1章57話 親の気持ちと子の気持ち
「どうかしたんですか?」
「ああ、悪いね。少しだけヨーヘイを借りたいんだ。急用だ」
「……聞くまでもなさそうですね。分かりました。行きます」
よく分からないけどキュアさんがものすごく焦っている。見たことがない姿だ。もしかしたらリーネさんの様態が急変したのか。その可能性は拭えないよな。
俺は回復魔法を使ったことが少ないし。
ちらりとリサを見る。あまり表情は変わっていないが俺には分かる。内心、焦っているんだろう。少しだけ耳がピクピクと動いているからな。
「リサとアテナを連れて行ってもいいですか?」
「ああ、それで構わない。少しでも人手が多い方が良さそうだ」
「それなら行きましょう」
リサを抱き抱えてアテナと共にキュアさんの背中を追った。当然だが病院で立ち止まって急いで中に入っていたが、俺達も入ると見知らぬドワーフがいるだけだ。リーネさんの姿はどこにもない。
内心、ホッとした。良いことではないことが分かっていても俺のせいでリーネさんが苦しんでいるわけではない。それを目の前の急患者を見て考えてしまったんだ。
「連れてきた! この人間は信用出来る! 私とこの子なら双子を救える!」
「駄目だ! キュアさんが連れてくるからドワーフで力を持つ者を連れてくると考えていたのに! 私達を攻撃していた人間に助けを求められるわけがないだろ!」
俺は反吐が出そうな気持ちになった。
キュアさんの意見を無視したのは髭を濃くしたドワーフだ。髭が濃いということは男で間違いはないだろう。そして隣には髪の長いドワーフもいる。こっちは女性だな。
俺の目に映っている急患者はキュアさんと男の横の移動式ベッドで横たわっていた。顔は顔面蒼白で血の気なんてものもない。ましてや体中に巻かれている包帯も赤くなっていて傷が治り切っていないのが目に見える。
「……キュアさん、双子を治すかどうかの話をしているんですよね?」
「そうだ、いきなり来てね。散歩の途中で怪我をしたらしい。二人は怪我をしたことがなかったらしくて分からなかったんだが、私が片方を治しても傷が治らないんだ! ヨーヘイなら分かるかと思ったんだけど」
「多分、固有スキルのせいです。合体っていう明らかに異質なものがありますから」
キュアさんが「なるほど……」と言い男と女は驚いた顔をする。この二人は両親だろうな。それにしても親の意見で子供を助けたくないか。……これは辛いな。
神殿で合体を調べてみる。詳しくは見なかったけどメリットもデメリットもある固有スキルみたいだ。簡単に言えば怪我を共有してしまうし回復も同時でなくてはいけない。メリットは二人が呼吸を合わせるとステータスに大幅な補正がかかることか。
双子に多いって書かれているから確定だ。
急患者も男と女の双子。名前は姉がカルで弟がポルか。……これは結構、キツそうだ。HPもあまり残っていなさそうだし。それに助けを求める視線が何とも言えない。医者はこの目で見られていたのか。
「貴方はこの子達が大切じゃないんですか?」
「大切に決まっている! だが、体裁や信用が出来ないんだよ!」
「体裁や信用で子供が助けられるとでも?」
「その通りさ! 私がこの子達に回復をかけたところも見ただろ? ヨーヘイが言うように固有スキルがあるのなら納得出来る!」
「治すとなると同じ魔力で回復を同時に施す必要があります。ここまでの回復ならばポーションも効かないでしょうね」
「それでも治せ!」
「ふざけるな」
男の苛立ちに任せた一言に俺はつい本音を漏らしてしまった。この男が言うように子供が大切なのは本当だろう。生きていて欲しいんだろうな。男だからこそのプライドがあるのも理解している。
でも、それで誰かに八つ当たりするのは間違っている。キュアさんは何も悪くない。悪いのは目を離していたコイツ自身だ。
「貴方の顔を見ていましたが双子が特殊なスキルを持っていたのは分かっていたはずだ。だけどキュアさんはそれを教えて貰っていない」
「それは……余裕がなかったんだ……」
「それでは貴方の過失ですよね? それに怪我をしたのだって転んだなんだの傷ではここまでなりません。果たしてどこで散歩していたのでしょうか?」
双子の両親の顔が歪む。
だろうな、どうせ森に入ったんだ。そこで魔物か何かに襲われたんだろう。分かっていて目を離して焦って八つ当たり。何様なんだって話だ。別に客は神様でも何でもない。加えるならマナーを守っているお客様が神様だ。
「目を離していたのでしょう? それならばキュアさんに対して攻撃するのではなく自分達を責めてください。リサ、アテナ。この二人を抑えていて。キュアさん、やりますよ」
「ま、待て!」
「……はぁ……二人に聞くけど生きていたいか? 死にたくないか? 親の言葉じゃなくて二人の意見を聞かせてくれ」
二人は小さく頷いた。
力無く、それでいて力一杯、精一杯。
「その願い聞き入れた。良いか? 見ていろよ? 俺は人でも誰かを虐めて生きている人ではない」
「そうだね、私が本気でやるからヨーヘイは合わせてくれるかい? 私が合わせるとなると難易度が違いすぎる」
「いいですよ」
キュアさんはポルを、俺はカルの元へ向かった。包帯を外すと表情を歪めて苦しそうな顔をする。これが生きているって証だ。俺が昔に捨てようとした生。
軽く頭を撫でてやる。
「任せてくれ。少し眠っている間に終わっているよ」
小さな睡眠の粉を買って嗅がせてやる。キュアさんにも手渡すと理解したのか同様に嗅がせていた。少し苦しそうだから解放させてやらないとな。必死に生きようと考えているんだから。
「これくらいで頼むよ!」
「もう少し多めで! それだと治りが遅すぎます!」
「……分かったよ! 少し限界に近くするからね! 失敗は出来ないよ!」
そんなヘマはするか。
ピッタリとキュアさんと同様の魔力で回復をさせていく。最初は傷が深い腹からだ。徐々にだが治っていく姿を見て焦りを消していく。
「あっ……!」
「お前ェェェ!」
「黙れ! 気が散る!」
眠っているだけで痛みを抑えられているわけではない。そりゃあ体が勝手に反応するはずだ。痛みで声も出る。それに声を上げているのはキュアさんの方のポルも同じだ。
申し訳ないが父親に対して威圧を向けて口を閉ざさせた。それに加えてリサも口を止めているから父親の顔は酷く恐怖を煽るものとなっている。でも、リサの拘束から脱せられない自分の非力さを、そして母親のように願うだけの姿に変われ。
「次は右腕!」
「分かりました!」
一番の深い傷である腹は治り切って柔らかいふにふにした弾力のあるものに戻った。次は二の腕付近だ。そこに手を当てて回復を施していく。俺が一人でやるよりも速度は遅い。だけど仕方がない。俺一人でやるには練度が低すぎる。全体回復なら治せるだろうけど出来る自信はないからな。
右腕の次は足、そして一番に浅い頬。
「汗を吹きます」
「悪いな」
母親は抵抗しないと分かったのかアテナがハンカチで汗を拭ってくれた。その時に見えたが薄らと目のところにも傷が付いている。網膜とかにも傷が入っている可能性は少なくない。
「キュアさん! 目も!」
「……なるほどね! 了解だよ!」
そして回復は終わった。
どこにも異変はない。スヤスヤと眠っているだけだ。穏やかで俺の腹で眠っていたリサを思い出す。スっと力が抜けてきた俺の手をギュッとカルが握ってきた。
「……はは」
「ああ、終わったね。回復は成功だよ」
「ですよね! 良かったぁ!」
初めて命の重みを感じてしまった。
俺自身が命を測るとなると俺の命の重みを考えるだけだ。俺が誰かを救うなんて立場になったことなんてない。俺が俺に対して未来を見出すことも出来なかった。
でも、この子達は違う。生きたいと願い人族である俺に命を任せた。治った後も俺に感謝するかのように手を握ってくれている。俺の感じている命とは別な命だ。今なら命を大切だと思える。
俺はカルをキュアさんに任せて父親の元に向かった。当然だ、俺は勝手にやったんだからな。医者が勝手に治療を行った。これは十分な解雇理由になる。医療知識も経験もない奴がやったんだしな。
「お前……」
「殴るのならどうぞ」
リサが手を離した瞬間に父親は俺の襟を掴んで睨みつけてきた。俺も即座にそう返す。殴って気が済むのならそれでもいい。生きたいと願うのなら助けるが目の前の父親の時に助けなきゃいいだけだ。ただそれだけ。
「やめなさい! 貴方は私以上に難しいことをした恩人を殴るのですか!?」
「……そう思った。だけど、やめた……」
父親は襟を離してポルとカルの元に向かっていく。愛おしそうに二人の顔を見て頭を撫でながらため息を漏らしていた。
「悪いな、許せとは言わない。それでも曾祖父さんが人族の冒険者と争っていたからな。同じように感じてしまったんだ」
「別に怒っていない」
拍子抜けしたが父親は俺を殴らなかった。まぁ、それだけで今度、見捨てることがなくなっただけだ。それに分からなくはない感情だしな。突っつく気もない。
「終わったんで帰ります。やりたいこともありますから」
「助かったよ! また今度ね!」
「……時間があれば」
俺はリサとアテナを連れて病院を出た。
小さく母親の方が「ありがとうございます」と言っていたのは気のせいじゃなかったと願うだけだ。もう少しだけドワーフのことを信用していたいから。
ドワーフは俺とさして変わらない。あの顔を見れば双子を本当に大切なんだって分かるから。俺に向けられることのなかった愛情をドワーフは持ち合わせている。……今更、愛してくれなんて気持ちもないけど。
「時間、使っちゃったな」
「その割には嬉しそうですね」
嬉しそう、か……。
自分では嬉しいと思っている気持ちを感じられない。あるとすれば双子を救えたことによる達成感くらいか。俺がもっと強ければ、上手ければなんて悔やみたくはない。無力感を感じたくはないからな、もう二度と。
「アテナって俺の事、嫌いか……?」
「いきなりどうかしましたか? まさか! 私の何かがお気に障ったのでしょうか……?」
「違うよ、興味本位」
「……それなら愛していますとも。アレスもその通りです」
「リサも」
知っていた。だけど本当に確認だ。
「そっか、早く帰ろう。お腹が減った」
「そうですね」
「早いの!」
少しだけ小走りに歩いた。
二人に先を越されないように。夕暮れに照らされて落ちていく涙を見られないように。ただ俺は静かに親から愛されなかった心の傷を二人の言葉で埋めていくだけ。
俺は簡単に傷つくだろう。それこそ小説の主人公ならばくどいと感じるくらいに何度も何度も。だけど、昔以上に俺は生きる理由が今はある。
その夜のご飯は何だか少しだけ塩辛く感じた。皆が美味しそうに食べる食卓が今まで以上に愛おしく感じられた。その後のお話という名の菜沙の小さな甘えも。何もかも。
そして久しぶりに一人で寝た時に戻れないんだ、そう理解してしまう。それほどまでに俺は一人が苦手になっていた。ただそれだけのことが窓から射す月光によって強固なものへと変わる。
明日は唯と寝よう。
そんなことを考えながら浅い眠りへとついた。
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以下、作者より
何となくですがここで1章の終わりでもいい気がしてきました。まぁ、まだ終わりませんけど。もしかしたら途中で2章に変えるかもしれませんが長くし過ぎたのだと考えて貰えるとありがたいです。
以上、作者からでした。
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