1章64話 見えないからこそ
「次は唯だな」
「どんとこーいだよ!」
無い胸を張って自信があるように見せているけど少しだけ足が震えているのが分かる。どれだけ長くいると思っているんだ。こうやって気遣わせる性格にさせてしまったのは俺のせいなのかもしれないな。
両腕で抱きしめる……っていうのは膝上のリサと右腕を牛耳る莉子のせいで無理だけど、空いた左腕で唯を抱き寄せた。それだけで安心したのか、唯は俺の左胸で……あ、コイツ匂いを嗅いでいるだけだわ。まぁ、別にいいけどさ。ヒキニート生活のせいで少し太っていたから臭くないか……。そんなことでグダグダ言うたまじゃないよな。考えないことにしよう。
莉子に「少しだけ離れてね」と言うとスルッと腕の拘束を解いてくれた。いい子だ、離されなかったら少し困ったし。唯の抱き締めを解いても左胸から顔を離さないし……これが普通だと思って無視しようか。先が進まない。
利き手の右手でペンを取ってテーブルでサラサラと唯の就けるジョブを書いていく。羅列だけど多いから、やっぱり才能があるってことなんだろうな。俺の時みたいな特筆すべきジョブは少ないように見えるけど……それでも固有ジョブがあるだけ大したものか。
その点で言えば莉子も菜沙も同じかな。リサはまだ経験が浅いからか数が少ないけど、それも戦ううちにもっともっと増えていくだろう。エルフとドワーフの血を継いでいるんだから両方の特性を持っていても不思議じゃない。少なくともエルフにはない力強さと、ドワーフにはない魔力制御と魔力量がリサにはあるしな。
総数十六、これは普通に多い。一個や二個は誤差のうちって思いがちだけど条件を満たさなきゃジョブは発現しないんだ。俺の神殿とかなら条件は見れるけど特に意識してないでこれだからすごい。さすがは俺の妹。……だけど莉子と同様にヤンデレがジョブとしてあるのはヤバいと思う。後、メンヘラもあるのは気のせいだと思いたい。
そのジョブを書いた瞬間に菜沙が表情を強ばらせた。うん、俺と同じ感性の子がいてよかった。さすがにヤンデレはヤバイよな。動画でよく見ました。あんな怖い子達と付き合っていける気がしません。それでも唯なら何とか……って思えてしまう俺も末期なのかもね。
俺が菜沙の方を見ていたのに気がついたのか、目を合わせた瞬間にはにかんでくれる。やっぱり可愛いな。頭を撫でてあげたい。気分転換に菜沙のジョブを見たところで再度、目を閉じた。
はい、菜沙にもヤンデレがありました。これはどうすればいいんだ……? ヤンデレがジョブにあるっていうことは属性的にヤンデレが三人にはあったってことだよな……? ヤンデレって誰かを独占したいイメージがあるんだけど……三人には見られないしヤンデレでは無いだろ……。
ただこの表情的に菜沙は気づいていなさそうだから箇条書きする時にヤンデレだけは抜いておこう。後は尾行者っていうのも何となくヤバそうな気がするし抜いておこうかな……。隠れたヤンデレは少しだけ怖いけど……それでも慕われているのが分かっているから離すのも無理か。何より素質があるだけで本格的なヤンデレではないし気にする必要性もなし。考えすぎないようにしとこう。
「何か気になるジョブでもあったか?」
「うーん……そもそも絵を描くのが好きだし強いのが分かっている絵師で十分だしなぁ。お兄ちゃんに任せたい気持ちもあるけど……それは嫌でしょ?」
首を縦に振る。別に俺が決めるのは悪いとは言わないけどさ、自分達で考えてジョブを決めるってことに意味があると思っている。ましてや、生死が近くにある環境下でジョブを簡単に変えられるんだから俺が決めるのは少し違う気がするしな。
絵師にしたのは明らかに異質で強いことと唯が就くことに嫌と言わなかったから。もし莉子のように就くことに嫌悪感を抱いていたなら無理に就かせようとはしないしな。何より本人の意思ってそれだけ大切だし全てを俺がやってしまうと仲間が自立出来ない駄目人間になってしまう。もちろん、その逆もあるけどね。割と依存しやすいタイプだと俺は俺を評価しているし。
「私の意見としては魔法メインで戦うから強化するならそこかなって思っているよ」
「なるほど……」
確かにそうだな。今の唯に近接戦闘はなくてもいいような気がする。ゼロってわけにはいかないけど最悪は鳥獣戯画で相手の偽物を作り出せばいいだけの話だし。それに唯が単体で誰かと戦うことはまずもってない。あっても今は必要が無いかな。
「と、なると……」
「見習いがつくけど魔法使いと召喚士……かぁ」
「落胆するのも分かるけど魔法面での恩恵を受けやすいのはこの二つだね。もし一人になったとしても従魔がいれば茶を濁せるし」
召喚士自体のステータス上昇は少ない。無いといえば嘘になるけどそれは見習いがついていない本当の召喚士に限る。ぶっちゃけて言えば見習い召喚士に関しては何の苦行だと言いたいくらいにステータスが上がらないしな。ただその分だけ見習いが外れやすいって言うのもあるけど。
加えて遠距離で戦う人ならば近距離の仲間がいた方が楽。それは鉄板だけど絶対にその状況に持っていけるわけじゃないしな。例えば全員がバラバラに飛ばされたら一人で戦う上で唯が従魔を持つのは割といいと思っている。
魔法を強化するなら魔法使い、唯単体を強化するのなら召喚士って感じだな。もしくは俺が個人的に近接を教えてもいいか。どちらにせよ、唯がやりたい方を選べばいい。
「総合的か、サポートか。やりたい方を選べばいいしサードジョブもあるんだから好きな方にしていいよ。俺は唯の選んだ方を尊重するから」
「うーん……ぶっちゃけて言えばどっちでもいいんだよねー。私からしたら召喚士が使えるようになるのには時間がかかるし、魔法面でも覚えたいものは特にないし」
「そう……か……?」
魔法で覚えたいものはない……俺は言えないな。少なくとも覚えた後に違う魔法を覚えたくなるのは男のロマンというか、欲望が終わりを見せないだけかもしれないけどあるからね。
「うーんとね、魔法ってイメージさえあれば鳥獣戯画で模倣出来るんだよ。それならわざわざ覚えるよりも楽かなって。でも、追加効果に近いステータスアップが魅力的だし……」
「鳥獣戯画で従魔を作ったフリをしても相手と同レベルだったり、相手が中距離とかの敵なら勝ち目も薄いからなぁ。極端だけど唯の言いたいことはわかるよ」
唯が「でしょぉー」と頬を緩ませてくる。
こう見えて知識は薄かろうが頭はよく回るタイプなんだよなぁ。おなペコキャラの莉子もめちゃくちゃに考えて動くタイプだし。そう考えると脳筋的なキャラって僕やアレスだけじゃないか?
同レベルだったりって言うのは傍から聞けば強いと思う。分かる、俺も何も知らなければそう思ってしまうだろうな。だけどレベルが同じなだけで経験値は相手の方が多い。経験や動きの無駄がないのは百パーセント相手だ。そこを埋めるのが唯ってだけでタイマンなら明らかに相手が勝つ。それならって感じで従魔の利点もあるんだよ。
「……もし俺なら魔法使いを取るかな」
「理由は?」
「本当は唯に決めて欲しいから何も言いたくはなかったんだけど、俺はこの四人のメンバーとリサも含めて魔法メインで戦うのは唯だけだ。それならステータス補正の高いものが一番効率的だと俺は思ったからだな」
俺は中距離、菜沙や莉子は物理系と近距離と遠距離だ。物理が効かない相手なら魔法が使える俺と唯が確実に必要になる。リサの攻撃も魔法メインとはいかないからな。……いや、ステータスの上昇の低さが一番のネックだな。遠回しに魔法使いを取る理由を考えるのはやめよう。
「……うん、そうだね。私も魔法使いがいいかな。従魔がいたら……お兄ちゃん達に守ってもらえないから」
「はぁ……本当にそんな理由でいいのか?」
「当然! 強くなるのも必要なことだからね! それに召喚士は性にあわないの!」
性にあわない……は言えているか。
唯自体が魔物っていうか、動物の世話とか難しそうだし。いや、やったことがあるのかもしれないけど得意な印象がないから。強くなるって言うのも守られてばかりって言うのが嫌なのの現れに近いし。
パパっと唯のセカンドジョブを見習い魔法使いにしてから菜沙の方を向いた。……その瞬間に空いた紙に文字を書いて見せ付けてきた。まるで待ってましたとばかりに。
「それなら私はこれにします」
「ん? 早いね」
「これが一番、このグループで必要な力ですからね。それに一緒に戦ってみて足りない部分が分かりましたから」
書かれていたのは固有ジョブである聖騎士だった。ファーストジョブが魔法剣士なのは固定だろう。セカンドに聖騎士なのは……守りを固めるためか。それ以外に思いつかない。
「理由を聞いても?」
「まず洋平先輩がいつも近くにいるわけではありません。つまり前衛に私がならなければいけないことが多くなります。それなら守りが固まるであろう聖騎士が一番だと考えました」
予想で話しているけど……さすがだ。ゲーム脳なのか効率を考えて俺に言ってきている。守りが固まる聖騎士、当たりだ。固有スキルでヘイトも稼げるし攻撃と防御も高めてくれるからな。そこは知らなくても勘で話す感じ……好きだ。
「……付けるよ」
「何も言わないということは正解だったみたいですね。いつまでも守られるわけにはいきませんから」
「時々は守らせてくれよ。俺のいる意味がなくなるからな」
「……いるだけで意味があるんですけど……」
ボソッと恥ずかしいことを言っていたけど聞かなかったことにしておいた。別に聞き返すのもありだったけど今回はね……。それに必要とされているのが分かっていても、ここまで表立って言ってくれるのは普通に嬉しいし。
その分も含めて菜沙の手を取って、頭を撫でて、その上でセカンドジョブを聖騎士にした。当然のごとく上昇率が申し分なくて苦笑いしか出来ない。ダンジョンで前へ出るなって言えなくなってしまったかな……。それでも心配する癖は抜けなさそうだけど。
「リサは」
「……よく分からないから決めて!」
小さな悲しみを忘れるためにリサに聞いたら暴君のように俺に任せてきた。文字で書いて決めさせるって言うのは……嫌なんだろうな。面倒だけど付けておくか。
「……槌士、セカンドジョブは薬師だ」
「槌士と薬師……?」
そこまで驚くことか……? 割とよくあるジョブだと思うんだけど……ああ、そっか。リサは槌を使った戦いはしなかったんだっけ。だから不思議がっているんだろうけど……そこら辺は一切、考えていなかったな。セカンドジョブを薬師にする理由はもちろん、ある。
「近接なら毒を使えるようになってもいいかなって思ったんだよ。後は魔力の上昇に効果的なのが薬師だったんだよね。だから薬師がオススメ」
「リサは……いいけど……」
薬師は薬草系のアイテムの技術が得やすくなる。これは反対の効果を持つ毒草も同じように扱えるようになるんだ。薬も使い方を間違えれば毒になる。そういうことなんだと思う。そしてリサなら上手く使えるだろう。
これに相性のいいのは武器補正がかかる鎚士、それもリサは才能があるのか見習いはついていない。上昇率も固有ジョブかってくらいに上がってくれるんだよな。レプリカによるステータス上昇もあって見違えてしまう。
「……これで早く救えるな」
「……そうなの……?」
「今のリサは俺とは無理でも唯や莉子、菜沙とは一対一で戦えるくらいには強いよ」
顔を合わせるのは何となく気恥ずかしかったので軽く抱きしめてから、そっと離して自分のステータスを見た。もう少しだな、それで俺の決心もつきそうだ。サードジョブを得た時に一度ここを出てみよう。その時は皆で行かなきゃな。
「後は慣れだよ。今日は九階層で戦闘して下がってから帰ろう」
きっと動いた時に自分の体とは思えない感覚に襲われるだろう。俺も勇者をセカンドジョブにした時に感じた。あの時は生きたいと強く願ったから考えなかったけど十全には動かせなかったんだよな。
最後に一休みしてから四人を連れて外へ出る。果たして四人は上手く動けるかな。とっても楽しみだ。あー、あんまり言ってはいけないんだろうけどゲームみたいでとても楽しい。
人生は後戻りの出来ないゲームなんて表現をする人がいたけど俺は理解出来なかった。でも、この変わってしまった世界なら分かる。変わり果てた現実世界はただの恋愛とRPGが組み合わさったゲームでしかない。ゲームは得意だったからね。もう少し気楽に考えてもこの世界なら生きていけるのかもしれない。
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以下、作者からです。
感覚的に言うと二十話ほどでドワーフの里編は終わる予定です。終わってから数個のイベントというか、二章に繋がる部分を書くので一章は後、四十話くらいは続きそうですね……。今年中に終わるかな、と少しだけ長引かせて申し訳ないと思っています。ダメですね、書きたいことがおおすぎてグダらせてしまいます。それでも楽しんで読んでもらえるとありがたいです。
次は体調や忙しさによりますが再来週の月曜までには出します。先週のような忙しさはもうやめて欲しいですね(笑)。
以上、作者からでした。
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