1章58話 変わる
「悪い、今日はしたいことがある」
「へっ?」
朝食前に唯に話しかけられた。
内容は今日のダンジョン攻略をどこまで広げるかと言ったことだが断りを入れる。唯の言うように昨日までは今日もダンジョン攻略を想定していた。だけど、俺もしたいことが出来てしまったんだ。
「少しだけ薬草が足りないから取りに行こうと思っていてね」
「それなら皆で」
「違うよ、全員でだと効率が悪すぎる。後、アレスと話す機会も少なかったからな。それで」
唯の意見は予想がついていた。なんといっても長年一緒にいた妹だからね。でも、今日はそういう意図でやっているわけじゃない。一緒にいたくないのと聞かれればそれはハッキリと首を横に振る。それは絶対に死んでもないわ。
言葉足らずだとは思うが唯なら気がつくだろう。簡単に言えば俺が選んだメンバーでどこかに行きたいって言う話だ。分かるからこそ何も言わないんだろうし。
「どこかに行くということでしょうか?」
「ああ、菜沙か。……まぁ、その通りかな。今までアレスに対しても放任的だったし一緒に戦ってみたい気持ちが湧いたんだ」
別にそれだけじゃない。
リサが少しアレスを怖がっている節があるから仲をとりもとうとしたい。そこが一番の問題かもしれない。それに強ければアレスとダンジョンへ行くのも悪くは無いだろう。メインパーティは俺と唯、莉子、菜沙、リサは変わらないが暇な時に、な。
「それならいいんじゃないでしょうか。一人なら少し考えましたがアレスがいるのなら無茶はしないでしょう」
「うー……菜沙ちゃんがそう言うなら我慢するけどさ……。お兄ちゃん! 怪我はしないようにね!」
「怪我したら唯に治してもらえばいいだろ」
「そっか! ……でも怪我はして欲しくないよう……」
「……極力対処するよ」
イレギュラーが無いとは限らないから確実な約束は出来ない。でも、出来る限りのことはするつもりだ。現れたとしても今までに戦ったことのある魔物だろうしな。
食事を終えた後でアレスとアテナ、リサの順に声をかけた。途中で莉子に聞かれたけど眠かったらしくて案外、楽に許可は貰えた。そのまま拠点に戻っていたからベッドで寝るんだと思う。
「さて、行こうぜ!」
「……何かウキウキしてないか?」
「気の所為だ!」
「そうか」
火雷のグローブを嵌めて手をバキバキと鳴らしながらアレスが笑顔を浮かべている。アレスには敬語を使うなって言っているから基本はタメ口だ。配下と言っても縛る気は無い。自由にやりたいことをやらせる。ただし俺の決定に理不尽に否定すればその類ではないけど。まぁ、そんなことをする奴はクランでもいなかったしアレスの根は良い奴だ。する気もないだろう。
森に出てすぐにマップを確認してから戦いやすそうな敵を探す。まずは雑魚から戦っていく。アテナもいるからな。
「ここを少し行けばリトルスパイダーがいるからな。構えておけ」
「了解だ」
「やるの!」
「……自分のことは気にしないでください」
アテナも短剣を構えていた。戦うつもりはなくても自分の身は自分で守るって感じだろうな。確かに忘れがちだがアテナのステータス自体はそこまで低くはない。それこそ戦闘経験さえあればリトルスパイダーなんて瞬殺出来る。魔法は覚えていないけど魔力も高いからな。
「フシュー!」
「おらぁ!」
リトルスパイダーが七体。群生している場所に比べれば数は少ないな。群生している場所なら親の個体もいるだろうから単体撃破も狙えない。ただでさえ数が多くて森の中だから弱点の火魔法も使えないのに、加えて親の個体は進化してリトルスパイダーの比じゃない強さを誇っている。今の俺でもギリギリだ。
よって戦う気もない。目の前のリトルスパイダーをまずは倒して次の倒せそうな魔物に向かう。勝てるか勝てないか分からない相手とは無理に戦わない。
「雷拳!」
雷を纏うアレスの拳がリトルスパイダーを襲う。昔なら少しは手間取っていた魔物を一人で数体、一気に片付けていた。って、見ている場合じゃないな。俺も戦わないと。
「フッ!」
接近してから超至近距離でのグングニールの一撃を食らわせた。もちろん、唯達がいないからいくつかの規制はしている。魔法はもちろんのこと一番の行動規制は攻撃をする時に首以外は狙わないことだ。これが結構難しいんだよな。
リトルスパイダーの良さは行動範囲の広さと移動速度だ。速さは俺の方が早くても糸を使われたりするかもしれない。そうなったら俺も捕まってしまうかもな。糸も単体で売ることが出来るし価値が高いんだろう。
でも、今回は俺一人じゃなくてアレスもいるからな。アレスがいる分だけ俺よりも注意がアレスに向く。
「雷撃!」
レプリカでリトルスパイダーが二体飛び、残りは一体……だけど向かった先はアテナの方だ。俺も飛び出したけど驚くしか無かった。今、目の前でアテナが短剣をリトルスパイダーに突き刺していた。
この姿を見てもアテナは自分は要らない存在だと言うんだろうか。少なくとも俺はそう思えない。これだけ強ければ、これだけのことが出来るのなら余計に必要だ。捨てられない存在だ。
「……えっと……拍手してどうかしたんですか……?」
「えっ……」
アテナが怒られると考えたのか、少し下から見るようにオドオドと聞いてきた。どこにそんな要素があるのか、そう思ったが心配性なところもアテナの可愛いところだ。軽く頭を撫でてしまう。
そうか、俺は気が付かないうちに拍手をしていたのか。それだけ俺は喜んでいるんだ。アテナが変わっていくことに。アテナが俺の好みになっていくことに。……字面がやばいな。断じてそういう意味ではない。
「……恥ずかしいんですが……」
「やめていいのか?」
「……後で……人のいないところでお願いします……」
うん、素直だ。そういうところも可愛い。
うちの唯に引けを取らないな。
「……アテナは何で戦ったんだ?」
「……別に理由などありません。足手まといは……要らない子扱いはもう嫌だっただけです……」
その目は軽く潤んでいた。
きっと俺もこんな目をしていたはずだ。あの時に、捨てないでくれ、一人にしないでくれって。でも、俺を助けてくれた人は学校にはいない。誰もが俺の敵に回った。大切な静であっても……。
「何度も言わせないでくれ。アテナが消えたら俺はどうすればいい? アレスもそうだ。仲間だと決めた存在を捨てられるほどに俺の心は出来ちゃいない」
「それでもです。変わらなければ止まったままです。時間が止まった世界に生きていても楽しくはありません……」
「主様、気付いてやれ。アテナは主様の目から消えたくないんだよ。誰だってそうだ。俺も主様に見てもらいたいから頑張れる。主様が思っている以上に俺達の中での主様は大きい存在なんだよ」
アテナの言葉も、アレスの言葉も俺に深々と突き刺さってくる。あの時に俺をこんな感じで助けてくれる人がいれば……覚悟も違っていたのかもしれない。戦う覚悟があれば俺はもしかしたら……。
いや、無理だ。俺に人を殺すなんて……魔物とは違う。信用出来る出来ないじゃなく俺を助けてはくれなかった常識が、法律という名のマナーが俺を縛るんだ。
少し吐き気がした。
「……嫌な思いでもさせたか?」
「……いや、二人は悪くない。少し悩み事をしていただけだ」
「別にいいけどよ。でもな、主様がどの道を選ぼうとも俺やアテナ、もちろん、唯様達もついてくるはずだ。悩む必要なんてないんじゃないか?」
そう言ってから素材を一箇所に集めるためにリサの元へと戻って行った。アテナは俺の胸の中にいる。少し窮屈そうに動いている。アテナを抱きしめたのは俺の心の弱さだ。何かに縋りたかったからだ。
本当に覚悟がない奴は誰だ。
弱い奴は誰だ。
アテナか? リサか?
いや、違う。
偉そうに講釈を垂れ流していた俺自身だった。嫌なくらいに醜い感情が心を巡る。それを捨てきることは出来ない。でも、今だけは忘れられる。……いや、そうしないとやっていられない。
「……悪い、皆。時間がかかると思うけど少しの間、このままでいさせてくれ……」
俺はアテナを抱きしめながら木にもたれかかり瞳を閉じた。香るアテナの髪の匂いが、心配して俺の横に座るリサが、怪我をしないようにと見張るアレスが無性に大切に思えた。
俺が立ち直ったのは約十分後だった。
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以下、作者より
雨も多く気温も高い。やはり夏は嫌いです。夏バテな気がします。多分、そんなことは無いと思いますが。そして一番立てたかったフラグを立てられたので少し満足しています。
本題ですが「なろう」でも書きましたが来週、再来週が忙しいのが分かっていて投稿出来るかどうか分かりません。先を考える時間も欲しいので最悪でも再来週には投稿したいですが無理でも温かく見守っていただけると幸いです。
以上、作者からでした。
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