第66話 良質なタンパク源
ここにいるのはクロエ様、フィーナ様、アリスの3柱。
この中に500年前の戦いで父さんと共に呪いを受けた神様がいるらしい。
「まさかクロエ様が俺に優しくしてくれるのは呪いで仕方なく!?」
「もうっ! ロック君たら。そんな訳ないでしょう?」
「良かったぁ。それじゃ、もしかしてずっと眠り続けているアリスは呪いによ
って……」
「アリスちゃんは眠かっただけだと思うわよ!」
アリスでもないと言っているフィーナ様も呪いを受けているようには見えな
い。
それでは一体誰が呪いを受けたというのだろうか。
「そろそろ話してもいいんじゃない?」
クロエ様の視線の先を見る。
「クロエ様の許可が出たなら話すか」
そこにいるのは、村に到着してからあまり口を開く事もなかったジャックで
あった。
「ま、まさかあんたが……」
エリーの言う通りだ。幼い頃からずっと一緒にいた俺も全くわからなかった。
「現存する神が1柱。放浪の神ジャックだ」
「放浪の神ってこの上なくしょぼくないッスか?」
「ハハッ、確かにクゥちゃんの言うように普段の俺は神としての役割がないに
等しいからな」
神様達がどういった事をしているか俺達にはわからないけど、ジャックはた
まにフラッといなくなる事はあっても特別何かをしているようには見えなかっ
た。
「例えばギルドカードやギルド。ダンジョンの構成や仕組み。元最高神の封印。
全部ジャックが作成したものよ」
「前言撤回ッス。とんでもなく重要な役割を担ってるじゃないッスか」
「俺は自分の好きな場所へ放浪する事によって、この世界にない知識を創造す
る事ができるんだ。ただ、不便な事に自分の意思はあまり反映されないがな」
エリーがやたらと警戒する程、俺達と行動を共にしていたのもその放浪の神
として自分が行きたい場所だったからなのか。
「俺達と一緒に行動したかったって事だよね? それなら嬉しいな」
「ロックが心配だっただけさ」
俺とジャックは笑い合った。
神だろうとなんだろうと俺にとってジャックはこの村みんなの兄貴分なんだ。
「やっぱり怪しいわね……ブツブツ……」
「呪いの内容はロックならもうわかっただろ?」
「女性から嫌われる、かな」
「正解」
それを聞いたエリーは途轍もなくショックを受けていた。
「なんて事なの。このわたしが呪いなんかによってジャックに嫌悪感を持たさ
れていたなんて!」
「恐らく最後に放たれた呪いは、自分が大切に思うものをランダムで消し去る
呪いだったんだと思うわ」
クロエ様はそう結論づけた。それは強力でとても恐ろしい。
現に父さんは死ぬ事もできずスキルも失った。ジャックは全ての女性から嫌
悪感を持たれるという世界に直接干渉する呪いである。
エリーの性格を考えれば自分の感情を他人にコントロールされるなんて事は
我慢できない事なのだろう。
「あんた神のくせに女性に好かれるのが大切って引いたわ!」
「すみません! エリー様!」
「でもそう考えると少し気の毒ッスね」
長年ずっと不思議だった疑問も解けた。
面倒見が良く、村長の養子で見た目も悪くない。おまけに行動力や決断力も
ある。少し抜けてる部分もあるがそれだけで女の子にあそこまで嫌われる理由
にはならない。
子供の頃の話だが村の男の子と女の子で争いになった事があった。
発端は実に子供らしい些細な出来事だったと思う。
もちろん当時、意気地のなかった俺は中立の立場で震えていた。
結果は男の子側の惨敗。
女の子側はジャックだけを徹底的に狙い男の子側の戦意を完全に喪失させた。
後にはボロ雑巾のようになったジャックだけが取り残されたという悲しい事
件。
「呪いで嫌悪感は消えなくても、わたしの感情はわたしが決めるわ! 呪いな
んかに左右されたくない! だからジャックを嫌わない努力をしてあげる」
「自分も呪いを加味した上で接するッスよ」
「エリーちゃん……さすがわたしの娘ね!」
成長を喜ぶ母の如く、泣き真似をして目を拭う仕草をフィーナ様はしている。
エリーとクゥもこれからはジャックに今までと違った接し方をしてくれるだ
ろう。
たった2人だとしても、俺のパーティーの2人がジャックを嫌わない努力を
してくれるならそれは自分の事のように嬉しかった。
「俺はこの先、神様に対する接し方をすればいいかな?」
「今まで通りでいいに決まってんだろ? 俺にとってコンゴウとロックは世代
を越えた親友さ」
「うん。ジャックならそう言ってくれると思ったよ」
黙って話を聞いていた父さんも頷いている。
今はずっと胸につっかえていたものが取れてスッキリした気分だ。
「それでは一旦長話はこの辺りにして夕食にでもしよう。急な事でたいしたも
てなしはできんが」
「俺も手伝うよ。みんなはゆっくりしてて」
「あらあら、それならわたしはアリスを連れて戻るわね。全然起きなかったけ
れどどうしちゃったのかしら。後はお願いね、フィーナ」
「わかったわ! クロエちゃんの分も堪能しておくわね」
クロエ様はアリスを抱きかかえるとボフンッという煙と共に帰っていった。
アリスは疲れていたのかな。1度も起きず随分とグッスリ眠っていた。
俺は村を出てから料理をしていない。父さんから教わったこの村で獲れる物
を使った料理以外は作れないからだ。
とは言っても、この村の伝統料理で難しい料理ではない。
街で探せば同じ食材がどこかにあるだろうが、見た事のない目新しい物や既
に調理済みのものに惹かれてしまっても仕方がないだろう。
「村を出てから自炊をしてこなかったであろう?」
やっぱり一発でバレた。宿屋や酒場での食事ばかりで家を持てたのにその家
はまだ全く使っていない。
「宿屋での生活が長かったからね。自炊する機会がなかったんだ」
「ふむ、そういう事か。武器の扱いの方はどうだ?」
人や神様を武器にできるようになりました。なんて事は言えない。
どうしてもダンジョンへ潜ると効率的な思考になってしまい、あまり色々な
武器を扱えてないように思える。
「お前のスキルは様々な武器を使わんと成長せんし生きんぞ」
手伝っていた俺の手が止まる。
「あれ? 俺のスキル知らないよね?」
「知っている。拙者が500年前に持っていたスキルの1つ武芸であろう。あ
のスキルは様々な武器への造詣から生まれる。お前に幼い頃から様々な武器
に触れさせたのは武芸の種を蒔くためだ」
そういう事だったのか。
良かった。俺も父さんもただのおかしい武器マニアではなかったんだ。
「さすが農家だね」
「ふふっそうであろう」
「そんな父さんに最高のお土産を持ってきたから後で渡すよ」
「おぉ、それは楽しみだ」
野菜の煮物に川魚や川海老の揚げ物など、田舎料理によくあるなつかしいレ
シピの数々。
「コンゴウさん昔出してくれた佃煮はないの?」
フィーナ様は父さんの手料理を食べた事があるようだ。
俺もなんの材料で作ってるのかわからなかったけどあの佃煮は好きだった。
「保存してあるにはあるんだが、あれは他所から来た人に
ぁ」
頭をポリポリと掻いている。という事は何か失敗したのかな。
「あの佃煮は俺も1、2位を争うぐらい好きだったのに残念」
「ロックがそこまで言うなんてすごく気になるわね!」
「自分も田舎育ちなんで大抵の物は大丈夫ッスよ。エリーさんは大騒ぎしそう
ッスね」
「なんでよ!? ロックのお父様! その佃煮とやらも食べてみたいわ!」
「あいわかった。持って来るが無理そうなら言ってくれ」
俺があの佃煮を好きな事は本当だ。
ただし、あれをエリーだけはきっと苦手なはず。
この時をずっと待っていた! エリーにギャフンッと言わせるこの時を!
思い起こせばエリーとパーティーを組んでから幾度となく苦渋をなめさせら
れ、弱肉強食を叩き込まれてきた。
今日は俺がエリーに真の弱肉強食を教える番だ。
「クックックック……」
「ロックさん笑い方気持ち悪いッスよ」
父さんがキッチンから大皿を持ってきた。
あの佃煮は蜂の子。村のあちこちや森でできた蜂の巣から取った物だ。
貴族のお嬢様育ちのエリーにはきっと虫を食べる事にかなりの抵抗があるだ
ろう。
はじまりの街やアドバンでも様々な食用の虫を売っている店はあったが、そ
こにエリーは近づく事すらなかった。
フィーナ様が楽しみにしているのを見て安心しきっているエリー。
その顔が歪むのはさぞかし愉快だろう。
「これかなりおいしいわね! 止まらなくなりそうだわ!」
「なんだって……」
佃煮とはいえ見た目は幼虫そのままだ。見た事のない人にはかなり衝撃的だ
と思っていたのに。
「意外ッスね。エリーさんは元貴族だしそういうのダメかと思ってたッス」
「これはまだ大丈夫ね! さすがに成虫は無理かもしれないわ!」
ぐぬぬ。蜂の子の佃煮程度じゃエリーのメンタルをブレイクさせる事はでき
なかったか。
今回は素直に俺の負けを認めるよ。
「ギャフンッ」
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