1章28話

一人の小さな男が走ってくる。


時折近くにいる俺達を睨みつけながらリサを抱えて奥に戻ろうとするが、その右手には俺の左手が繋がっているわけで連れていくことは出来ない。


表情に怒りが見えた気がする。


すぐさまリサの手を引いて抱きとめてから後ろに下がった。何も言うことなく空を切る大槌。躱して正解だった。相手の力が分からないから何とも言えないけど受けていれば大ダメージは必死だろう。


「……よく躱したな」

「足の速さには自信があるので」

「お父さん! 何やっているの!」


ポケーっとしていたリサの声が聞こえた。


若干顔を赤らめながら批判する姿に愛らしさを覚える。後ろの三人は見ることが出来ない。主にどんな表情をしているのか怖いから。


小さく呪詛のような言葉が聞こえるが、さすがに菜沙はそんなことをしないよな。俺はしないと信じている。


「……いつまでリサをお姫様抱っこしている。確かにお姫様のように可愛くてしたい気持ちも理解出来るが、俺の心が持たねえぞ」

「それはすまなかった。……これでいいか」

「ああ、その心意気に免じて手を繋いでいたことは許してやろう。手を繋いでいたことは、な!」

「チッ!」


グングニールで大槌を受け流す。これでも最高ランクの武器だ。たかだか重いだけの武器で折れるヤワなものではない。グングニールを出すまでは余裕そうな表情だったのに、出した瞬間に冷や汗をかき始めた。それでも表情を変えないあたり長年の戦いから得た経験というものだろう。


相手からの攻撃を躱すか武器で受け流し続け時間を稼ぐ。これで五人にも戦う意思がないことは伝わるはずだ。現に襲われた時にアレスが飛び出しそうだったし。それを誰かが制してくれたのだ。後で感謝しないとな。


「ちょこまかと!」

「お父さんやめて!」

「うるさい! 俺がこいつを見極めねえとお前が幸せになれないんだ!」

「リサとヨーヘイさんにそんな関係性はない! いい加減理解して!」

「だが! あんなにイチャイチャして手放す野郎なんていない! お前がどうでもよくてもこいつの毒牙がないとはいえないからな!」

「別にどうでもいいなんて……」

「やっぱり付き合っているんじゃねえか!」


大声と共に振り下ろされる族長の体には合わないほどの大きな槌。下ろされてからは少しだけインターバルが空いて隙が出来るのは今までの行動で確認済みだ。


「ふっ」

「チッ!」


取手に繋がる木の部分を蹴り族長のバランスを崩させる。だけどそう上手くはいかないか。族長は綺麗にジャンプすることで回転して何とかしていた。


「人間のくせにドワーフ並の力があるじゃねえか!」

「力には自信があるので、ね!」

「速さに続いて力とはおもしれえじゃねえか! オラァ! 次だ!」


楽しいか楽しくないかと聞かれれば楽しい。

攻撃を受ければダメージは結構あるし、力をセーブしないと族長が持たない。いわば縛りプレイを長い時間やっているってことだ。それなりに対処を体で覚えることになるだろう。


族長の防御力が弱いわけではない。


グングニールの質が良すぎるから攻撃出来ないだけで、実際は武器無しで挑むのなら魔法をたくさん使って距離を開けながらの戦いは必須だな。


グングニールのおかげで防御方面でも攻撃方面でも、装備するだけで補正がかかるチート武器だからね。対人戦なら扱いに困りそうだ。


でもずっとこのままではいけない。


いつかはスタミナ切れになるだろうが今回は話を聞いてどうするかを決める目的がある。

うーん……やはり一度止めるべきか。


そうでもしないとリサの話を聞きそうもないな。昔気質な職人のような人なのか。俺はそういう人達と話したことがないから対処が分からないんだよな。ネットで調べたいくらいだ。


「娘の話はしっかり聞きましょうね。お父さん?」

「俺をお義父さんと、呼ぶなァァァ!」


そういう意味じゃないんだけどそう捉えられてしまったか。日本語って難しいな。はたしてドワーフと会話出来ている言語が日本語とは限らないけど。


振り下ろされた大槌の中心にグングニールをぶつける。武器が壊れないとはいってもそれを扱う俺が弱ければ意味がない。最後は最後らしく力比べといこうじゃないか。


ガチンと刃と刃がぶつかり合う音が響く。


少し力を抜けばそのまま振り下ろされるからどこまで持つかが心配だ。俺が先か相手の武器が先か。


「やるじゃ、ねえか」

「ありがとうございます」


結果、次第に大槌にヒビが入り始める。


本気で振り下ろした大槌を力比べで対処されたんだ。自分に誇りを持つ職人であれば結構な恥のはずだけど。


大槌を貫かれた族長の顔はとてもいい笑顔だった。心底、破壊してくれてありがとうとでも言いたげな表情に首を傾げざるを得ない。自分の武器に誇りがない……わけではないよな。


「お父さんもなかなかやりますね」

「……お父さんはやめろ。それとこの村で一番強いんだから当然のことだ。そうでもなければ族長なんてやっていねえ」


少し不満げに言われたが俺も圧勝したわけではない。ぶっちゃけ後数秒間粘られていれば俺の根負けで地面に突き刺さっていた。アレスだったら一発で吹っ飛ばされるほどの力を誇っている。


ヘタリと床に尻をついて天井を見上げる。


俺はそうしている族長になんて言えばいいのか分からない。不満はないが、いや、リサのことで不満はあるんだろうけど戦いには不満がないのに、何をそこまで悩んでいるんだろうか。リサのことか?


「……俺が負けたっていうことはお前が次期族長だな。これならリサの婚約者にも言い訳が成り立つだろう」

「はっ? ……えっ?」

「えっ? 族長?」


俺とリサの声がハモる。


待て待て、俺が族長って無理じゃないのか。俺は人間だぞ。それに婚約者がいるなんて、ただの略奪じゃないか。俺には唯や莉子、菜沙がいるからな。そんなのになるつもりもない。


「俺はならね、ならないですよ」

「そうでもしねぇとリサとは結婚出来ねえぞ。俺に勝つぐらいだ。このままここにいても村は潰れるのだから族長とは名ばかりでいい」

「俺とリサはそんな関係じゃないです!」

「お父さん! いい加減話を聞いて!」


未だに勘違いした言葉を並べながら族長はどこか遠いところを見ていた。仕方がないので族長の小さな肩を手に取り揺らす。


「……はっ?」


数十秒間揺らしてようやく俺達の言葉を理解出来たようだ。少し呆けてリサの顔をじっと見つめた。


「お前、まさか……リサの友人だったのか」

「だからそう言っています! 俺はリサに頼まれたから村の危機というのを聞いて手助けするか考えようとしていただけです!」

「そうだよ! お父さんはリサの、その、友達を襲っただけ、だよ……」


なんで元気がなくなる?

そんな疑問は浮かぶけど畳み掛けるしか現状を立て直す方法はない。今更だけど背後の唯からものすごい殺気が放たれ始めたのだから。


「そっ、それで話を聞かせてもらってもいいですか。聞かないと考えたくても考えられません」

「ん? ……ああ、そうだな」


ようやく族長は奥に足を進め始めた。


招かれた部屋は椅子とテーブルがある少しだけ大きな部屋だ。族長というだけあってか椅子の数もかなりある。察するに会議室のようなものだろうか。


「座ってもいいですか?」

「いちいち聞かなくてもいい。そんなことで怒りはしない。……すまないな、娘が絡んでくると我を忘れてしまうのだ」

「……お父さんは心配症」


先程までの元気はどこにやらリサの声はあった時のように戻ってしまった。デフォルトがこれなのかもしれない。あれは興奮した状態、エキサイトモードみたいなものか。


それに俺が座って俺の膝元に座るリサもよく分からないが、まぁ、良しとしよう。唯のような妹が一人増えたと考えれば悪くないからな。


そのせいで族長からジト目をされるが俺のせいではない。だから唯から睨まれるのも本当にやめてもらいたい。莉子も物欲しそうな目で見てこないでほしい。菜沙は暖かい目をしないで欲しい。アレスはアテナの目を隠すのをやめてほしい。手を出すつもりもないのだから。


「……はぁ、まぁ、いい。俺はキテン、リサの父であってこの村の、ドワの村の長をしている。お前らは?」

「俺は洋平。今朝方リサを見かけて助けてから懐かれたものです」

「……間違いはない」

「リサが懐くか。珍しいこともあるものだ」


リサは感情を表に出すことが少ないから仕方ないだろう。というかエキサイトモードじゃないと声が小さくて聞き取りづらいしな。


その後は全員が挨拶をした。


キテンさんはただ全員が話し終わるまで首を縦に振り続けて、終わってから俺達をじっと目つめてくる。


「それで何の用だ、とは聞けねえよな。リサのこととさっきの戦いで俺はお前らを信じている。話を聞きたいと言っていたが、覚悟はあるんだな?」

「……そこまでの事なんですね。ええ、構いませんよ。俺達にも下心ありきでこの村を手助けすると言いましたし」

「無駄な敬語は気持ち悪い。俺の前では使わなくていい。……話っていうのはリサの母のことでだ」


ぽつりぽつりと俺の顔を見つめながらキテンさんは語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る