1章39話 乱入者

「どうかしたのか?」


部屋に入ってきてから黙りをするリサにいつも通り話しかける。黙り込んで俯いて考え続けているのだから何かあるんだろうな。


「……浮気?」

「まさか」

「そっか……」


勘違いだったのか……?

いや、確かに地肌に触ってはいるけど本当に治療だ。確かにリーネさんが変な声を出してはいたけど治療だ。そう、治療以外のなにものでもない。


「……それだけか?」


何となくまだ表情が晴れていない気がする。

俺の主観でしかないから確証はないけど、これでも周りの空気や相手の考えを推し量ることは得意としてきた。そうじゃないと案外、今の学生達は生きていけないからな。


ベッドの端に腰をかけてリサを膝に乗せる。

嫌な顔や無言で自発的に膝に乗っていたから嫌なわけではないよな。……俺は膝を軽く叩いただけだし。これで嫌われていたら本当に人間関係が分からなくなりそうだ。


「……ヤキモチ、妬いた」

「ああ、そうなんだ」


ヤキモチを焼かせるようなことはしたか?

よく分からないけどリサも子供のようなものなんだろう。大好きな先輩とかが自分以外と遊んでいたら嫌か。


まさかとは思うが……恋心を抱いているとかではないよな……。それなら好意を抱かれる理由が分からない。命を助けたとか……そんな簡単な理由か……?


「リサ……言いたいことは違うんでしょ?」

「……そうだよ。……ねぇ、ヨーヘイさんはこの後からお母さんのためにダンジョンに行くんだよね……?」


お母さんのために、か。

俺がダンジョンに行く理由。……それは少し違う気がするな。


「違うね、俺が行く理由はリーネさんのためなんかじゃない。言うなら俺のワガママだ。それと利害が一致した、ただそれだけのことだ」

「そっか、それなら尚更お願いがあるの」

「お願い? 俺に出来ることならいいよ」


リサの願いをわざわざ断る理由はない。

それこそ俺が出来るのならやってあげたい気持ちがある。特別だとかそういうのじゃなくてリサには、こう、何か感じるものがある。共感するというか、なんというか……。


昨日のように膝上から真剣な目で俺を見つめてくる。


「ダンジョンに行きたいの」

「それはダメだ」


反射的に断ってしまった。

でも、間違っているとは思っていない。よく考えてみて欲しい。足でまといとかの前に俺達は俺達で役割分担がされている。ここにもう一人でも加われば作戦は練り直しになるだろう。それにステータスが俺達より少し低いのも難点だ。足でまといほどではないが、キャリーするというか、護衛依頼をずっと続けなきゃいけない感じになってしまう。


「……なんで?」


心底分からなさそうに首を傾げながら俺に聞いてくる。さて、リサに本当のことを言ったらどうなるかな。……少なくとも傷つくよな。だから絶対に本当のことは言えない。


「キテンやリーネさんはリサが傷つくことを望んでいないから。俺達だって死にかけたことは多々ある。リサにそんな思いはさせたくないからな」


それは事実だ。

リサが死んで欲しくないから、傷ついて欲しくないから、だからキテンの話を聞いてリーネさんを助けることを選んだ。リサがいなければ、もしあの時に出会わなければ俺は助けのたの時も浮かんでいない。


「……お母さんはリサが戦うことを許さない?」

「……リサが戦いたい理由がわからないからなんとも言えないわ」


逃げの一手か……。

逃げの一手でさえも思いつかない、ぱっとでの発想なら断りやすいからというリーネさんの助け舟かもしれないけど。


「……もう、無力を感じるのは嫌だから。ヨーヘイさんだって……いつかは村を出ていくでしょ?」

「そうだな、一生ここにいるっていうことは出来ないと思う」

「その時に今のリサのままだったら成長も出来ずにヨーヘイさん達の活躍を見るだけになってしまう。……重荷だっていうことは気がついているの!」


……割と重いな。

そして俺も考えたことのある決断だ。そう、あの虐められた時の俺のような……負け犬を選んだ俺とは違う目をしている。いや、詳しく言うのなら抗おうとしていた頃の俺の顔に似ているのか。でも……。


「現実は甘くないぞ。リサが言っていることも分かるが考えている通りになるとは限らない。下手をすれば死ぬかもしれない。コボルトの時のように俺が助けられるとは限らないからな」

「……分かっているよ」

「俺も全知全能じゃない。リサのことは嫌いじゃないが妹と天秤にかければ見放すかもしれない。……なんでそんなに俺に信頼を寄せる?」


リサが黙る。

そのせいで俺も黙るしかなかった。だけど、すぐに返事は返ってきた。


「共感……したから! リサと同じ気持ちを……味わったことがあるって! 知っているから!」


その目には涙がたまっていた。

力強い言葉に拳を握って震わせるほどに俺はリサをどんな目で見ればわからなくなる。ただの妹みたいなものでしか見ていなかった。だけどリサのいう同じ気持ちを味わうって言うのは間違っていない。


陽真の策略で汚名を着せられて。

静が俺を遠ざけるようになって。

兄さんは逃げるように海外へ出た。


俺とは違う……皆、俺とは違って才能のある天才だ。陽真は人を陥れる才能を、静は周囲の怒りをなくすような事なかれ主義的な才能を、兄さんは俺が手を伸ばしても届かないほどの絶対的な才能を。


あの時……俺は諦めた。

誰も助けてくれない。慰めてくれる唯だけを生きる希望に生を貪った。惰性を貪り尽くした。唯の保護者という名目の元で家を出てからというもの俺は一度も唯以外の家族にはあっていない。才能以外に価値を見出さない、生きる理由すら否定し続ける親に興味もないし、劣等感を抱かせる兄貴もいらない。


俺はただただ、甘えた俺の天下のような世界で生きていたいんだ。その点で言えば今の世界は俺の望む通りのものだ。あのメールももしかしたら神様の贈り物かもしれない。


俺は……選ばれているんだ。

俺が何をしても全部を成功に導けるだけの強者だ。俺は強い、オークジェネラルだってセカンドジョブをつけて倒したじゃないか。リサを連れていかない理由にはならない。


そうだ、俺は選ばれた勇者なんだ。

……違う、そうじゃない。俺は選ばれてなんかいない。今までだって上手く何かが噛み合ってきただけ。勇者だってきっとチートの特典の一つでしかない。


俺は絶対に主人公になんかなれない。


「ダメだ! リサは俺なんだ! だから余計に失敗する姿しか見えない!」


悲惨な姿。

一日中、パソコンの前でネットを漂うだけの日々。生きることと死ぬ事の片方を選べずに惰眠を食らうだけの日々。埋まらない心の隙間を隠すだけの日々。


唯に甘えて抱き締められて、頭を撫でられて縋るだけの日々。神様なんていないんだ。動いたとしても良い方に動くとは限らない。


助けを求めてくれれば……そんな甘い言葉で死にたい人の気持ちなんて救えるわけがないだろ! リサにもそんな気持ちを抱かせてしまうのか!


俺は! 主人公なんかじゃないんだ!

勇者なんかじゃない! 勇ましさなんて一欠片も持っていない! 俺は失うのが怖くて自分より弱いものを甚振る弱者だ!


その点で言えば魔物も人も変わらない。人は虐める時に誰かを殺すまで甚振り続ける。人が魔物を殺す時も、魔物が人を殺す時も甚振り続けて殺すのだ。そこに違いはない。


所詮、あの世界もこの世界も弱肉強食。

弱ければ死ぬだけの世界なんだ。リサが望むのならば別に暖かい世界で俺が養い続けてもいい。少なくともそれだけのことは出来る自信はある。


オークを狩り続けて美味しいご飯を食べ続ける。皆でいれば楽しくない日も楽しさを感じられるだろう。でも……。


「それじゃあ! 何も解決しないの!」


俺はハッとなる。

俺が今、言おうとしていた言葉。


もしあの時に抗い続けていれば俺は違う世界を見ていたのか?


リサがいる世界は絶望を見た事がない純粋な世界なのか?


リサが俺の狂った考えを押し付けられて成長出来るのか?


俺は……リサには幸せになってもらいたい。

それは俺に似ているから。ドワーフを信じられれば人も信じられるかもしれないから。もしかしたら……静を許せるかもしれないから。


「……リサ……決心したのね」

「この心はお父さんとお母さんから譲り受けたものだから。……曲げる気はない」


リサから揺るぎない決意が見える。

ここで断れば……リサは俺のようになるのかもしれない。堕落を貪るだけの社会のゴミにリサはなってしまうかもしれない。


俺が求めているのは……そんなのじゃない。

俺は主人公じゃない。柄にもないしなる気もない。俺にある才能なんて限られた大したことの無いものだ。それでも……リサくらいを笑わせることは出来るはずだ。俺の背中でリサが成長してくれるかもしれないんだ。


「……武器は何だ?」

「えっ……? ……大槌」

「それなら前衛だな。菜沙には悪いけどヘイト稼ぎの割合を任せるしかないか。分かった、ほら、これをあげる」


俺は一度、倉庫の中に買った道具を落としてから武器だけを地面に置いた。大きな真っ黒い槌だ。槌と言うよりもハンマーか? 少しだけ小さくてリサにも合うだろう。


「……これって?」

「ミョルニル・レプリカ。レプリカって呼べばいい。ミョルニルっていう槌系の最強武器の贋作だが、そこらの魔剣よりも強力な力がある」


主に俺の得意とする雷魔法だな。

それと一撃一撃に魔力を使ってダメージを上げる。ミョルニルならば一振で地割れを起こさせられるくらいの伝説はあるようだが、これだと絶対に無理だな。だけどステータスの低さは武器でカバーするしかない。


「やるならば本気でやれ。リーネさんの治療も終えたし出る。……ついてくるんだろ?」

「行く!」

「あらあら、素直じゃないのね」


素直じゃないとは?

俺はただ弱いならば他で補うだけだ。強くなりたいなら他でバックアップして戦いのディスアドバンテージを減らすしかない。ここが弱ければ戦いも負けが多くなるからな。


レプリカを強く抱きしめる姿は菜沙を思い出させてくる。……きっとリサは強くなれる。俺が手伝う。俺のようにはさせられない。


俺は膝上からリサを下ろしてリーネさんにお辞儀をしてから部屋を出た。後ろでリーネはんと話をするリサを後にしてキュアさんに説明してから、遅れてきたリサを背負いながらダンジョンへ向かう。


ちなみにうどんはキュアさんに手渡しておいた。その日から治療の度に二人からうどんをせがまれたのは言うまでもない。


____________________

以下、作者より


ダンジョン入れなくて申し訳ないです。ようやく書きたいところまで書けたのでかなり嬉しいです。


以上、作者からでした。

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