第68話 子供はいつの日か親の手から旅立っていってしまうんッス


 もう少しぐらいまともな打ち合いができると思っていたが、全くもってそん

な事はなかった。


 俺と父さんが言っていた「あれ」とは、周囲に多種多様な武器を大量に配置

し15秒おきに武器を変えながら戦闘を行うという変則的な練習方法である。

 次の武器の選択も重要だし、立ち位置によっては不利な武器を使わざるを得

なかったりと武器を使いこなす練習に留まらず周囲の状況判断や立ち回りの練

習にもなっている。


 武芸のスキル効果により昔とは違い俺の方が有利なはずなのに、全ての攻撃

は簡単にいなされ父さんの思惑通り動かされてるようにしか感じなかった。

 結果、長物を持った父さんに短剣で挑む事となりアッサリと天を仰ぎ見てい

る。


「もう終わりか?」


 俺もそれなりに成長したはずだがそれでも父さんの足元にも及んでなかった

らしい。

 しかもこちらは複数のスキルを持ち、父さんはスキルなしのハンデまである

のに。

 そりゃそうだ。スキルなしとはいえ今対峙しているのは500年前に元最高

神を封印した勇者その人だ。

 10代半ばの俺とは場数が違い過ぎる。

 正攻法では勝負にならないと途中で気づいた俺はずっとどう動くべきか頭を

働かせていた。

 そしてその糸口を見つけた俺は今必死に息を整えている。


「ま、まだだよ……」


 俺は近くで見ていたエリーを装備した。


「ちょっと! あんたいきなり何を」

「フレイムアロー!」


 サドニアさんを装備した時にスキルを発動する事ができた。それならば魔法

も発動できるのでは? と考えた俺は即座に行動に移し、そして自分の聞いた

事のある魔法名を唱える。

 すると装備したエリーから父さんに向けてフレイムアローが放たれた。


「なんだとっ!?」

「そこまでいくともうなんでもありッスね」


 クゥがいつものように呆れた声で言っているが気にしない。

 父さんにフレイムアローが命中すると思った瞬間、背後から声が聞こえる。


「発想は良いが、今は通常の武器を使いこなす練習の時間だ」


 頭に軽い衝撃が走り俺の意識はそこで途絶えた。




 お父様に気絶させられたロックは、いつの間にか現れた神様に膝枕されてい

る。いつもの事だけれどロックだけずるいわ。

 それにしても驚いたわね。

 自分の意思とは関係なく魔法を発動させられるなんて経験1度だってないも

の。

 ただ、いつもより倍ぐらい魔力消費が多かったわ。

 ロックの人までも装備できるというスキルは謎な部分がまだ多いわね。

 本人も実戦ではまだ1度も使っていないしその練習もしていないし。

 ロックもあの様子だとまだ起きないでしょうし、ママに聞いてみましょ。


「ママー、さっきロックに装備された時に放ったフレイムアローの魔力消費量

 が普段の倍ぐらいあったんだけれどなんでかわかる?」

「それは簡単よ! ロックちゃんの武芸がまだ成長過程にある事とエリーちゃ

 んと心を合わせられていなかったからね!」

「心を合わせる?」


 成長過程というのはわかっているわ。

 なかなか成長させられない事で悩んでるロックを何度も見てきたしね。


「武芸はすっごく特殊なスキルなのよ。自分以外の他者を装備するなんていう

 事までできるんだから。でもね、成長過程のロックちゃんでは装備した他者

 を完全に思い通りに扱えるわけではないの。だから装備された側がロックち

 ゃんの使い方に合わせていく必要があるのよ」

「なるほどねー。ありがとう! さすがママね」


 あの時、突然装備されたわたしは驚きのあまり硬直していたわ。

 その状態でロックがフレイムアローを唱えたものだからわたし側の準備は何

もできてなくてほぼ無理矢理使われた状態だったのね。

 わたしがロックの行動や攻撃に合わせていたら。フレイムアローは通常通り

の魔力消費で使われたはずだわ。

 あと1つ疑問があるけれど、それはロックのお父様に直接聞いてみましょ。


「少しよろしいでしょうか?」


 汗をタオルで拭っているお父様に近づき尋ねる。


「お主は……エリザベスさんであったか」

「エリーでいいですわ。親しい方にはそう呼んでもらっていますの」


 ロックのお父様でママとも親交のあるコンゴウ様と不必要に距離を開ける事

もないわね。

 正真正銘の勇者を前にしてわたしも緊張するわ。


「ならそう呼ばせてもらおう。どうしたのかね? 仲間であるロックがこっ酷

 くやられた仕返しがしたいとか?」

「いえ、そんな事ではありませんわ。ロックは力を求めてますからもっと厳し

 くしても良いぐらいですわね」


 コンゴウ様が一瞬止まったように見えたわ。


「どうやらフィーナ様の娘さんだけあるようだ」

「褒め言葉として受け取っておきますわ。話は戻りますが先程の事を伺っても

 よろしいですか?」

「ああ、拙者に答えられる事ならばな」

「わたしの魔法は命中したはずなのにどうやって無傷でロックの背後に現れた

 のですか?」


 フレイムアローは威力が控え目な初歩魔法。

 それでもわたしが撃てば初歩魔法の限界まで威力を高めた魔法になるわ。

 さっきのフレイムアローも魔力消費量こそ倍近くだけれど威力は普段使って

いるのと然程違いはなかったはず。

 自分の魔力で放たれた魔法だからわたしにはわかる。

 フレイムアローは確実に命中していた。


「拙者は魔法に詳しくないのでよくわからんが、エリーさんが命中したと勘違

 いしているのではなかろうか。いや……、命中したといえば命中した事にな

 るのか」

「勘違いではないと思うのですが」

「さっき持っていた剣で魔法を斬りそのまま移動したのだよ。だから剣には命

 中した事にはなる」

「え……?」


 魔法を……斬る?

 そんな事可能なの?

 実際に目の前で起きたのだからコンゴウ様にはできるのね。

 逆だった。魔法は命中したのではなく消失させられたのだわ。


「エリーさん、難しく考えてもしかたないッスよ。相手はロックさんのお父様

 ッスよ」

「そうだったわね」


 神様達が元最高神様を封印するために助力を頼んだ人だもの。

 一般的な常識で考えてはいけなかったわ。

 ましてや、ロックのお父様。もうそれだけでも答えとしては充分だわ。


「疑問は解決したかね?」

「えぇ。ありがとうございます」


 わたしったらダメね。だいぶ前、常識に囚われてたら真の天才にはなれない

なんて偉そうに言っておきながら自分自身が常識に囚われていたわ。

 ラッキーな事にわたしの周囲にはたくさんの「本物」がいる。

 紛い物なんかじゃなく、世界でも有数の本物達。

 わたしもその本物になるんだ!


「ママ、魔法を斬られないようにする方法ってないの?」


 わたしはその本物の1人であるママに早速教えを受けに行った。



 頭の後ろに柔らかい感触がする。

 草の匂いに混じり落ち着くような良い香りが鼻を掠める。

 爽やかな風が吹き額に前髪がかかるのを優しい手つきでとかしつけられてい

る。

 このままずっとこのまどろみの中にいたいと願うがそうもいかないようだ。

 急速に意識が戻ってくる。


「あれ? ここは?」 

「目は覚めた?」


 聞き覚えのある声に反応して目を開けるとそこにはクロエ様いた。


「俺は一体……」


 体を起こそうとするとクロエ様が押しとどめる。


「まだダメよ~。コンゴウさんに頭を打たれて気絶したの。わたしの膝枕で回

 復させてるわ」


 そうだった。

 エリーを装備してフレイムアローを放ったまでは覚えているが、頭に衝撃を

受けた後の記憶がない。


「やっぱり父さんは強いなぁ」

「ふふっ、そうね。だからこそ勇者なのよ」


 どうやって気絶させられたかもわからないし、最後は全く動きを追う事がで

きなかった。


「俺にはまだ勇者の背中すら見えなかったです」

「そんな事はないわよ。ロックくんが魔法を撃つ時、珍しく焦っていたもの。

 力加減を間違えて気絶させちゃったみたい。ね、コンゴウさん?」


 頭をポリポリ掻いてすまなそうにしている父さんが近くに立っていた。


「いやー、すまんな。あんな攻撃がくると思わなんだ」

「俺にとっては父さんを驚かせられただけでも大収穫だよ」

「ただし、普通の武器の扱いと立ち回りはまだまだだ。村にいる間はきっちり

 鍛えてやるからな」

「よろしくね勇者様」


 俺にそう呼ばれるのは恥ずかしいらしい。顔を背けてしまった。


「こーらー! いつまで神様を独り占めしてるの! わたしもお願いします!」


 走って飛びついてきたエリーに神様の片膝を奪われてしまった。


「あらあら、エリーちゃん。フィーナがすごい悔しがってるわよ」


 フィーナ様はハンカチを噛んで地面をガンガン蹴りつけている。

 すごい。あんな悔しがり方をする人って本当に存在するんだ。神様でした。

 そんなフィーナ様を宥めているクゥがとばっちりを受けてモフられている。


 俺は晴れ渡る空を眺めるとこんな暖かい日々がずっと続くように願った。

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