1章2話 計画・前編

「それで戦うオークの情報が欲しいです」


 食事を終えてすぐに菜沙が聞いてきた。


 情報と言われても団体行動していて、レベルのあまり高くないオークとしか言えないのだが。


 もしかして集落のような場所を落としに行くとでも思っているのか。さすがにそれは俺でも無理だ。


「あまり群れていない、レベルが低めのオークかな。みんなが単体で倒せるくらいの」


 明らかに菜沙は胸をなでおろした。


 やっぱり勘違いしていたのか。そんな恐ろしいこと、唯が狙われない限りは戦ったりしない。


「……単体で倒せる、ということはタイマンで戦うってことですか?」

「いい質問だね、さすが菜沙。戦えるかどうかを確認したらやってもらうつもりだ。まあ莉子はもうやってるから主に二人が、だね」


 人差し指を天に伸ばしておどけてみた。


 たった一日の仲なのに、さすがって意味がわからないな。


「とりあえずレベル差を作ってから、ってことですね」

「まあ、それまではパワーレベリングをする予定だけど」

「出た、お兄ちゃん特有のパワレベ」


 ここぞとばかりに会話に入ってくる唯。


 ゲームではいつもパワレベさせてあげていたから、そんな言葉を出したんだろうけど。


 言う必要性がないような気がする。だからそのドヤ顔の意味がよくわからないな。


「戦闘技術っていうのは結構重要なんだ。それこそ遠距離攻撃だからって、莉子に近距離戦をさせないわけでもないし」

「一応、短剣の扱いくらいは覚えますよ。昨日、言われたから」


 食事を終えたためか、また眠くなってきている莉子がそう答える。


「そして、近距離でタイマンでやるっていうことは覚悟がいるんだ。この世界においてそれがないということは死を意味する」


 この学校の生徒は死んだか、避難したかのどちらかだろう。悲鳴を聞いているわけでもないから、唯と菜沙だってまだ混乱しているだろうし。


 二人とも死ぬ思いはしていないだろうから。あったとしても目の前で教師が死ぬという、事象くらいでしかない。


 ただ一歩外に出ればわかる。


 孤独になればわかる。


 小さく聞こえるオークの声や戦っているであろう音。何かを壊している音。


 それらが木霊して独特な雰囲気を作り出しているんだ。


「俺も生きていけるかはわからない。唯のためだったら命を投げ出す覚悟はしているし、菜沙や莉子を見捨てる気もさらさらない」

「……私はお兄ちゃんが死んだら」

「違うよ、そういう覚悟を持っているっていうことだから。心から信用しているのは唯だけだけど、俺は三人全員を仲間だと思っている。背中を任せようと思っているってだけ」


 唯は黙った。


 菜沙は手を組みなにか考え事をしており、莉子は少し悲しそうな目でこちらを見ている。


 だからといって俺の過去を語る気にもならないけどな。小説の中では有り触れているだろうし、表に出ないことなど俺が言ったところでどこまで信じてもらえるか。


「はあ、わかったよ。とりあえず今日やることを済ませよう?」


 静寂をかき消したのは唯だった。


 俺の気持ちも、二人の気持ちも察しての言葉だろうな。


「そうだね、行こう」


 唯の言葉に身を任せ、俺は自分の作ってしまった雰囲気を抜け出そうとした。もう少し二人の気持ちを考えようと心に決めた時だった。


 外に出てマップをより詳しく見る。


 周りにオークはいない。となれば少し遠出をしなければいけないだろう。


 よくよく見ればオークもちらほらといるだけで、みんなのレベルを大幅にあげるなんて到底不可能だ。


 職員室の周りにオークはいないし、行きたくもない。あいつらが戦って経験値を得てるんだろうな。


 距離があるから同じ階でもそうそう出くわさないだろう。


 下層に行くか、もしくは危険を承知で体育館と同じ階の三階に上がるか。


「うん? 動きがあるな」

「どうかしたんですか?」


 菜沙が体を曲げて俺の顔を下から見てくる。


「……いや、西園寺たちが行動を始めただけだよ。三階のオークの寝床みたいな場所に集まっているみたい」

「三階にそんな場所があるんですね。……それと西園寺が、ですか」

「だから今日は外に出ようと思う。拠点自体は十箇所作れるみたいだし、学校で危険を犯す必要性はないしね」


 隣接している高校にもオークはいるが、こっちと変わらず体育館に集まっているみたいだ。


 少ないはぐれオークを探すくらいなら外でレベル上げをした方がいい。


 一応、デパートとかで必要品を獲得しておきたいしな。


「まあお兄ちゃんのことだから、なにか理由があるんでしょ。それなら従うよ」

「寝る場所とかがあるなら別に構わないよ」

「西園寺に会わなくていいなら、別にいいです」


 三種三様な返事が来たが反対派はいないようだ。そうだ、あともう一つ言わなければいけないことがあった。


「後、俺はオークに殺されそうな人を助ける、なんてことはしない」

「それでいいと思う。元から人間なんて、お金の工面とかを他人にあげるみたいな、自己犠牲をしていたわけではないんだから」

「まあ、みんなを守りたいからな。変に寄生されてもウザイだけだし」


 そんなことを言いながら調理室をロックした。拠点にした人だけが使える能力で、認めた人以外中に入ることを禁止できる。


 西園寺たちの探索でここを奪われてもなんだしな。それに職員室の男女比から見ていかがわしいことをしているのは確定だし。


 そのまま下層に下がる階段まで向かい、一階へと降りた。


 降りてすぐの角にいたオークがいることは確認済みだったので、角から手を出し床に付ける。


「雷舞」


 絶縁体である床の上を電気が通る。


「ブアァァァ……」


 悲鳴が聞こえ何かが倒れた音が聞こえた。マップではまだ生きていることを確認した。


 何も言わずに唯の背中を押し、鋼の剣を持ちながら奥へと向かった。小さく聞こえた「ブヒャ」という声を合図に三人で角へ行く。


 唯の倒したオークの遺体を回収してから、また歩き出した。


 その後も二体か一体しかいない校内のオークを探してはみんなに任せる。

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