第61話 酒場での会話は真に受けてはならない事もある


 堂々と覗かれていたが、クロエ様は見られていてもさして気にした様子もな

かったのでそのまま甘えていた。


「これでわかった? あんた達はもう下に戻って飲んでなさい」

「はい! エリー様の仰せのままに!」


 従順に従う3人組。相変わらずエリーが女王様みたいである。

 3人はドアの前から立ち去りエリーだけが残る。見ていると部屋に入り鍵を

閉めてこちらに向かって走ってきた。


「なっ!?」


 エリーは助走をつけてジャンプするとクロエ様に甘えてる俺の上にダイブし

てきた。

 声を出す間もなく俺の上に乗っかるエリー。


「ロックだけずるいわ! 神様、わたしも甘えさせてくださいー」


 そう言いながら既にクロエ様の胸に顔を押し付けている。「ふひひっ……」

と声を出しにやけ顔を浮かべている様は犯罪さながらだ。


「あらあら。フィーナがねるわよ? わたしには甘えてくれない~って」

「ママに甘えるのはなんか恥ずかしくて……」


 少し照れながら尻すぼみにそう言う。


「しょうがないわねぇ。2人ともいらっしゃい。それにしてもフィーナの隠蔽

 がうまくてエリーちゃんが力を与えられた娘だとわからなかったわ」

「エリーが力を与えられた?」

「前に聞いたのよ。エリーちゃんからわたし達と同じ力を感じていたから」


 そんな事があったんだ。今のエリーは夢中でむはむはしていて聞いていない。

 最初の頃はエリート貴族だからなのかとなんとなく思っていたが、光の女神

の力なんてとんでもないものがエリーには分け与えられていたのか。

 その上、彼女は勤勉だ。俺と同じく力を求め、その力を行使する事を躊躇ためら

ない。

 そこはちょっと躊躇ってほしい。


「わたしも真実がわかって安心したわ。アイツの仕掛けじゃなくてホッとして

 るの」


 クロエ様がここまで敵愾心てきがいしんを抱く相手とは、もちろん例の元

最高神だ。

 ノースヘッドの出来事から元最高神の影がチラチラ見え隠れしている。あの

時は俺に関係ない出来事だと思っていたが、クロエ様が心を痛めているなら力

になってあげたいと思う。

 いつも俺や俺達だけでなく、世界のために尽くしてくれているこの優しい神

様のために。



 翌日、起きて階下へ行くと死屍累々ししるいるいであった。

 クゥとフィーナ様は部屋へ戻ったのかその場にいなかったが、3人組とジャ

ックとダンカンさんは食堂の地面でそのまま寝ていた。

 ジャックなんて何かのビンを抱えたままだ。

 全員を起こすとダンカンさんは慣れたものですぐに動きだした。


「水かぶって顔洗ってくらぁ」


 宿屋の裏にある井戸にふらつきながらも向かった。

 3人組は起きだすと急いで身支度を始めた。


「今日もダンジョン行くからよ。見送りはできないがエリー様をちゃんとお守

 りしろよ! ついでにうちの親に会ったらよろしく伝えておいてくれ」

「俺も俺も」

「エリー様フィーナ様バンザーイ」


 口々にエリーとフィーナ様を称えながら宿から去って行く。俺はいつからエ

リーの下僕になったのか。

 守られている事の方が多い気もするが黙っていよう。


「ふぁーあ。まったく、あいつら朝からうっさいわね!」


 心配され称えられている本人がめちゃくちゃ不機嫌そうに起きてきた。


「エリーの事を慕ってるんだよ。あまり邪険にしちゃダメだよ」

「あんな下僕ばかりが増えていって困るわ! あら、ママとクゥは部屋に戻っ

 たのかしら? 起こしてくるわね」

「うん。そうみたいだからお願い」



 まだ眠い目を擦りながら、さっき下りてきたばかりの階段を上がる。

 階段を上りながら無詠唱で状態異常回復魔法をかけると少し体が軽くなった。

 昨晩は飲み過ぎたわ。最後の方は記憶があやふや。

 神様に甘えてるところまでは覚えてるのだけれど。少し昨日の事を思い出し

てみるわ。



 飲んでいる最中にロックがいつの間にかいなくなっていた。

 いつもの事でわたしにはピーンッときたわ。

 また……神様を独り占めしているなと!

 あいつらを引き連れ部屋を解錠し、覗いてみると案の定お楽しみ中だった。


(ずるいずるいずるーい!)


 3人組をすぐに食堂へ戻らせ、わたしは部屋に入りドアに鍵をかけた。

 自分でも不思議なくらい。頭空っぽになって神様に飛びついていたの。

 神様に「フィーナが拗ねるわよ?」って言われてもそれはそれ、これはこれ

なのだと思うわ!

 神様に包まれてる時間はまるで夢の中にいる様だったの。


「はぁー。やっぱり神様最高」 


 そしてそのまま寝ちゃったみたいなのよね!

 ロックの部屋で一晩過ごしちゃったみたい。でもこれだけは言えるわ。

 間違いなんて絶対に起こしてない。

 もしそんな事があったらわたしは神様に消されてるもの。



 大体の事は思い出せた。

 わたし達が借りた部屋の前につき一応ノックして中に入る。

 ベッドの上ではママとクゥが裸で絡み合って眠っていた。


「うぎゃああああああああ!」


 思わず悲鳴をあげてしまった。だってだって仕方ないじゃない。

 わたしが悲鳴をあげたのを聞きつけて階段を走って上ってくる音がする。

 きっとロックだわ。


「エリー! 大丈夫!?」


 やっぱり。いつもわたしに優しいロック。今はそれを発揮する時じゃないの!


「ダメよ! 今こっちに来たら上位ぶっ放すわよ! 大丈夫だから下で待って

 いて」


 これだけ言えば大丈夫よ! ふふっ上位魔法はロックの弱点ね!


「わ、わかったよ。本当に大丈夫なんだね? それじゃ下で待ってるから上位

 魔法だけはやめてね」


 勝ったわ。無事ロックにこの惨状を見せずに済んだ。

 でも、どうしよう。まさかママとクゥがこんな事になってるなんて。

 一緒にいたのに今まで全然気がつかなかったわ!


「朝から騒いでどうしたんッスか」


 目を擦りながらクゥが起きてきた。裸で。


「それはこっちが聞きたいわよ。ママも起きて説明して」

「むにゃむにゃ。どうしたの? エリーちゃんお腹すいた?」


 クゥに絡みついたまま寝惚けている。裸で。


「この状況を説明してほしいの!」


 2人は顔を見合わせて何言ってるのこの子みたいな表情を浮かべている。


「飲んだ次の日に母親と友達が裸で絡み合って寝てたら驚くでしょ!?」

「そういう事ッスか。自分は寝る時、裸派なんッスよ」

「わたしは光の女神ですもの! わたし自身が衣服よ!」


 頭が痛くなってきた。まだ酔いが覚めてないのかしら。

 もう1度無詠唱で状態回復の魔法をかけながら言う。


「なんで2人で絡み合って寝てるのよ……。3人の時1度もなかったでしょ」

「それはあれッスよ。エリーさんがロックさんの部屋で一夜を過ごしたりする

 からフィーナ様が寂しがってたんッス」

「そうよそうよ! わたしはエリーちゃんとロックちゃんにはまだそういう事

 は早いと思うの!」


 今のわたしは顔が耳まで真っ赤になっているのがわかる。

 ママとクゥにロックとそういう事をしたと思われているのが、理由はよくわ

からないけれどなぜかすごく恥ずかしい。

 何もなかった事を説明しロックが神様に甘えてるのが羨ましくて一緒に甘え

ていた事を話した。

 ママが拗ねてしばらく話をしてくれなくなった。


「もー! もー! もー!」

「何もなかったッスね。不潔じゃないッス」



 エリーが起こしに行ってる間に出発の準備を整えた。


「しっかり親孝行してくるんだよ!」

「わかってるよ。最高のお土産も用意できたしね」


 おやっさんもおばちゃんも俺が1度も里帰りしてない事を知っている。

 宿の前に馬車を止めて荷物を積み込んでいるとおやっさんが包みを持ってき

た。


「途中で食えって? おやっさんわざわざありがとう」


 2人で拳を軽くぶつけ合った後、背を向けて片手を上げひらひらさせながら

去っていく。おやっさん本当にかっこいいっす。


「俺も仕事だから先に行く。早く強くなってセレンに戻ってこいよ。お前らの

 パーティーの無事を祈ってるぞ」

「もっと強くなって戻ってくるよ。それまで元気でね!」


 ダンカンさんは小走りで去って行った。

 後はエリーが起こしてきてくれれば出発できる。さっき悲鳴があがって見に

行ったが、エリーに追い返されてしまった。

 ようやく3人が下りてくるとなぜかおかしな雰囲気である。

 妙に余所余所しいというか。

 フィーナ様はエリーの方を見た後わかりやすくそっぽを向いている。


「ふーんだっ!」


 エリーの方はといえば、それを見て溜め息を吐きながら苦笑していた。


「それじゃ全員揃ったし出発しよっか」


 おやっさんとおばちゃんに手を振って馬車を操り動かしはじめた。


 以前、酒場で教わった事がある。

 女性が多いパーティーに男がいる場合は下手に口を出さない方が賢明な事も

あると。

 俺は空気が読めると自分ながらそう思っている。

 正に今が教わったその時だとセンサーが反応しているのだ。


 それを教えてくれたのはジャックというのが少し引っ掛かる。

 ジャックが言う事は大抵間違いがない。

 ただし、女性の事に関してだけは首を傾げる結果になるからだ。

 それにしてもいつも以上にどうしてここまで引っ掛かるのだろうか。


「あ」


 俺が引っ掛かっていた理由に行き当たったその頃、ジャックは何かの瓶を抱

えたまま宿の食堂の地面で熟睡していた。

 彼に教わった通り、下手に口に出さない方が良いと思った俺はそのまま馬車

を故郷の村へ向けて走らせていった。

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