1章15話

「さっきの大きな音は何?」


 業務室に入って早々、唯に言われた一言だ。

 確かに拠点となっているとはいえ、外の音は聞こえるし俺の体を見れば普通ではないとわかるだろう。


 俺は唯の顔が怖くて他の二人に助けを求めるように視線を逸らした。そして気づいた。


 全部わかっててそう聞いているのだと。

 失敗した。監視カメラを見れるようにしたせいで俺の行動は丸わかりだ。


「なんで戦闘をしないって言っていたのに、オークと戦ったんですか?」

「それは……ジョブの獲得条件のためです」


 菜沙の言葉に対してなぜか敬語が口から零れ、少しだけ自身が萎縮していることに気づく。


「じゃあ男子トイレで何をやっていたんですか。あんな大きな音普通は出ませんよね、お兄さん?」

「パイソンを爆発させてオークナイトの注意を引きました!」

「ああ、だからお兄ちゃんのいたトイレに向かって三体のオークナイトが向かっていたんだね」


 少し柔らかい口調で唯がそう呟いた。

 だが三人とも怒りは収まってはおらず、悲しそうな表情を浮かべている。


「とりあえず、だ。欲しいものも得たからオークナイトと戦おうと思う」


 そんな雰囲気に耐えられるわけもなくそう言う。


「戦うって言っていますけど勝率は高いんですか?」


 現実的な考えである菜沙がそう聞いてくる。

 勝率か、最高レベルの雷魔法を本気で撃てば簡単に倒せるだろうな。危なければそうすればいいし、最悪、唯の結界を使えばいいからノーダメで倒せるだろう。


 だけどな、火魔法と同じくらい周囲に影響を与えるから、本当に最悪の手段でしかない。


「本気でやればオークナイト程度なら楽に倒せると思う。だけど、そうする気はない」

「お兄ちゃん、なんで?」

「これから必要な物が手に入らなくなるからですか?」

「そうだね。例えば衣類とか、スキルで物を手に入れるのに必要なお金とかそういうものがなくなるから。まあ、命には変えられないけど」


 そういえばスキルで物を手に入れるためにお金がかかることは言っていないかもしれないな。


「なるほど。なら大丈夫ですかね」

「今回は本当に狩りをしようと思うんだ。少し経ったらまず一階のオークナイト三体を潰す。そしてここで一番強いオークナイトを殺す」

「お兄さん、戦い方はさっきと同じですか?」

「そうだね。莉子にはパイソンの代わりになるものと、後は唯の武器かな。今のところはお金の余裕もあるし、ここでお金を手に入れればそんなこと問題じゃなくなるし」


 いつからか俺は金にがめつくなっていたのかもしれない。いや、地獄の沙汰も金次第というくらいだ。今必要とされないお金や調味料はありがたく手に入れておいた方がいい。


「お兄ちゃん? なんか顔がゲスいよ」

「ゲスくていい。生き残れるならなんにだって頼ってみせるさ」


 呆れたように笑う三人に俺は満面の笑みを浮かべた。




 ◇◇◇




 とりあえずその後は仮眠をとった。今まで寝る前にトイレに行っていた分だけ眠りづらかったが、三人と一緒に寝て眠れないということはなかった。


 多分、菜沙や莉子からは色々なことをされたから、あまり意識しなくても良くなったのかもしれない。そのうち一緒に寝ることも増えそうだからそうであってほしい。


 一番に起きたのは俺のようで時間も三時間程度寝たのみだった。だが三時間は仮眠の割には長いかもしれない。


 携帯のアラームがないことを今更になって悔やみながら俺は画面を操作する。室内の端っこに三つのダンボールが落ち、それらに刻印を入れた。


 菜沙の双剣にも刻印を入れたかったが、腰に差したまま寝ているため触れることすら戸惑われる。今更になってドキドキするのは仕方ないだろう。


 よく見れば三人とも着崩しているため少しだけエロい。まあ、襲いたくなるほどではないが。俺は変態と書いて紳士と読む。この程度では欲情はしない、そしてロリコンではない。莉子は少し胸が大きい分だけ……だが。


「おーい、起きろー。オークナイトも持ち場に戻ったし戦う準備をしろー」


 最初に起きそうな菜沙から唯、莉子の順に起こす。莉子は目覚めが悪いので最初に起こしてもすぐに寝る。


「……おはよう……ございます」

「おはようでいいよ」

「ふあー、お兄ちゃん、おはよう」

「はいはい、おはよう」

「おは……グゥ」

「はい、寝るなー」


 三人を簡易的に起こした後、唯に莉子を任せ、食事を出した。作るというわけにもいかないし、作れる環境がないため缶詰などがほとんどだ。残ったホカホカのご飯などもあったが。


 そのような食事も終え、食べながら眠りそうになっていた莉子を起こしながら、日も暮れかけている頃にすべての準備が終了した。


「それじゃあ、これを渡しておく」


 仮眠明けに買った三つの道具だ。莉子には同じ種類の拳銃、いわゆるデザートイーグルを渡し、唯には一番安価な雷の魔剣を手渡した。


 この二種類は思いのほか高い。その分性能がいいのはわかるが、菜沙のために買った武器と同額の雷の魔剣と、二つで同じ位の値段を誇るデザートイーグルだ。簡単に壊れてしまっては困る。


 それに二人へのプレゼントでお金の大半を使ってしまった。武器を買わなければ一ヶ月は生きていけるくらいのお金はあるが。


「お兄ちゃん、これ何?」

「あー雷の魔剣、その剣でもまだ戦えるだろうけど、一応な。俺が好んで雷を使うからお揃いでいいかなって」

「それでこの銃はなんですか?」

「莉子のはデザートイーグル、筋力があれば女性でも片手で撃てる拳銃だ。それに威力も拳銃の中ではトップクラスだし丁度いいだろ? 弾は七発まで装填できるから、そこを念頭に入れておいてほしい」


 嬉しそうにしている二人を横目に、菜沙にも「今度、サブの武器を買うよ」と言っておいた。やる気を上げるにはそれなりの報酬も必要だからな。


 それにパーティメンバーが強くなれば、俺も戦わなくて済むからな。楽に生きれれば、そして仲間を守れればそれでいい。


 出る前に一応、ジョブを見習い付与士に変えておく。今持っているジョブの中で一番使い慣れているからな。


 そうしてオークナイト殲滅戦を開始した。

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