序章12話 初めての共同作業

 俺は瞬時に頭を後ろに下げたが、莉子は俺の目を見つめてくるだけ。


 キスをしてしまった今では、もう遅い気がするが。


「……嫌でしたか……?」

「……嫌じゃない。……ただ……」


 莉子は「ただ?」と聞き返してくる。


「……なんでそんなことをしたんだ?」

「話を逸らさないでください」


 俺の目を見るだけで、その行動が悪手であったことに気づいた。


「……莉子のことは嫌いじゃない」

「なら、なんで後ろに」

「人を信用できないから。信用しているのは唯だけだからだ」


 莉子は首を傾げる。


「お兄さん、意味がわかりません」

「……俺にだって色々あるだけだ。学校に来たのだって……久しぶりだからな」


 莉子の唾を飲む音が聞こえた。


 酷くこの静寂がもどかしい。


「……なにがあったんですか?」

「……それは……誰にも言えない」


 言う気も起きない有り触れたことであるから。


「信用されたら話をしてもらえますか?」

「……可能性はあるかもな」


 断定はできないが、そんな言葉は表には出さない。


「……それならいいです」


 莉子はフイっと顔を背けパイソンを前に構えた。何がしたいのか意図が掴めず、少しばかり考える。


「……もう少しレベルを上げてから行きましょう。……お兄さんが生き残るために必要だ、と言った理由がわかりました」


 そうだった。莉子も俺と大差ないほどのゲーマーだった。現実で起こったステータス画面を見て、少し高揚したのか、それとも、


 俺の信用を勝ち取るための行動でしかないのか。俺は莉子の本音がよくわからなくなってしまった。




 ◇◇◇




 廊下に一発の銃声が響いた。


 俺の目の前で倒れ込むオーク。


「……上手くなってきました」


 褒めて褒めてとばかりに頭を差し出してくる莉子を見て、少し戦々恐々とする。


 まだ銃を撃って七回目だ。最初のオークに三発、次のオークでコツを掴んだのか目に当て脳にぶち当てる。そして続けて二体のオークとも戦わせてみたが、一発一発で屠っている。


 距離を詰めさせることもさせずにそんなことをやってのけていた。


 そんなに俺の信用を得ることが、莉子にとっては重要なのか。よくわからないな。


 ただでさえ、俺は生きているべきかもわからない存在なのに。


「……お兄さん、お兄さん? 大丈夫ですか?」

「ん……ああ……」


 少し意識が飛んでいたようだ。


 いやよく考えてみれば、今は生きている理由があるか。唯を三人を安全な所へ連れていく。


 死ぬのはその後、考えればいい。


 マップを覗く、銃声を聞いて近づいてくるオークはいないようだ。


 最高レベルのオークナイトは動く気配すらない。体育館で動かずに居座っている。


 体育館に人はいるのだろうか。


 ……見なければよかった。体育館にいる人は全員女子だ。総数二十三人。


 これでわかった。体育館はもうオークの苗床となっているのだ。それなら近づかない方がいい。


 少なくともそれを三人に知られてはいけない。どのような影響を与えるかわからないから。


「二体オークを殺してから拠点に向かう」

「うん、それにしても不思議だね。こんなに非現実的なことがあるなんて」

「確かにな」


 ゲームと変わらない世界、名前だけ聞いたら陳腐なラノベの物語でしかない。


 でもそれが、今、俺の目の前で起こっている。身近に死を感じる。


「ところでレベルは上がったのか?」

「えーっとね、レベルは3になったみたい。まだまだだね、思いのほかレベルの上がりも小さいみたいだし」

「それはそうだ、オークと言ってもレベル1の強くないものを選んでいるし、それでレベルが上がっているんだ。まだマシな方だろう」


 莉子はブーッと頬を膨らませ、「わかってるよ」と答える。


 なんだかんだ言って莉子が戦う気を起こしたのは嬉しい。俺一人だと倒せなくても、二人なら倒せる敵もいるだろうしな。


「ブアァァァ」


 莉子を認識して孕ませようと考えたオークが莉子に向かってくる。レベルは同等の3だがどうなる。


「うるさい」


 パイソンの火力をもってしてもオークを一撃では屠れなかった。頭を撃ち抜いたにも関わらずだ。


 また構え撃とうとするが、その間にオークは近くまで迫っていた。


 一対一なら莉子は犯されていただろうな。そう、一対一ならな。


「フッ」


 オークの突進をグングニールで受け止める。


 ステータスの上昇のおかげかダメージはない。


 後衛職は前衛職がいないと戦いづらいだろう。一応、俺は中衛型だけど前衛にもなれる。


 その間に準備が完了したのか、オークの頭をもう一度、弾丸が貫いた。


「……これが初めての共同作業……」


 そんなことを言う莉子が少し怖かったが、莉子とともに戦えることは大きな成果であった。

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