1章27話

 テントを片付け終えてすぐにその場を後にする。最初に言ったが俺は森の深くまで行くつもりもないからリサを送り届けるのも気分に近い。現にマップ内で確認したが深いところ、深部と呼称して、そこには村など一つもないからな。


 だから嘘なんて一つも言っていない。

 郷に入っては郷に従えというから異世界人の常識を知りたいだけだし、リサを気分で助けてしまったから送るくらいは別に嫌だとは思わないだけだ。


 まぁリサの笑顔を見れば助けない方が良かったなんて考えも消え去ってしまう。この子の笑顔はそれだけの価値があると思える。


「……顔に何か付いている?」

「別に何でもない。人の顔色を伺うのは元からなんだ。気にする分だけ無駄だぞ」

「……嘘ついているのはバレバレだよ」


 うるさいなと思う。

 この短期間で俺の何が分かるというのだろうか。顔色を伺わなければ命の危険、とまでは行かなくても今みたいに生きてはいなかったはずだ。


 実際、俺に嘘は向いていないし自覚もある。パーティーメンバーのリョウにも「顔に出るからここぞという時以外には嘘をつくな」と怒られたこともあるしな。今では俺が連絡を返さなかったせいで音信不通になってしまったけど。


「それよりもどのくらい歩く予定なんだ? ここからどれくらい離れているとかが分かると楽なんだが」

「そう遠くない」


 遠くないというのなら……数百メートル先の崖下の村かな。崖のところにいくつもの鉱山資源があるようだからドワーフ関連と言ってもいいし。


「崖下の村か?」

「正解。なんで知っているの?」

「なんでか……そういう能力だからとしか言えないな。あまり深く考えない方がいいぞ」

「……分かった」


 まだ警戒心が勝っているんだろうか。リサの表情は明るくない。俺も余計な事を言わなければよかった。能力を話せないということは信用していないことと同義だからな。


 もう少しだけ歩いてようやくその場所が見えてきた。森の中で光が届きづらいこともあってか、真昼間なのに村の家々の灯りはついている。まさか電気というわけにもいかないから原理はすごく気になるが。


「リサ!」

「……うるさい」


 村の門のような場所の前に立つと一人の青年が近づいてきた。青年とは言っても身長は百六十あるかないかで口元には大きな髭を蓄えている。


 リサの隣から視線が外れると化け物を見るかのように俺達を見てきた。失礼にもほどがあるがドワーフならではの対応なんだろう。


「……族長の娘を連れてきてくれたことは感謝するが、悪いが引き返してはもらえないだろうか」


 身を震わせながら俺に告げてくる。

 少し間を置いて俺達をしっかりと見てから言ってきたあたり、本当に渋々といった感じか。


 俺達は当然かと思ったけどリサはとても驚いた顔をしていた。まぁ想像していたこととは言っても話も聞かずに帰らせるとは思っていなかったんだろうな。……それにしてもここまで排他的なのか。少し計算が狂ったな。村の見学か鉱石だけは手に入るかと思ったんだが。それにしてもリサは長の娘だったのか。


「そうか、なら報酬はもらえないだろうか。鉄や銅の鉱石類を多めに恵んでもらいたいのだが」

「……その程度なら構わない。すまないな、本当は中に招き入れて話くらいはしたかったんだが、今はそうも言ってられないんだ」


 何か厄介な抱えごとでもあるのか。

 関わらない方が良さそうだな。ここまで言うということは戦力が足りないとかの軍事的なものではないだろうし。助けたリサに危害が及ぶこともないだろう。


「仕方のないことだ。村によって教えられることも常識も違うだろ。今は対応が出来ないから帰ってくれということは普通のことだ」


 勝手に遊びに来た友人みたいなものだろう。無下には出来ないけど忙しい時に来られれば対応も出来ない。帰ってもらえるのなら帰ってもらえた方が楽でいい。


「そう言って貰えると助かる。時間を置いてからここに来てもらえれば報酬を渡そう。もしいなければ……後ろの山は自由にしてくれて構わない」

「なるほど、分かった。邪魔して悪かったな。帰らせてもらう」

「待って!」


 大きな声が響いた。

 リサの声だ。さっきまでの怯えているような小さな声ではなく、はっきりとした凛とした声。俺達は無意識のうちにリサの方を見ていた。


「お父さんに会わせて! 駄目なら連れてきて! じゃないと帰らない!」

「そんなこと……」

「必要なこと! ヨーヘイさん達はここまで来る途中で楽々オークとかを倒していた! もし協力してもらえるのならするべき!」


 中に入れるのなら、それに越したことはないけど、あまりメリットはなさそうだな。それを理解しているからドワーフも何も言えなかったのか。リサはそれを理解して……少しだけ助け舟を出してやるか。


 悪いが俺には何が正しいのかは分からない。だけどリサは頑張っているんだ。話しを聞く分には無料なはずだ。


「そういえばドワーフの作る武器は人族の作るそれとは違うと聞くな。依頼次第では助けることも考えておきたい。何せ戦うにしても手加減なんてものが出来る武器ではないからな」

「それならリサが作る! 助けてくれたお礼もあるし、何より村が潰れるくらいなら最後の助けくらいは乗りたい! ヨーヘイさんならもしかしたらアイツを倒せるかもしれないの!」


アイツということは敵であることは間違いないな。それならばいくつものメリットが浮かび上がってくるし。


 厚かましいといえばそれまでだが、俺からすれば新しい武器を手に入れられるだけ十分だ。敵によっては良い経験値になるだろうしドワーフとも仲良くなれる。下心ありきの考えだがどうするのか。


 それにリサが武器を作るのか。

 気になることは増えていくばかりだし助けたい気持ちは小さくならないな。後ろを見ると少し訝しげにアレスが青年を見ていたのと、菜沙が思案げに顎に手を添えて考え事をしていたが嫌な表情はしていない。メリットを考えているんだろう。


「……絶対に外には漏らさないこと、そしてドワーフ達に迷惑をかけないことを約束しますか?」

「当然だ」


 他の五人も一斉に首を振る。

 菜沙にいたっては少し悩んだ後で「構いません」と一言付け加えてから首を振っている。


 良くも悪くも全員が俺の仲間達は俺がしたいことに首を突っ込まない。二人は配下として、三人は絶対的な信頼から俺に頼りっきりだ。そこは直していかないといけないが、これがあるから俺がやれと言うまで下手なことはしないという信頼を持てるから今は良かったと言っておくか。


 それでも菜沙の考えるという行動はとてもありがたい。きっと菜沙もメリットがないことは理解しているのだろう。ただし情報がないことが恐ろしい。そういった所か。


 実際、場所さえ分かれば敵のステータスとかは知ることが出来る。それを見てから戦うか戦わないかを決めればいいのだ。俺からすればデメリットの方が薄い。……楽観的に考えすぎだな。


「駄目で元々だよ! だから」

「……中に入ってください。詳しい話は私よりも族長かリサに聞くのが一番のはずです」


 門の真ん中に立っていた青年は端に避けた。俺達に深く頭を下げるということはそれだけ切羽詰まっているんだ。藁にも縋る思いで部外者である俺達を中に入れたということはとても罪深く責任も大きくなる。俺はその勇気に応えられるのかが心配になってきた。


 信頼感はない。だから一からの作り直しになるが、俺からすればいつもの事だ。何度も壊されてきて作り直してきた俺だからこそといえば陽真には感謝するべきなのだろう。まぁ皮肉でしかないが。


 軽く青年に会釈をしておく。

 門を通ると中の村人達に訝しげな視線を送られた。俺達は外部の存在だ。この視線も甘んじて受け止めよう。


「……怖かった」

「カッコよかったぞ。さっきまでの勢いを出せるんだな」

「お兄ちゃんが他人を褒めるなんて珍しい……明日は槍でも降るのかな……?」


 槍が降るか。

 別に褒めることは少なくないんだけどな。どっちかというと誰かを鼓舞するために褒めることが多いからそう考えるのは仕方ないか。


「……ありがとう」

「それでいい。ここぞという時に勇気を出せる者と出せない者では雲泥の差がある。リサは少なくとも俺の心を動かしたんだ」


 軽めに頭を撫でて褒めておく。

 間違いはない。俺が助けようと思ったのはリサが村を思っていることを理解したからだ。助けられるのなら俺だって出来る限りのことをする。


 村は本当に崖下にあった。

 その崖に引っ付くかのように大きな石造りの家がある。そこに迷いなくリサが入って行くということはここが族長の、この村の長の家なのだろう。


「……入っていいよ」


 普段通りのリサに手を取られて家の中へと進んでいった。そしてすぐに大声が響く。


「リサ!」




____________________

 すみません、区切りのいい所が分からなくて微妙なところでやめてしまいました。近いうちに次話を投稿するのでお許しください。

____________________

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る