1章26話

「どうしたんですか? その子?」


リサを連れていくと当然のように菜沙がリサに気がついて近づいてきた。主に頭を差し出しながら。これは撫でろってことだよな。


「んっ……」

「さっき助けてきたんだ。このままずっと野宿って訳にもいかないし現地人とは話をしておきたいだろ。この世界なら俺達の方が常識知らずだ」


軽く頭を撫でると少し色気のある声を出してきた。


妙に綺麗に見えるな。女性特有の魔法にでもかかったのだろうか。どうでもいいといえばそれまでだが。でもまだ範囲には入っていない。俺が結婚する相手は妹か、駄目なら独り身で構わない。人というものをそこまで信用していいのか悩むからな。


血縁関係があっても両親は俺を見捨てた。


それがなければ縛るものすらないだろう。恋愛感情なんて親切心よりも脆いものだと俺も理解している。


「……仲良し」

「そうだな……ああ、その通りだ」


少しだけリサの言葉に喉が絞まる。


悪気がない純粋な瞳がどうすれば俺のように汚くなってしまうのか。時間や環境の差に嘆いてしまう。


あの時だって、いや、ずっとそうだ。


何にしても金が重要で、それが欠けていれば転落、地獄へ真っ逆さまだ。あるからこそ俺の通っていた学校ではあんな不条理が曲がり通っていた。


「あっ、帰ってきたんだ。……って、なんで泣いているの?」

「……いや、今の俺って人生で一番幸せだなって。諦めていたはずだったんだけどな」


あの時から俺は将来に希望を持つことをやめていた。大切なものを奪われて、これからもなくしていく人生なら早く終わらせたい。でもここぞという勇気が出なかった。


よく死ぬことは勇気ではない、なんて大層なことをのたまう奴らがいるがそれは嘘だ。最悪な人生を、これからの不安を消すために自分を殺すことは人として考えても仕方のないこと。それを規制する風潮自体が世界の政府の責任転嫁でしかないと思う。


俺は思う。


ただただ思う。


「……お兄ちゃんは一人だったもんね」

「一人ではなかったけどな。ただ……俺は全てを捨て去って正解だと思っている。……やめだ、自分語りなんて性にあわない」

「ツンデレですね」

「言ったな」


俺は口に出してはいけないことを言ってしまった菜沙の首元を撫でる。同時に唯の頭も撫でておいた。


何かを大切にするということは奪われる覚悟を持つこと。俺はそれが怖くて見て見ぬふりをしてきた。恨むべきあの時だって覚悟さえあれば全てを上手く進めることが出来たのかもしれない。


机上の空論といえばそれまでだが、俺のような凡才が生きていくには日本は苦痛でしか無かった。努力しても報われない。環境や金がステータスである世界では生きた心地もしない。


あの時に勇気があれば静を救えたかもしれない。確かな幸せと共に確かな寂しさも感じてしまう。……諦めたはずだったんだけどな。


「もうこの話はやめだ。早く片付けてリサを送り届けるぞ」

「……逃げなくても幸せは追ってきますよ。私も、私達も洋平先輩に幸せにさせてもらっています」


去り際に言われた菜沙の言葉。


温かくて俺を包み込むような、本当の慰めの言葉に見えないように涙を流した。少しだけ塩辛い純粋な食塩水のような味だった。


俺達は普段通りに食事をして片付けを始める。リサはドワーフだからか肉は多く食べるようだ。それに途中で「お酒はないの」と聞かれた時には驚きを隠せなかった。本当にドワーフはお酒や肉が好きなようだ。


「俺はテントの片付けをするから他のみんなで自己紹介とか、他の片付けでもしておいてくれ」


簡易的な自己紹介は食事の時にしていたが、ある程度詳しいものは今の間でもいいはずだ。俺は道中でいくらか説明はしたからする必要性もないしな。


「それなら私も手伝う」

「……そうだな。女性のテントとかそういうものは莉子に任せよう」

「任せて!」


胸をドンと叩いて笑う。


アレスは修練、他の女性陣は洗い物や片付け、昼の準備らしい。ご飯を作っている時間があるか分からないからだろう。日本人らしい特徴だと思う。


テントに戻ると少しだけ傾いていた。


莉子が恥ずかしそうに頬をかいているから、どうせ俺が朝いなくて騒いでいたのだろう。


「……ごめんなさい」

「謝らなくていい。壊れたら新しいものを買うだけだし、実際壊れているわけじゃないからな」


適当にそう返して骨組みを片付けていく。


中に物は置いていなかったので莉子がいる必要性はなかったが、まぁ、近くにいたいという女心か何かだろう。それを阻む理由もない。現に周囲のゴブリンとかは倒してくれるので意味がないわけではないしな。


「……飽きた!」

「そりゃあ雑魚だからな。三人からすれば倒す価値もない存在だし」

「近くに敵もいないしお兄さんの近くにいます。見ている分には構わないですよね」

「……別にいいが」


少しだけ気恥しいので見られたくはないが減るものでもないしいいだろう。よくよく考えてみればオークを殺すことや、拳銃を撃つことにすら忌避感を抱いていた莉子が俺のために魔物を倒しているのだ。いくらかのわがままなら許すのも当然だろう。


「へぇこんな感じなんだ」

「ああ、まぁあまり近づくな。骨が外れて飛ぶこともあるからな」

「ひゃあ!」


言った直後に地面から外れてしなる骨組みに莉子は体をねじった。そのせいでバランスを崩した莉子が倒れそうになる。もちろん、そんなことをさせるわけもないんだがな。


「言わんこっちゃない」

「あっ……手……ありがとうございます」


すぐに伸びている手を取り引き寄せる。


わざとではないが強く引きすぎて抱きとめる形になったけど仕方のないことだ。わざとじゃないんだからな。


「……莉子って柔らかかったんだな」

「何ですか? もっと触ってもいいんですよ?」

「魅力的な話だがやめておこう。早めに仕事を終わらせてから、その後でも遅くはないだろ?」

「……冗談だったんだけどね。でもしたいならいいよ」


もっと味わっていたかったが莉子を離す。


今はこんなことに時間を食っている場合ではない。片方のテントの片付けを終えて最後のテントを終わらせた時だった。不意に近くの石に座っていた莉子が立ち上がって俺の隣に立つ。


「お兄さん……?」

「うん? なんだ?」

「好き」

「……そうか、将来のお婿さんにでも伝えてやれ。俺に対して言う言葉ではない」


莉子の告白をおざなりに返す。


分かっている。莉子が俺のことを好きなことなんて。でも今は駄目だ。俺なんかじゃ不足が過ぎる。唯は俺がいなくちゃ生きていけないし、俺は唯がいないと駄目だ。


だけど……莉子も菜沙もいない世界に生きていたいとは思えないな……。


「俺も好きだよ」

「えっ……」

「……なんでもない」


俺の言葉は夏に夜を彩る花火のように儚く消えた。吐息で掻き消される言葉に価値はなかったが俺はただ二人の存在の大きさに驚くしかない。胸を締め付ける感覚が異様に嬉しかった。


俺は誰かを愛せるほどの器量はないのかもしれない。現に唯のことを一番に思いながら、莉子も一番に、菜沙を一番に思う曖昧な恋心を持っているのだから。


この時、初めて莉子を純粋に愛していることを実感した。




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お久しぶりです。


書いていないうちに評価などがされており驚いてしまいました。他の作品を中心に書いているので定期的にとはいきませんが気分が向けば続きを書いていこうと思います。


絶対に途中で投げ出すのはしたくないです。

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