第5章 故郷の村
第62話 大人になるにつれ虫に触れなくなるのはなぜだろう
「はぁはぁ……そこは口に出して欲しかったぞ」
息も絶え絶えになりながらジャックは走って馬車に追いついてきた。
宿屋の食堂に転がっていたところをおばちゃんが発見し叩き起こしてくれた
らしい。
村までの道のりは余り整備が行き届いているとは言い難く、ゆっくり走らせ
ていたのだが思ったよりも早かった。
「ごめんね。なんかエリー達の雰囲気があまり良くなかったから言い出しづら
かったんだ」
「そうなのか?」
ジャックは御者台の上で立ち上がり器用に馬車の中を覗いている。
馬車の中ではフィーナ様にエリーとクゥが膝枕をしてもらっているみたいだ。
「見た感じ仲良くしている様に見えるし平気だろ」
「それじゃ前にジャックに教わった事が功を奏したのかもね」
「そりゃあ、役に立ててよかった」
まだ慣れない手綱捌きで少しがたつく道を進んでいる。
この馬車はパーティー用に使うために思い切って買ってしまった。
アドバン近くの街まで行く時もノースヘッド学園の途中までも乗り合い馬車
を利用していたのだが、予約が必要だったり時間待ちが発生したりと不便な事
この上なかったのだ。
これからもパーティーでの長距離移動があるだろうと考え、業者を紹介して
もらい購入する事にした。
絶賛練習中。馬車のスキルとかないのかな。
「もっちろ~んあるよ~ん」
「まぶしっ!」
一瞬の閃光と共に、御者台に座る俺の上にちょこんと座る小さい影。
「アリス出てきて平気なの?」
「成長に関する事だからいいので~す。今もメキメキとロックおに~ちゃんは
成長中だよ」
成長中とはさっきまで考えていた馬車のスキルについてだろうか。
「それもあるしもっと重要な事もあるの。ロックおに~ちゃん前から何度も言
ってるけどちゃんとスキルの確認はマメにしてね?」
「ごめんごめん。どうしてもまだ成長してないだろうって考えちゃって」
小さいアリスに叱られてなんだかほんわかしてしまう。
「スキルの成長の時しか呼んでくれないと寂しいんだよ~」
こんな小さい子を寂しがらせてしまうなんて俺はなんて駄目な奴なんだ。こ
れからはアリスの事ももっと呼んであげよう。
アリスの頭をナデナデしながらそう胸に誓った。
「どう見ても変態っぽいッスね」
「やっぱり神誑しじゃない」
「エリーちゃんどうしましょ。ママも
イヤイヤと首を振りながらチラチラと馬車の中からこちらを見てくるフィー
ナ様。
隣にいるエリー様が手をポキポキ鳴らしながら杖の素振りをしているのであ
まりそういった発言をしないでくれると助かります。
「ロック、御者は俺が代わるからうちの村について話してきたらどうだ?」
今まで軽く触れる事はあってもそこまで詳しく話してこなかったからね。ジ
ャックの提案は渡りに船だった。
「ありがとう。それじゃお願いするよ」
「おう、任された!」
御者台から1度降りて小走りで馬車の後ろから乗り込む。
「というわけでほとんど説明してこなかったからうちの村について話すよ。と
は言っても田舎の村で何もないんだけどね」
家を継ぐ長男以外は皆、村から追い出されるような本当に普通の村だ。
「あまり荷物多くないみたいッスけど近いんッスか?」
「歩きで2日も掛からない位近いんだよ。馬車だとどうだろ。道がこんなだか
らね」
村から行商に出る時は1番近いはじまりの街まで出る事になる。こんなにも
近いのに俺もジャックも里帰りしてないという。
「そんな場所に村なんてあったかしら」
エリーは首を傾げながら聞いてきた。
「アークっていう名前の村なんだけどわかる? 平原部から山と山の間に入っ
た所にあるんだ」
「聞いた事ないわ! ほとんどの街と村の名前は覚えていたはずなのに、こん
な事もあるのね」
「自分もないッスね。はじまりの街からこっちの方へ来たのも初めてなぐらい
ッスから」
「農耕牧畜で成り立ってる小さな村だから知らなくてもおかしくはないよ」
別段、これといった特産品があるわけでもない。
2人とも俺とパーティーを組んでいたらこっちの方へ来る事すらなかった可
能性が高い。
特に大きな街があるでもなく、ダンジョンがあるでもない。
本当に何もない場所。
「田舎の村なんてどこもそんなものよ! 故郷という特別な場所でありさえす
ればいいの」
「さすがわたしのエリーちゃんね。エリーちゃんの故郷はもうないけれど」
「え、わたし故郷ないの?」
「前に自分が父親だと思い込まされた男の記憶は消しちゃったからね」
「そ、そんなー」
エリーが膝をついてガックリとしている。かつてここまでエリーが落ち込ん
だ事があっただろうか。いや、ない。
「強いて言えばエリーちゃんの故郷はこのわたし。わたし自身が故郷なのよ」
「マ、ママー!」
ヒシッと抱き合う2人。俺とクゥは一体何を見せられているのか。
クゥを見ると死んだ魚の様な目で2人を見ている。
御者台に急に現れたアリスだったがいつの間にか後ろに乗ってきてこっくり
こっくりと船を漕いでいた。
普通の人が「わたし自身が故郷なのよ」とか言い出したらちょっと大丈夫か
な? と考えるだろう。
だがしかし、光の女神様が言うと途端に哲学風になるので困る。
俺もいつかクロエ様達の下へ還る日が来るのだ。
こうして1日目は過ぎ早めに夜営の準備をして馬を休ませる。
ぐっすり眠っていたアリスは心配して見に来たクロエ様が連れ帰っていった。
翌日も朝から出発した。
御者台の上から代わり映えのしない景色を眺めているとその中に記憶にある
見知った場所が増えてきて懐かしい様ななんとも言えない気分になる。
「もう少しで到着だね」
「セレンからこんなに近かったのね!」
御者台に座るロック見ながらわたしは考えていた。
始めはきっと自分が光の女神の娘である事を知ってからね。
ロックは明らかに強い。たぶんこの先もっと強くなるだろう。そんな予感が
しているの。
神様から愛され、強さを求めるそのルーツを知っておきたかった。
も、もちろん大切な仲間としてね!
「とか言って我が娘ながら心配になっちゃうわ」
「エリーさんはほんと素直じゃないんッスから」
人の考えてる事を読んだ上にに割り込むなんて、後でママとクゥには話し合
いが必要なようね。
「「ヒィッ!」」
ジャックは自分にとばっちりがこないといいなぁと遠い目をしてロックの横
で大人しくしていた。
故郷の村アークは門もなければ門番もいない。
外側を背の低い柵で覆われただけのどこにでもある田舎の村だ。
荷馬車なら珍しくないが人を乗せる俺達が乗っている様な馬車は似つかわし
くないしとんでもなく目立つ。
周囲を走り回る小さな子供達に気をつけながらまず村長の家へ向かった。
村長を呼ぶまでもなく、子供達の声を聞きつけ村長が外へ出てきた。
馬車を止め御者台から降りる。ジャックもだ。
俺はあくまで一時的な帰郷の挨拶だが、ジャックは村長の家で育ったからね。
「なんの騒ぎかと思えばジャックにロックかのう。随分成長してて一瞬わから
なんだ」
村長も村を出た時から比べると幾分か老け込んだ様に見える。
「
「村長さんお久しぶりです。それなりの冒険者になれたので1度帰ってきまし
た」
「そうかそうか。あの泣き虫だったロックがか。コンゴウも喜ぶじゃろう」
村長には村の皆で飲める様にとお酒や保存できる食料を樽ごと渡した。
「俺もコンゴウに挨拶してくるよ」
村長と別れ自分の家へと馬車を向ける。
ジャックは帰らずにそのままうちまでついて来るらしい。
自分の家に着く前に話しておこう。
「エリー達3人には言っておきたいんだ、うちの父さんはスキルを持ってない
らしいからあまりその話を振らないであげてね。村にいる頃スキル使ってい
る人をめちゃくちゃ羨ましがってたから」
口々に了承の意を示してくれて良かった。
「それはわかったわ! でもお父様に武器の扱いや戦い方の基礎を教わったっ
て言ってなかった?」
「そこのお人達。すまぬが少々道を譲ってもらってもかまわんかね」
村の小さな道に馬車を止めて話し込んでしまっては通行の邪魔にもなる。
俺は急いで馬車の後ろに回って謝った。
「すみません。今動かします……って父さん!?」
「む? ロックか。それにジャックとフィーナ様までいらっしゃるとは」
「よっ! コンゴウ久しぶり」
「久しぶりと言っていいのかしら」
背中に薪を担いでいる。まとめて取ってきたのだろう。
両手にも持っているし相変わらず力は衰えていないようで安心する。
「大量の薪束をそんなに背負っているのになんであんたら普通の反応なのよ!
はじめましてっ!」
「さすがロックさんのお父様だけあってロックしてるッスね……」
家3階分ぐらいの薪の量だし父さんなら普通だ。
2人は何を言っているのか。
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