第65話 親や親戚に語られる子供の頃の話程恥ずかしいものはない


 クゥは思わず突っ込んでいたが、俺もエリーも口を開く事ができなかった。

 特に俺は冒険者になるために村を出るまで何も考えずにこの家で農家の養子

として育ってきたんだ。

 それが封印が解けてみればあれよあれよという間に本来不可解に思うべき事

が頭に浮かんではすぐに氷解していった。

 それは自分の家が村長の家の数倍の敷地を持つ邸宅であったり、それだけの

私財を持ちながら妻や子供も居らず俺を養子にしても家を継ぐ必要はないと言

っていた事だったり、普通の農家とは思えない力や体さばきや武器への愛着で

あったり。


 柱時計の音だけが響き静寂が部屋を支配する中、俺は思いきって聞く事にし

た。


「父さんはなぜ500年経った今も生きているか教えてもらってもいい?」


 500年前の話は大体理解できた。ただ理解できないのは人の身でありなが

ら500年経った今も変わらず元気に生きている父さんは一体どうしてそうな

ったかという事だ。

 クロエ様が何度も言う「罪」と関係があるのだろうか。

 父さんはチラッとクロエ様を見る。クロエ様が辛そうに頷くのを見て話し始

めた。

 世界中の誰も知る事のない悲劇の勇者の話を。


「拙者は農家でありながら様々な戦場に駆り出されていた。今の世では考えら

 れないだろうが、人と人の殺し合いである」


 懐かしみ、次の瞬間には悲しむような表情で話す。


「そんな中で拙者のスキルは磨かれていったであるな。血生臭い日々が続いた

 ある日、クロエ様が目の前に現れた。「あなたの力をどうか世界の為に貸し

 て欲しい」と」


 誰も言葉を発さない。

 いつも俺に優しくしてくれるクロエ様の辛そうな顔を間近で見て、その悲し

みを少しでも癒せるようにクロエ様の手を握った。


森羅万象しんらばんしょう。あの時代、拙者だけが持っていたスキルだそうだ。その他にも相

 手をほふるために磨き上げたいくつものスキルを使い、沢山の神様達を犠牲に

 しながら元最高神様を封印したのだ。が、」


 失敗をした時の父さんの癖だ。頭をポリポリと掻きながら話し続ける。


「封印間際に拙者も含め全員が安堵してしまった。その瞬間を狙ったかのよう

 に元最高神が強力な呪いを放ったのだ。それを拙者と1柱の神で防いだ結果

 こうなってしまった」

「こうってどうなったの?」


 元最高神の呪いだ。とんでもなく強力なはず。


「拙者はスキルを全て失い、そして老いる事も死ぬ事すらできなくなった。神

 様達曰いわ輪廻りんねから外れてしまったらしい」


 苦笑いしながら頭を掻いている。

 泣きそうな顔をしたクロエ様が最後につけ加えた。


「誰に知られる事もなく世界を救った勇者コンゴウさんが心安らかに過ごせる

 よう作った村。それがここ、アークよ」

「その節はかたじけない。折角のお茶も冷めてしまったな。淹れなおそう」


 父さんは席を立ちキッチンへと向かった。

 食堂の空気をドン底に落としたまま。

 父さんがキッチンへ行くのを見て、小声でエリーとクゥが話し掛けてきた。


「ちょっとロック! わたしとママの時と違ってめちゃくちゃ重い話じゃない

 ! どうにかしなさいよ!」

「そうッスよ。自分は休暇のつもりで来たのに着いた途端に気まずいなんても

 んじゃないッス」

「いやいや、一番ショック受けてるのが俺だからね!?」


 まさか趣味といえば武器集めぐらいで、普通の農家だとさっきまで思わされ

ていた自分の養父にこんな過去があるなんて。

 どんなフォローをいれればいいかなんてわからない。

 こんな時いつもは頼りになるクロエ様達ですら……。


 クロエ様は目の前で悲しげに俯いている。

 あのフィーナ様も悲しそうだ。というか泣いている。

 だがしかし、アリスはまだ眠っている。


「と、に、か、く! この暗い空気をどうにかしなさいよ!」

「わ、わかったよ。俺の父さんの事だしね。どうにかしてみる」


 と、そんな言い合いをしている内に熱いお湯を入れたポットを持って父さん

が戻ってきた。


「むむ? お嬢さん方、うちのロックが何か失礼をしたかな? 昔から女心が

 わからんやつでなぁ」

「い、いえ。ロックはいつもよくやってくれてますわ」


 話を振られ焦るエリーなんてなかなか見られるものじゃない。

 お茶を淹れなおしながら子供の頃の話をしはじめた。


「ロックは子供の頃、女の子とばかり遊んでいたと聞いたのですが?」


 以前お酒を飲んでる時にそんな話になった事があった。


「遊んでいた、か。どちらかというと遊ばれていたのではなかろうか」

「どういう事ッスか?」


 クゥは俺の子供の頃の話をあまり知らないかもしれない。

 エリーから何も聞いてなければだが。


「拙者としてはもっと男の子らしく野山を駆け回ってほしかったのだが、子供

 を育てた経験がなくてな。幼い頃は女の子とままごとをしていた事が多かっ

 たように思う」


 父さんから見た自分をエリーやクゥに話されるのは凄く恥ずかしい。しかも

クロエ様とフィーナ様もうんうんと頷きながら話を聞いてるので余計そう感じ

てしまった。


「村の女の子達はしたたかな子が多くてなぁ。子供の頃でも自分の将来を見すえて

 動いておったよ。この家の跡取りは魅力的に見えたのかもしれん」

「本当にその通りね。何度消そうと思った事か……ブツブツ……」


 クロエ様の心の声が漏れ聞こえてくるがこれはきっと気のせいだ。そういう

事にした方がいい。

 父さん、残念ながら俺は成長したんだ。もう昔とは違って女心だってわかる

男に。

 こういう時、真の男ならどうするか。そんな事は決まっている。

 俺は父さんの淹れてくれたお茶を飲みながら聞かなかった事にした。


「結婚の誓約書を無理矢理書かされて泣かされたり、酷い時はもっと直接的に

 家の権利移譲書を書かされて泣かされたりしておったな」

「も、もうその辺にしようよ」


 さすがに堪らず止めに入った。

 エリーとクゥは白い目で俺を見ている。


「ロックと同郷だとかいう下僕の3人が子供の頃ロックにイラついてた理由が

 わかってしまったわ」

「ロックさんって壺とか絵画とか買わされそうッスねププッ」


 酷い言われようだ。心なしかクロエ様とフィーナ様の視線も冷たい。

 俺は真の男なので表情を固めたままお茶を飲んで聞かなかった、見なかった

事にする。


「ヘーイ、エリー」

「ナーニィ? クゥ!」

「最近武器に困ってないかーい?ッス」

「聞いてよクゥ。この間オンボロのナイフを使ってたせいか刃がボロボロにな

 っちゃったの! ファッ○!」

「oh! それは大変ッス! そんな時にはこれッス! 自分が打った伝説のナ

 イフ! これなら刃こぼれの心配なんてナッシングッス」

「えぇ!? でもそれだけのナイフ。お高いんでしょう?」

「なんとこの伝説のナイフ。今なら金貨100枚、金貨100枚で提供できる

 ッス」

「で、伝説のナイフが金貨100枚ですって! あんびりーばぼー!」

「それだけじゃないッス、ハニー。しかもなんと、なんと今ならもう1本つけ

 てお値段据え置きの金貨100枚ッス!」

「なんて事なの! わたしクゥに一生ついていくわ!」

「自分に惚れちゃ怪我するッスよ。でも止めはしないぜッス、ハニー」

「「伝説のナイフであなたも伝説に」」


 小芝居でとんでもない台詞とポーズを決めてるがパーティーメンバーからど

れだけボッたくろうとしているのか。

 俺はもう何も見ないつもりで目をつぶった。そしてこのままでは流れがよく

ないと感じ自分から話を転じる事にする。


「そ、そういえば話は変わるけど父さんと一緒に呪いを防いだ神様はどうなっ

 たの?」


 小芝居を見て笑っていた父さんだったが俺にそう聞かれると呆気にとられた

様子で俺に言った。


「そこにいるではないか。なぁ?」

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