1章62話 小さなこと
「喜んでいるように見えるから、そのコボルトの名前はハデスになったのか?」
「ああ、思いの外、面白そうな奴だよ」
ハデスとの話に区切りがついたと感じたのかアレスが話しかけてきた。特にアレスの目からハデスに対する悪評等は感じられない。あまり興味が無さげと言った方が正しいのかもしれない。
「失礼だと思うがコイツは?」
「……敵意が丸出しだな」
「あー、喧嘩するな。仲間で一番に従魔にしたアレスだ。ハデスの先輩になるな」
アレスがここぞとばかりに「どうも」と頭を下げる。それにハデスは少しイラついた様子を見せながら同じように頭を下げた。ただし言葉は通じていない。
「どうぞよろしく。先輩」
「何を言っているのか分からないが。……って、そういうことか」
ハデスの差し出した手を握り返した瞬間にアレスは表情を歪めた。おおかたハデスがアレスの手を強く握っているのだろう。要は力比べだと思うけどアレスと戦うのはな……。
「……なるほどな!」
「やるじゃねぇか!」
ハデスが呟いた後に大声で笑いアレスもつられてか負けじと大声で笑っている。いや、つられていないのかもしれないな。普通にアレスは戦うことが好きだ。そして強い奴のことも……それこそアレスはハデスをライバルとして認識するかもしれない。
言葉は通じずとも些細なことで通じていくのは俺からすれば、どこのアメリカ式友情だと思ってしまうんだが……。まぁ、二人が嬉しそうに肩を組んでいるところを見れば、それこそが些細なことか。
ただ……暑苦しくて離れたくはなるな。頼むから俺を近くに置いて友情を築かないでくれ……。とりあえず喧嘩にはならなさそうだから良しとするか。
「早く戦ってみてぇな」
「アレス、やるのなら後にしてくれ。ここだと面倒だからな。自由にダンジョンに飛んでもいいから模擬戦とかはそこら辺でやるといい」
「分かった。主が楽しそうに戦える相手なんだ。俺も戦って理解しないとな」
それならばハデスの武器も必要か。
それは後でいいとしてもステータスはアレスより少しだけ低い。従魔になったことでアレスやアテナのようにステータスは伸びたが……二人のように進化したわけじゃないので少しだけ弱い。後は進化前に得ていた経験値がハデスは少なかったのもあるか。
「それじゃあ二人に頼みがある」
「初めての依頼か……聞こう」
「ハデスとアレスは別々に魔物を倒してきてくれ。近場でいい。薬草を取るために邪魔されたくないからな。ハデスにもこれを渡しておく」
小さなカバン。容量にしてアレスよりは多くない。それでも空間魔法が付いているカバンだから割と高い。最低容量だけどな。一応、腰に付けるタイプの移動時に邪魔にならないものを選んでおいた。
「倒した魔物はその中に入れてくれ。アレスは元より渡してあるカバンに入れてくれ。どうせなら二人も楽しめるやり方がいいだろ?」
二人共やる気に充ちている。
今にも走り出しそうだ……注意点だけでも伝えておかないと……。本当は俺も戦いたいんだけどな。今は薬草集めに専念しないと。というか、それが目的だったし。
「どうせなら競った方が二人も楽しめそう、ということだな」
「……負けるわけにはいかないな」
「あー、ハデスは嫌ならやらなくていいぞ。場合によっては同種も」
「同種であれ群れが違えば関係がない。群れであっても扱いが悪かったというのに」
これは特異種特有の差別というやつか。
魔物が人と同じとは言わないが人でも自分達と違う存在を虐める傾向がある。良くも悪くも強く生まれてしまったこと、特別であったことで三人は虐められていたわけだ。
「俺はお前らを虐めないよ。それだけは俺の仲間であるというのなら約束する」
「……そうか」
「あと、これだ」
ポイと手元に出した物を投げる。
しっかりと鞘に収まっているとはいえ危険だったかもしれないな。まぁ、そんな蝶が飛ぶよりも遅い速さなら傷付くわけもないか。とはいえ、些細なことで関係は壊れてしまうんだ。唯達にするような扱いは関係が築けてからにしよう。
「魔物が多くいるわけではないが気を付けてくれ。後、仲間内での喧嘩はナシな。勝った方には何か褒美は考えておく」
「……よく分からないが頑張らせてもらおう」
「新参者に負けるわけにはいかないな」
小さなライバル心をくすぐっておけばアレスの事だから勝手に、そしてより強くなるだろう。元々が強くなる気持ちが誰よりも強いしな。それと同様に妹を守りたい気持ちも……。
「後、ハデスに渡した武器は風の短剣。あまり強くはないが今の得物よりはかなり戦いやすいだろう。武器差で負けるなんて楽しくないだろうしな」
「同じ土俵……ということだな」
「そうだよ。ただし本気でやってみろ。索敵も出来なければアレスには勝てないぞ」
「……よく分からないが褒めてもらえているのだな。ありがとう」
アレスは本当に純粋だな。俺じゃなきゃ簡単に騙されてしまいそうだ。まぁ、あんな悍馬だったアレスを仲間に出来る奴が簡単にいるとは思えないけど。もしかしたらアテナも悍馬……いや、じゃじゃ馬としての気質があるのかもしれないな。
とりあえず二人を送り出してから三人で薬草採取に専念した。
「アテナ、それは薬草じゃないぞ。少しだけ色が黒いだろ」
「あっ……」
「よく見てみれば分かる。慣れような」
怒るわけではないので謝られる前に頭を撫でてアテナの不安感を減らす。もちろん、それで済まないのならいくらでもやれることはやる所存だ。多分だけど俺が何をしようとアテナは怒らないからな。
リサは黙々と薬草を見つけては一箇所に集めている。不意にマップを見てみると驚くほどの速さで魔物が狩られていた。俺でも出来るのかな、そんな二人の上に立つことへのプレッシャーも感じ始めるが二人の間をもてるのは俺だけだ。俺だからリサも心を開いてくれた。
俺は自分に自信を持てていない。それは過去も今もそうなんだと思う。自由に動いて勝手に仲間を増やして……そして何かを失う。中には裏切ってくる人もいたんだよな。それでも助けてくれる人はいた。でも、俺は逆に救える立場にはなれなかった。今でもそうなのかな……。
「やっぱり効率がいいな」
「良い笑顔ですね」
良い笑顔か……。よくよく考えてみれば笑顔ってよく分からないよな。良くも悪くも人を惑わす存在だと思う。俺の笑顔は変わっているのだろうか。何も変わらないなんてあるわけがないのなら……。
「そうだね。皆のおかげだよ」
今の自分を保つ何かだけは失えないか。
新しく守りたいものが増えたのなら俺も変わらないといけなさそうだ。何かを失ったのなら取り戻すしかない。ようやく決心がついた。俺はもしかしたら強くなることを怖がっていたのかもしれない。
強くなればプレッシャーはより大きくなる。立場が高いのならば責任感もそれだけ大きい。また失敗するくらいならと思っていたのかもしれないな。本当に嬉しかったんだ。唯が生きていたことも、菜沙が慕ってくれたことも、莉子が俺を覚えてくれていたことも……二人が俺を主と認めてくれたことも。
「リサ、明日からは忙しいぞ」
「へっ?」
さて、急がず遅くなく、その両方を合わせながら俺も本気で強くなろう。今までのようなゆっくりとしたやり方じゃそのうちに最悪な結果になりそうだ。ゆっくりも良いが人の命がかかっているんだからな。
帰ってすぐに初めて魔槍を点検して布で血糊を拭った。変な脈動のようなものを感じて心が昂ってしまう。短い期間でも俺の命を救えたのはグングニールだけだった。もし最初にチートスキルを得ていたとしてもここまで生き残れていたか……首を傾げざるを得ないな。
「改めて宜しく頼むよ。僕の相棒」
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以下、作者からです。
少しだけ書きたい意欲が高まってきたので、この作品を「なろう」にも出そうか悩んでいます。そこら辺は考えた後で行動する予定ですが……。
後、ここからが洋平の本気のダンジョン攻略が始まります。少しだけ展開が早くなるかもしれないです。尚、プロット自体は2章の最後まで考えてあるので時間さえあれば書けるという状態です。神様にお願いしたいくらいですね。「時間をください」と……。
以上、作者からでした。
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