第67話 あれ


 食事が終わり、エリーとクゥは馬車での旅の疲れと今日の衝撃的な出来事か

らか部屋へ戻りもう寝るらしい。


「お風呂はどうする?」

「んーもう眠いから明日にするわ。ふぁーあ」

「自分ももう寝るッス。馬車旅は疲れるんッスよね」

「2人がもう寝るならわたしももう寝ようかしら」


 大きな欠伸をするエリーを連れてフィーネ様も一緒に部屋に戻っていった。

 エリーはかなり限界がきていたようでフィーネ様とクゥに支えられながらで

ある。


「俺達は軽く飲むか? 街から良さそうな酒を土産で持ってきたんだ」


 ジャックの提案に俺はのった。

 村を出た頃はまだお酒を飲めなかったからね。父さんと飲むのも初めてだ。


「そうか。ロックも酒を酌み交わせる年になったか」

「父さんへのお土産も今持って来るよ」

「それならば、拙者の書斎へ来るがよい」


 俺とジャックは荷物に入れてあるお土産を取りに戻った。

 一番離れた位置にされた各々の部屋へ。

 お土産の剣を持ち父さんの書斎へ向かう。書斎とは言っても、本の数よりも

武器の数が多いというなんというか小奇麗こぎれいな武器庫と言った趣が強い。


「コンコンッ」


 ノックをして入るとジャックは先に戻ってきていた。

 さすがに樽で持ち帰る事はできなかったようでいくつか瓶を抱えている。

 その中にはガリアさんが大好きなドワーフ特製火酒も含まれていた。


「お待たせー。って! 火酒までお土産に持ってきたの!?」

「ああ。コンゴウは酒仙だからな。酔っ払ってる事すら見た事ないんだわ」

「うむ。酒は適度に楽しむものであるからな」

「適度にね。あはは」


 俺は飲み過ぎでデスッた事まであるというのに。

 確かに父さんは晩酌をよくしていたが飲んでいてもいつもと変わらず、まし

てや酔っ払ってくだを巻く事なんて1度もなかった。


「俺は火酒以外で頼むよ」

「もちろん俺もだ。こんなの飲んで平気なのはガリアさんとコンゴウぐらいだ」

「ガリアとな?」


 やはり武器収集してるだけあってガリアさんの事を知っているのかな。


「その方もこれを飲めるとは。会ってみたいものだ」


 そんな事はなかった。

 村にまでそういった噂とかは入ってこないのかもなぁ。

 俺もエリーに教えて貰うまでガリアさんがそんな有名な人だとは思ってもみ

なかった。


「俺からのお土産はこれ」


 鞘に入ったままの剣を渡す。


「これは、おぉ……」


 鞘から剣を引き抜くと惚れ惚れと剣に見入っている。


「今の時代にこれ程の業物を打つ者がおるとは」

「それを打ったのがドワーフのガリアさんとうちのパーティーのクゥだよ。ク

 ゥはガリアさんの一番弟子なんだ」


 その場で何度か剣を振るう。その太刀筋は以前と変わらず鋭い。


「まるで拙者を知ってるかのようなバランスで作られておるな」

「昔父さんから貰った練習用の剣を参考にしたからじゃないかな」

「ふむ、なるほど。それなら納得だ」


 剣を鞘に収めると書斎の一番大きなガラスケースに仕舞った。


「これ程の剣を打つお人か。益々会ってみたくなった」

「前は始まりの街でも店出してたんだが今は本店のアドバンに戻っちまったか

 らなぁ」

「アドバンとは迷宮都市だったか。少し遠いな……」


 父さんは残念そうに呟く。

 ガリアさんは始まりの街の店を引き払った訳ではないから、またフラッと始

まりの街へ来る事もあるかもしれない。

 今はクゥがうちのパーティーに加入してしまってるからいつになるかわから

ないけれど。


「話は変わるがジャックから見てロックは冒険者としてどうだ?」


 父さんは貰った火酒を飲みながら話している。


「俺から見るとまだまだなとこはあるが、今やこいつらのパーティーはアドバ

 ンでも有名になってるよ。昔とは全く違うからそんな心配しなくていいぞ」

「俺だっていつまでも泣き虫で意気地なしじゃないんだよ」


 この村を出る前の俺しか知らない父さんが心配なのもわからないでもない。


「途中までは我武者羅がむしゃらにデスりまくってたからね。いろんな人に出会って、学

 んで、少しは成長できたと思うんだ」


 強くなるヒントや方法を教えて貰いながら自分なりに努力してきた。


「ロックもいつのまにか男になったのだな。よし、明日はどれだけの武器が使

 いこなせているか久しぶりにあれをやるとしよう」

「えー! あれやるのー!?」

「クゥちゃんにも見せてあげれば何か新たな武器を思いつくかもな」


 あれは様々な武器を使うための方法として叩き込まれた練習だ。

 父さんはスキルなんてなくとも全ての武器を使いこなしていると言っても過

言ではない。

 その父さん相手にスキルを得た俺がどこまで戦えるか。


「その様子だとスキルに頼った戦いをしてそうだからな。鍛え直すとしよう」

「そんなー」

「そうと決まれば寝るぞ、寝るぞ」


 父さんは書斎から繋がっている寝室へ行ってしまった。思い立ったら即行動

なとこは本当に変わっていなくて笑みがこぼれる。


「俺も今日は色々とありすぎて疲れちゃったよ」


 果実酒を入れたグラスを弄びながら思い返す。

 誰にも知られる事なく世界を救った500年前の勇者が父さんだった事、呪

いを受け今も生き続けてる事、神の1柱がずっと兄貴分だと思っていたジャッ

クだった事。

 どれもが衝撃的過ぎてあまり実感が持てていない。


「黙ってて悪かったな。こちらなりの事情と制約があるんだ」

「仕方ないよ。びっくりはしたけどね」


 神様達の事情や制約は、ただの人間に過ぎない俺にはどうしようもない。汗

をかいたグラスを指でなぞりながらとりとめのない事に思考がさまよう。


「他の神様もジャックみたいに隠れてる事もあるの?」

「それはまだ秘密だ。冒険者を続けていれば会える、かもしれないな」


 悪戯っぽいその笑みは、あぁなるほど放浪の神らしいと思える仕草だ。


「ちぇーっ。それも制約ってやつ?」

「それも秘密」


 どうやら神様達は秘密主義のようだ。

 半分関わってしまったような俺は好奇心から知りたいと思うが大体の人は全

く知らずに生きているのだろう。

 ほとんどの人はクロエ様以外の神様すら知らないのだから。


「明日は父さんにボコボコにされそうだよ」

「ロックの投擲は確かに強力だ。遠距離からなら魔法にすら匹敵するだろう。

 だがコンゴウも言ってたように武芸を成長させるためにはそれじゃダメだ」


 まさにその通り。

 これまでも様々な人に指摘されてきた。

 俺達のパーティーが上級ダンジョンへ挑戦するためには俺がしっかりと盾と

近接武器を扱えなければならない。

 冒険者のほとんどは中級ダンジョンを最終目標にしている。 

 中級ダンジョンと上級ダンジョンでは難易度にそこまでの差があるからだ。

 上級ダンジョンは一部の選ばれた冒険者と、その上級ダンジョン毎の前提条

件をクリアした者のみが潜入を許される。

 俺達のパーティーは幸いな事に上級ダンジョンへ格上げされた「アルメイダ

の霊廟」と迷宮都市アドバンにある「ピラミッド」の挑戦権は得ていた。

 後は実力だけ。主に俺の……。


「まーしっかり鍛えてもらえよ。武芸を鍛えるのにコンゴウ以上の師匠は世界

 にいないからな」

「わかってるよ。どれだけ父さんに近づけたか明日は頑張ってみるよ」

「心を折られないように祈ってるぞ」


 書斎から寝室へと続く開け放たれたドアの向こうから父さんの鼾が聞こえて

きた頃、俺達も解散して自分の部屋へ戻った。

 明日、勝つまではいけなくても互角の戦いまでにはもっていってみせる!




「ど、どうしてこうなった」


 俺は今、雲一つない空を見上げさせられている。はあはあと荒い呼吸を必死

に整えながら息も絶え絶えに呟いた。

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