1章6話 トラウマ

 聞き慣れたその声は明らかに俺の姿を捉えた。少し悲しそうな顔をするだけで他には何もしてこない。


 自分と同じ年の少女。

 物心ついた時から遊んでいた元仲間。


 当然だ、あいつらとはもう関わる気すらなかったのに。それがあいつにも分かっているからだろう。


 多分、あいつの使った魔法は回復かなにかなのだろう。俺の口から血が出ることもなくなったし、足もいくらかおぼつかないものの動けないほどではない。


「ら……雷束!」


 ただでさえギリギリのMP消費だったのに酷使しすぎた。具合が悪いってレベルじゃないぞ、これ。


 それでも能力は発動できたようだ三体のオークナイトの体に雷の拘束具がはめられ、手の使用は不可能となっている。


 そこを容赦なく、

「斬!」

 体の痛みを無視して首を刎ねに行く。


 もう少しであいつが来てしまう。それだけはなんとか避けたい。


 一度バランスを崩してしまえば、手を使わずに立ち上がることは難しいだろう。オークナイトもそのようで倒れた体を起こそうと必死にもがいている。


 首が三つ飛び、勢いを殺さずにオークナイト三体を倉庫に入れた。チラリとあいつの顔を見る。こういう系統のスキルを持っていないのか、あからさまに驚いた顔をしていた。


「お兄ちゃん! 大丈夫?」

「……なんとかな。……唯、ここから早く出るぞ」


 唯は俺の顔を見て何かを察したのか、二人を集め武器をしまおうとした。


「洋平……」

「……」


 目の前に立ち塞がり俺を見つめてくる少女。その背後から現れた一人の男。

 間に合わなかった。


「よお、久しぶりだな」

「……佐藤陽真」


 陽真は俺の方を見てニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべている。……オーク並みに腹の立つ野郎だ。


 だが体は正直だ。陽真が現れてから冷や汗と嘔吐感に襲われ始めた。


「……何の用だ」

「幼馴染に対してそんな言葉は酷いと思うんだがな。もしかして調子に乗っていないか」


 陽真の言葉に身を乗り出そうとした唯を手で制す。まだ駄目だ、こちらの手の内を見せてしまっては。


「お前が言うなよ。静を手に入れて心も態度もでかくなったのか?」


 ハッと嘲笑い陽真の対応を見てみた。

 予想外に陽真は何もしない。回復をかけてくれた静も俯くばかりだ。


「ッツ」

「挑発には乗らねえがいい気分はしないな。これだから負け犬は嫌いなんだ」


 陽真から一本の剣が飛んできた。

 それを横に飛び躱し唯たちを見た。まだ冷静でいられているようだ。


「負け犬、ねえ。ならなんで今の攻撃で殺せなかったんだろうな」

「俺が手加減していたことにも気づけねえのか」


 そんな馬鹿みたいな話をして陽真の気を逸らす。もう少しだ、もう少しであれを手に入れられる。


 喉元まで込み上げてきた気持ち悪さを唾とともに飲み込み陽真を見る。


「……なんだ、その笑顔は」

「いや……本当に変わらないなと思ってな」


 その爪の甘さは本当に変わらない。

 そんなことを言いはしないが想像してしまい少しにやけてしまう。


 だってそうだろう。俺の学校へ行きたい気持ちを無くさせ、大切な存在も奪った相手だ。


 なのにこうやって俺の行動に気づけていない。ステータスをいじって二つのスキルを手に入れたのに、それすらも気づけていないんだからな。


「転移」


 使った瞬間にわかった。MPの消費が尋常ではない。雷束の二倍は消えているのではないか。無理に行使して命まで削っているようなそんな気がする。


 あからさまに驚いた顔をしていた陽真だがもう遅い。俺はもう唯を連れて菜沙と莉子の近くに来ていた。


「三人とも……悪いけど来てくれ」

「えっ」

「なんでお兄ちゃんが」

「洋平先輩……」


 三種三様な反応を見てから唯をおんぶし、莉子と菜沙と手を繋ぐ。

 チラリと陽真の方を見たが、剣を取り出しているだけ。しかも大したことのない普通の鉄の剣だ。


 どうやって手に入れたかは知りたいが陽真たちの拠点に鍛冶師でもいるのだろう。今の俺には不必要だが。


 ただの鉄の剣ではリーチなんてたかが知れている。


 静も少し驚いた表情を浮かべたがすぐに無表情へと変えてしまった。何かを言いたかったのかもしれないが、俺には関係ない。


 殺したい気持ちを抑え、俺はもう一度、魔法を行使した。


「転移!」


 俺の視界が光に包まれ、一瞬だけ触覚がなくなる。その恐怖を体験しながら、俺は意識を闇に落とした。


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以下、作者からです。


ここから一章の前半に突入します。またタグにある異世界との混合も内容に入ってくるためお楽しみに。


以上、作者からでした。

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