返事なんだろう。何とも言えない気持ちのままで病院に戻る。アイツのせいでやらなければいけない事が増えたからな。本当に疫病神だ。


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冬も寒さを見せてきてかなり気温が低くなりましたね。もうそろそろで村編が終盤に入りますので楽しみにしていてもらえればありがたいです。


次回は三十日までには出します。来週の土曜日を乗り越えれば休みが続くので少しだけ投稿頻度を上げるかもしれないです。面白いと思って頂ければ評価や感想などもよろしくお願いします。

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