1章7話 現実

「ヨーヘイ」


 目の前にいたのは小学生の時の静だった。

 そして周りの景色を見ればいくらかこの現状も理解できる。


 ふわふわとした浮遊感と多少の幸福感、周りに広がるわたあめのような真っ白いなにか。


 ここは夢の中だ。先程の二人との出会いのせいでこんな夢となっているのなら、恨みさえ通り越して気持ちが悪い。


「静か」

「そーです。静なんです」


 にへらと小学生とは思えない大人びた風貌と男子の中でも大きめの俺と同じくらいの身長。少し胸の奥がチクチクした。


「……じゃあ」

「なんで逃げようとするの? 昨日の約束忘れたの?」


 約束、小学生の俺はよく静と遊んでいたせいでいくらでも思い当たることがある。


「夢の中でも頭が回るんだな」とくだらないことを考えながら静の方を見つめた。


「……誠也兄が今日大学休みだから三人で遊ぼうとかか?」

「そーです、昨日お兄ちゃんと約束したでしょ」


 小指を出して指切りのジェスチャーをしながら笑う。この時の静は笑顔を絶やさない、すごくモテる子だったんだよな。


「えっ……」

「……ごめんな、静。守れなくて」


 夢でもいいから静に許して貰いたい。

 そんな気持ちが行動に現れたのか俺は静を抱きしめていた。無意味なのはわかっている。でも静への拘束を解こうとはしない。


 背中へ感触が伝わった。静が俺を抱きしめ返しているんのだ。


「……私は怒らないよ。ヨーヘイのお嫁さんだから。唯ちゃんになんかヨーヘイをあげないんだから」


 静の少し高めの声がより高くなる。唯には渡さないか、結果俺は唯にべったりになってしまったんだよな。


 なにも静だけが悪いわけではなかった。俺の馬鹿みたいな行動が静を苦しめてもいたんだ。


 好きな子を手に入れるために仕組まれた『いじめ』。それに負けてしまった俺はただの負け犬でしかない。


 そんな時、風船が最大まで膨らんでしまったかのように、パンと音を立ててその空間に終わりが訪れた。


 最後の最後まで俺は静を抱きしめる力を緩めることはなかった。




 ◇◇◇




「……どうしたのお兄ちゃん?」

「あっ、唯か」


 ここは……見たこともない天井ではないな。普通に俺の部屋だ。ということは俺は最後の転移で家まで飛んだのか。


「うなされてたよ。なにか嫌な夢でも見たの?」

「……すまん、覚えていない」


 嘘だ、頭からこびり付いて離れやしない。夢の中での静との話も思い出してしまった昔のことも。


「……まあ、いいよ。それで」


 唯は自分の頬に指を当て、そのまま部屋の外へと出ていった。部屋の中にあった手鏡を手に取り俺は自分の頬を見る。ああ、なるほどな。


「確かに……酷い顔だ」


 涙の跡も青白くなった皮膚も何もかもが見たものを不快にさせる。唯もこれを見たからあんな表情を浮かべていたのだろうか。


 いや、違うな。俺の心が表に現れているのか。ベットから降り長年開けられていなかった立て付けの悪い窓を開け外を眺める。


「ッツ」


 言葉を失うとはこの事だ。良いものも悪いものも含めて、今までの思い出が詰まった街の様相が変わっていたのだから。


「……ハハッ、なんで都会のど真ん中に森があるんだよ。……意味わかんねえ」


 頭を掻きながら俺はそんな声をあげていた。室内に響く、とても虚しく感じるのは何故だろう。


 悪い思い出が一緒になくなったわけではない。良い思い出もなくなったわけではない。


 こんな状況になって良かったことがあるのか。……ないような気がする。


「はあっ……エルフもいるのか」


 森はどうやら俺のいる街を含めて数十キロにも及んで広がっているようだ。マップで見てみたがその中でエルフも住んでいるようだ。もちろん、この世界の者ではないだろう人族たちも。


 いくらかテンションは上がるが、でも大したことはないな。出会っても他種族には排他的なエルフもいそうだし。


 いじめられてうじうじして、生きることに意味を見いだせなくて、そして一人になることを求めた。


 殺したい気持ちはあるし、あの時は殺すにはいい機会だった。でも殺さなかった。


 それは俺の人としてのモラルやマナーに縛られているからだろう。まだ人を殺すことが怖いんだ。


 まだ人を殺せない。でもそのうち覚悟はできるだろう。俺は主人公には向いていないが、唯に汚れ役を任せるくらいなら俺がやるだけの気概はある。


 でも今はこんな堕落した幸せに縋っていたい。笑う三人と一緒にこの世界で生きていたい。


 過去を捨て去りもしないし、未来を捨てる気もない。今はただそれだけでいい。


「あーあ、悩むだけ馬鹿だった!」

「うわっ」


 俺の怒号に近いような大声の後、隣で誰かが倒れた音が聞こえた。ぴったり九十度、体の向きを変えその相手との目が合う。


「可愛い悲鳴だな」

「洋平先輩は意地悪なんですか」


 少し頬を膨らませ抗議をしてくる菜沙がそこにいた。もしこんな世界にならなかったら菜沙とも出会えなかった。そう考えれば良いことはあったのかもしれない。


 菜沙にとってはそうではないかもしれないが。


「今の話、聞いてたのか?」

「まあ、ブツブツ言っているなっていう程度ですよ。詳しくは聞けませんでしたけど」

「……そのうち、では隠せないよな」

「そうですね。虐められていたっていう話を聞いてしまいましたし」


 俺はひとつ大きなため息を吐いた。


「……一つ聞いていいか?」

「なんですか?」

「菜沙は俺と出会えて良かったと思うか」


 少し菜沙が笑った。

 屈託のないその笑顔がとても可愛らしい。


「当たり前じゃないですか。最初こそ授業中に突撃とか、とは思いましたけどね」


 ケラケラと笑い俺と視線を逸らさない。

 そっか、菜沙は俺と出会って良かったのか。


「ありがとうな」


 俺は一つ、何かを吹っ切れた気がした。


「三人と一緒に生きていたい。だから包み隠さずに話すよ。でも今じゃない。もう少しだけ強くなってから、それからでいいかな」


 俺の過去は面白くないし、もしかしたらみんなを幻滅させるかもしれない。だからこそ独立できるだけの力を持ってから話を聞いて欲しかった。


「信用してくれたんですね。……じゃあレベルが10になったら教えるってことでどうですか?」

「わかった。その時には話す」


 それくらいが安牌だろう。菜沙の過去も気になりはするが、聞く気もない。そんなことで関係を悪化させたくもないからな。



____________________

 以下、作者からです。


 少し書き足しや書き直しをすると思うので、もし行った時は報告をさせていただきます。


 というわけで世界が本当に壊れてきた、そんなことを物語る回でした。次回からは外での活動やエルフとかも出てくるかも? なのでよろしくお願いします。


 以上、作者からでした。

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