1章63話 信じているから

「リサ!」

「吹き飛べ!」


八階層、そこまで来て俺達はダンジョンの恐怖を身をもって理解してきている。出てくる魔物で下位種はいない。ましてやオークやコボルトみたいな一個に秀でた存在ではなく、毒とかの搦手を使う魔物もいる状態だ。ダンジョンに来た形跡からして前ドワーフメンバーはここら辺から全滅し始めたのかもしれない。マップに写っていなかったのは謎だけど。


もしかしたら通ったからマップに載るわけではないのか……? よく考えてみればマップが途切れた階層と一階層上のレベル差はあまりない。……罠があるとか個人が自分のいる階層を理解している、全ての場所を通るなどしなければマップに乗らないとかか。そこまで気にすることでもないけど。


「仲間討ちして!」


唯の作り出す偽物の仲間達。

割と上の階から同じだったからか、唯もそこをついて戦うみたいだ。リサと俺が感じた操られているような魔物達。もしダンジョンの意思で戦わされているだけなら、ごく簡単な命令しかされていないはずだ。


「ブルウァ!」


仲間だと思っていた同種に襲われ、次第に魔物達の連携はより無くなっていく。元よりないと言えばない連携だけど、それ以上に疑心暗鬼に陥った敵も多くいる。


普通なら行わない大剣の横振りで味方ごと攻撃を仕掛けてくる魔物も現れた。唯も三十体ほど見えている魔物と同種を作り出して後方支援に変わっている。さすがは戦い方だけは知っている妹だ。ルールとかステータスとかは覚えていなかったくせに。


「水球! からの……火球!」


水の玉を火の玉でぶつけて爆発させる。

水蒸気が待って煙のようになっている状態だ。思い通りにいっている。


「ガラ空きです」

「死に晒せー!」


距離を詰めた菜沙の回転斬りと、百発百中の莉子の銃弾が視界も取られた魔物達を襲って撃破していく。わざわざ俺が行く必要も無い。お膳立てというか準備さえすれば俺抜きでも四人は強いからな。……あれ、俺いらない子なのか?


「雷舞!」


雷を飛ばして動きを遅くさせる、もしくは一撃で落としていく。オーク種は厚い脂肪のせいか落ちてはくれないけど速度は落ちる。何よりコボルトや蜘蛛系のような存在は防御が弱い、魔法に弱いのどちらかでほぼ倒れてくれている。


「すご……」

「狙ったからな」


嘘だけど。


「下がっていい。雷弾!」


右手で銃の形を作り出して下から振り上げる。その際に手に貯めた雷を撃って飛ばしていった。しっかりと散弾銃のように散らばって魔物達の体に穴を開けていく。


「どりゃあぁぁぁ!」


その後ろを駆けてリサが魔物達の中心で前に一回転する。顔から地面とキスなんてことをリサがするわけもなくてレプリカを地面にぶつけていた。瞬間に雷が地面を伝い魔物達の足から頭へと貫いていく。


「……うん、終わったみたいだ」


俺の一言で全員が武器を下ろした。この数日で慣れた素材回収を終えて再度、武器を片手に歩き始める。一箇所に留まる必要も無いし大騒ぎのせいで階層の敵を殲滅したしね。普通は大行進してくるような魔物の量は現れないし。


「……殺しに来ているな」


俺の一言に四人がゆっくりと頷く。

明らかにおかしかった。まるで最下層まで行かれるのを拒んでいるような……それも八階層の魔物の量は他の階層とは比べられないくらいに多い。そのおかげでレベルも高くなっているしな。


「この階を降りてすぐに拠点を作るから。そこまで少しだけ我慢して欲しい」

「……? 拠点を築くのなら十階層に降りる前が良いのではないですか?」


なるほど、やっぱりそれが最適だと思うよな。まぁ、俺も人のことが言えない。俺も最初はそうしようと思っていたさ。ただ全員のステータスを見て変えた。


「全員のレベルが規定値を超えたんだ。ましてやリサの介護地味た経験値共有も切ってある。五人で均等に分割出来るようになったって言うべきかな」

「介護……」

「リサ、悪く言うとそうだけど一人前になったって考えて欲しい。……あれだ……その。……頑張ったな」


無意識に頬をかいてしまう。

ダメだ、こういうところでネットで書き込むような悪い口振りになってしまう。変えないといけないよな。本当にごめん。


「……珍しいですね。褒めることをよくしていたのに恥ずかしがるなんて」

「途中で折れると思っていたんだ。心のどこかではね。だけど……ここまでやられると本当に健気で」

「全員を幸せに。モットーを忘れてはいけませんよ?」


菜沙の言葉に余計、恥ずかしくなってくる。


「リサ、ありがとうな。最初にリサが俺と共感したって言ってくれただろ?」

「うん……言ったよ?」

「俺もリサとの境遇は似ているって思ったんだ。そして俺を重ねた。結果的にどうだった?」


リサはここまでやり遂げた。

この世界の知識は色んな場所で得られる。スキルが普通のとは少し違うからな。その中でセカンドジョブを得られる人って割と少ないんだ。経験値がかなり必要だし雑魚狩りで得られる経験値も大したことがない。


「拠点を築くのは安全な場所を得るため。全員のステータスが一段階、上がっていくのは成し遂げた全員で迎えたいだろ?」

「……洋平先輩って割とロマンチストですよね」

「嫌いか?」

「好きですよ」


呼吸を挟むことなく返答する菜沙に虐めようとした自分の方が恥ずかしくなってくる。俺の扱い方が上手くなったと褒めるべきなのかもしれないけど……後で覚えておけ。くっくっく。……とか思っていたけど。


「あっ! これは違うんです! 人としてってだけで! 異性としてでは!」


そんな感じで菜沙が自滅してくれる。

恥ずかしそうに俯いてプルプルと震える姿がとても愛らしい。……唯ごめん。唯一人を愛するって案外と無理だったのかもしれない。こんな態度を見せられたら本気で勘違いしてしまいそうだ。


「そうだな」

「……ナデナデは甘んじて受け止めます」


そんな調子で菜沙がナデナデを受け止めながら俺の手を止めてくる。歩きながらなので少しだけやりづらいけど……まぁ、良しとしよう。もう片手はリサのナデナデで使っているから俺は戦えないな。


降りるまでの魔物は不思議な程に何も出てこなかった。さっきの考えがかなり当たっているんだろうな。無駄な魔物を作るだけの魔力が勿体無いってところか。


一度やったことがあるのでササッと拠点を作っておく。もちろん、全員の、アレス達も含めて登録済みだ。


「あれ……ここって……」

「俺の覚えている限りの莉子の家だよ。ただし居間とか莉子の部屋とかしか作っていないけどね。トイレは場所が違うけど作っておいたよ」


莉子の家は珍しくトイレが二階にある家だから莉子の部屋が一階である以上、二階まで作るのは魔力の無駄だ。そこまで休む気は無いからな。


「……優しいよね。気付いていたんだ」

「はて? なんのことだか?」


莉子の言うことは分からない。

そう言ってみるけど多分、バレバレなんだろうな。まぁ、俺も仲間の傷を抉るために拠点とかを築くわけじゃないし。


「他のことはどうでもいいけど俺との思い出は忘れて欲しくないからな」

「私の記憶はセピア色になんてならないよ! いつまでも輝いているの!」

「……うん、そうだね」


それは少しだけ嬉しい。

昔のことを忘れて欲しくはない。例え嫌なことがあった場所でも良い思い出がないわけじゃないし。それを莉子もよく理解しているみたいだ。莉子は思い出を大事にしているって話す度に思うし。


居間でソファに座ってから膝上にリサを乗せる。いつも莉子のお父さんが座っていたソファだ。莉子が忌々しげに見ていた場所でもあるけど……。


「ほれ、座って」

「はい!」


なぜか敬礼してから隣に座って……いや、俺の腕に胸を押し付けてくるのはどうかと思うが……。案外と……悪くないかも。触るのなら貧乳の方がいいと思っていたけど……やめよう。唯が可哀想だ。


他の面々が自由に座っていく中で当然のごとく、もう片腕は唯に取られた。この少しだけフニャリとする感覚も……鼻血が出そうだから考えるのはよそうか。菜沙にも睨まれているし。


「莉子、最初にセカンドジョブを付けてあげたいと思うんだ。なりたいものとかあるか? 莉子の付けたいものを尊重するよ」


サラサラと紙に莉子の付けられそうなジョブを箇条書きしていく。その数、十五。これは色々なことに才能があるってことだ。中にはヤンデレみたいなジョブと言えなさそうな、それでいて怖そうなものもあるけど。


「まぁ、これはないかな」

「さすがにね。ヤンデレでも好きだけどさ」

「お、デレですか!? ついに初めてを」

「莉子の人柄がってことだよ」


どこかの二刀流の女の子も俯いてくれたし、莉子もズリっと古典的なズッコケをしてくれたから満足だ。女の子としてはもう少しだけ悩んでおきたい。多分、魅力的で好きなんだと思うけど。


「……お兄さん」

「ん?」


さっきとは違う表情。

真面目で俺の目をじっと見つめてくる。


「もし、私が強くなったら……お兄さんは莉子のことを……」

「莉子のことを?」

「その……もっと好きになってくれますか?」


莉子のことをもっと好きになる。

それは怖いな。ただでさえ、意識してきてしまうぐらいに莉子のことは好きなのに。なんてな、そんなことを莉子は聞きたいわけじゃないのを俺は知っている。


「……無理はしなくていい」

「無理なんかじゃないよ。これは私が頑張って考えて……って、唯ちゃんや菜沙ちゃんにも相談したんだけどね。それで決めたことなんだよ」


小さな一呼吸。


「私は自分の特筆すべき才能を無駄になんてしたくはない。だから……ひと押しして欲しい欲しいんだよ! 大好きな洋平お兄さんに決めて欲しいの!」

「莉子……」


こんな時に何を言えばいい?

俺なら何を言われたい?


「俺は莉子が輝いている姿を見たいな。無理をせずに笑ってくれている莉子が一番、好きだよ」


莉子が小さく頷いて笑いかけてくる。

紙に書かれた文字の一つに指を当てて「これにするよ」ってガッツポーズを作りながら言ってきた。俺はその通りに莉子のセカンドジョブを道化師に変えた。


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以下、作者からです。


「なろう」で主に書いている「テンプレ」を大会に出しているので、無理をしない程度に緩く書いています。少し時間に余裕があったので書いてみました。宜しければそちらの応援もお願いします。


これで莉子のイベントを少しだけ進ませたつもりです。詳しくは後々に書いていく予定なので楽しみにしてもらえると助かります。続きは2週間以内に出せればいいなぁ、程度で考えています。


最後に道化師は少しエグい効果なので好みが分かれそうな気がします。凡人受けしそうな能力にするつもりですが……。


以上、作者からでした。

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