1章34話 子供に罪はない

「うわっ、何その量!」


そこまで驚くような量だろうか。

確かに大きなダンボール一個分で収まりきらない魚介類があればそうなるか。まだ昔の貧乏癖のようなものは抜け切っていないし、元の世界だったらこれだけの量があればどれだけお金が飛ぶか。……少し怖くなってしまった。自粛しないとな。


「ホタテ、エビ、カニ……それ以外にも具材があるし……これはキャンプ用のお米を炊くやつ……?」

「唯うるさい」

「いやでもさ! いきなりこんなの出されたら誰だって驚くって!」


そうか? 菜沙はまたか、みたいな顔をしているし、莉子はヨダレを垂らしている。アレスやアテナは当然と言った感じだし、キテンとリサは……理解している感じではないな。まだ見ぬ食材だからかもしれない。


「美味しいご飯が食べたかっただけなんだが……」

「別にいいけど……お金を使いすぎだよ」

「……それはごめん」


確かにお金はかなり使ったな。

いや、三十万とかだから元の俺だったらってところだな。……三十万もあれば安い魔剣は買えるから今でも安くはないか。これで何か買ってあげれば……でも、今回はこうするしかない。武器とかで上がるもととこういうことで上がるものは似ているようで違うしな。


唯の「怒っていないよ」や菜沙の「まぁ、洋平先輩ですから」という言葉に落ち込む。怒っていないと言われても信じられないし、菜沙からそういう目で見られていたことに気がついてしまったからな。


「ま、まぁ、お金も貯まっていたし、どうせなら美味しいものを皆で食べなかったからね。……本当にごめんなさい」

「……そういうことはいいので早く食べましょう。ほら! 早く!」


うちの奉行様が手をパンパンと叩いている。

そこまで言われたら仕方ないよね。後で他のことで皆に謝罪の意を表そうと思う。俺はテーブルを出してその上に皿と箸を並べていく。箸を使えないことも考えてフォークなんかも出しておいた。


「……これは何をするの?」

「えっと、俺達の世界ではバーベキューって言われるものを、もしくは焼肉とも言うね。それをするつもりだ。まぁ、習うより慣れろだ。皆の真似をしてくれ」


俺は菜箸を取り出してホタテと牛肉を並べていく。豚肉は唯と莉子が好きなのでテーブル前の菜沙に渡しておいた。……ごめんな、菜沙。俺が作ると言っていたのに……。


「おわっ! 美味いぞ!」


生肉を箸で取ってタレに付けて食べたアレスが叫ぶ。生肉を食って叫ぶな。せめて焼いたものを食べてから叫べ。


「キテンさん! 手で取らないでください!」

「えっ? こうじゃないのか?」


キテンの手には美味い具合に焼けた豚肉があった。それをタレにつけてそのまま口元に運んでいる。うん、しっかりとフォークを使おうな。そのために出したのだから。……って、リサも手掴みで食べていたから恥ずかしそうにしているし。ドワーフ特有の食べ方ってことか。


「菜沙! それだったら余っている皿に肉を盛って食べさせればいい! 食べ方は種族特有のやり方があるだろうからね!」

「そっ、そうですね!」

「……すまねぇ」

「ごめんなさいです……」


対応の仕方が悪かったな。

俺は一区切りがついたところでリサの隣に行って頭を撫でてみた。俺の手元の箸を見て使い方を覚えようとしているが、やはり初めてなのか覚束無い。純粋な姿が年相応……見た目相応で可愛らしい。


「無理にしなくていいよ。徐々に覚えていけばいいさ」


焼けた肉は皿に盛って手に持っていたので菜箸で一つ摘みタレにつけてからリサの口元に運ぶ。いわゆるアーンというやつだけど恥ずかしさはないな。嬉しそうに食べてくれたので俺も気分がいい。


「美味しいです!」

「そうか、良かった。……って、うん?」


後ろからツンツンと背中を突っつかれたので振り向くと目を閉じて口を開けた莉子がいた。ちょっと面白そうなので「そのままでいろよ」と焼けたピーマンを菜箸で取りそのまま莉子の口元に運んだ。


「モグモグ……はっ! お兄さん!」


口を押さえる頃にはもう遅い。

莉子の口の中には緑の悪魔が存在して少し涙目になっていく。可哀想なので豚肉を取ってタレをつけて莉子の口元に運んだ。


「……うぅ、酷いぃ」

「あはは、まさかここまでとは思ってなかったよ。面白かった」


それでも可愛いは正義だ。

莉子は可愛いと思うから頭を撫でておく。


次いで唯からも「やって」と言われたので普通に豚肉を取って食べさせてやったのに、少し物足りなさそうな顔をされた。頭は撫でんぞ。いっつもやっているだろうに。


「……どうした? 菜沙?」

「はっ! い、いえ! 楽しそうだな、と」


そうか、一瞬物欲しそうな目で見ていた気がするが……意地悪する程でもないか。仲間外れも可哀想だし同じようにアーンしてあげた。


「……美味しい……い、いえ! 頼んでいませんよ! 洋平先輩!」

「俺がやりたかっただけだよ。そこは俺の自由だ!」

「……そうですか」


ここで身勝手な、とか言わないから正答だったんだろうね。ミスをすれば仲がこじれるだけだし正解でよかった。


その後は面白そうなのでアレスにもやってみた。不思議そうな顔をされたけど「美味いぞ」とだけ返ってきた。なんか面白くないな。


アレスにもやったのだからとアテナにもやってみたが恥ずかしそうに俯いていた。口元に運ぶとモグモグと口を動かして俺の目をチラチラと見ている。耳元で「可愛いな」と囁いてみたら案の定顔をより赤くしていたので面白かった。……アテナが俺を好きなのだと勘違いしてしまいそうで怖いな。


アーンとかいう行為はこれ以上続けると俺にまで被害が及びそうなのでやめておく。案の定、戻る俺を見て「私も……って!」なんて言って唯が怒っていたので俺もアーンされそうだった。俺はされたくないからな。


肉も大体焼き終わったのでホタテにバターを乗せて醤油をかける。元々、焼いている最中に端っこでゆっくりと焼いていたので殻は開いていた。スーパーで見るような小ぶりじゃなくて握りこぶし以上はある身にバターと醤油の香りがして食欲をかき立てられる。


ホタテとかに関しては人数分あるので、そっと皿に移してから箸で殻から外してみる。ふっくらとした身が大きすぎるので箸で持ち上げるとぐにゃりと変形して、ちょっとした重量感が楽しめる。これは食べ放題とかで味わえるものじゃないね。


湯気が立ってアツアツのホタテの貝柱を口に運んでみた。……予想通り熱いけど少し我慢すればホタテの香りと醤油が口に広がって、その後を追うようにホタテ本来の味を未来で感じ取れる。一言で言えば美味い。逆にそれ以上の言葉を述べるのは野暮な気がするくらい美味い。


そんなホタテの味の余韻に浸っている時に気がついた。家にいたはずのドワーフ達が俺の食べている食材に目をやってヨダレを垂らしている。どこぞのおなペコキャラの莉子のようだ。


チラッと後ろのキテンやリサを見てみても美味しそうに肉などを頬張るばかりだ。野菜は食べたくなさそうだったが今では美味しそうに食べている。それだけドワーフが食べていたご飯は俺達のご飯と味の格差があったんだろうな。


少し頭をかく。

肉や野菜に予備はある。というかドワーフから食べるのならいくらかのお金を払ってもらえば元は全然取れるしな。そこは俺のチートに近いスキルだ。お金があれば同じことは何回でも出来る。


上昇気流になっている匂いを外に出さない空間から体を少し出して手を上下に振ってみた。来るなら良し、来なくても良し。そこは相手に任せればいいさ。


俺が姿を現したことに驚いたからか、体をピクリと震わせて俺を凝視してくる。あまり良い気はしないな。


「……食いたいのか?」


ドワーフの大人はそっと目を逸らし家へと戻ろうとする。当然だ、見ず知らずの人から慈悲をこうなんてプライドが許さないだろうからね。ドワーフと人族の仲が良いかどうかも曖昧だし。


それでも子供からしたら見たことの無い美味しそうな食材の魔力に敵うわけもない。ゆっくりと俺のそばに来て指をくわえながら下から覗き込んでくる。


「食べるか?」


一番最初に俺の元に来た男の子のドワーフが強く頷いた。それを見て俺はアルミホイルで焼いていた小エビを新しい箸で取って口元に持って行ってみる。


じーっと小エビを眺めてから俺を心配そうに見てきたので、俺は笑顔で「大丈夫」と首を縦に振ってみた。男の子は意を決したように目を閉じて小さな口でアムッと小エビを食べてから小さく言った。


「美味しい……」


気がついているのかは分からないけど男の子の口角が徐々に上がってきていた。心の底からの言葉だったんだろうな。少なくとも小さな子に罪はないんだから余っているものを食べさせるくらいは別にいい。


この子もあの子も原石だ。きっと仲良くしておけば後々のメリットにもなるかもしれないしね。それだけじゃなくて食べたいなら食べさせてあげる。それでいいじゃないか。


その後は我慢していた子供達が集まってきて全員に一口ずつだけだが何かを食べさせてあげた。親だと思われるドワーフ達は複雑そうな表情をしていたけど子供にはあたらないでほしい。


帰らせる際に子供達に新しく作った肉と野菜の炒め物をアルミで包んで全員に配っておいた。一言だけ「親と一緒に食べるんだよ」と言うと皆が良い笑顔で「分かった!」と言っていたので気分はいい。ネットで流行っていた『守りたい、この笑顔』を初めて身内以外で実感した。


最後の締めに近づいてから俺はゆっくりとツマミを作っておいた。とは言っても簡単なものでスルメを焼いたり刺身をいくらか作る程度だ。これに関しては少しやりたかったことがあったので作ってみた。少しだけ簡単なぶんだけ手間暇は込めたけどな。


「ふぅ、美味しかった!」

「えぇ……まだまだ食べたりないよー!」


そんな莉子のお腹の鳴る音と共に小さな宴のような、食事会が幕を閉じた。


____________________

以下、作者より


ホタテのバター醤油焼きって美味しいですよね。鮮度がいいとホタテの香りが消えるからやめた方がいいらしいですけど、僕は普通にバター醤油焼きが大好きです。


後、序章七話にて唯がステータスについて理解していない描写がありましたが、そこについても説明をつけさせていただきました。こじつけ感が半端じゃないですが……。


以上、作者からでした。

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