第60話 センチメンタルブレイカー


「カレンさん、またしばらくの間家の管理の方お願いします」

「はい、わかりました。こちらとしてもあれだけ広い家に住めて、ギルドまで

 も近いので割と助かってるんですよ」


 はじまりの街の家をパーティーの拠点にするのはまだ早い。

 サドニアさんに聞いた情報によると霊廟の奥の上級ダンジョンは強力なモン

スターばかりで探索も難航してるとの事だった。

 既に中級クラスのパーティーは見切りをつけて街を離れ、今や上級パーティ

ーでも実力者ばかりが残っているらしい。


「そんな落ち込まないの! わたし達はわたし達のペースで進めばいいのよ!」


 現在の霊廟の状況を聞いてギルドを出た後、エリーに励まされる。


「ふぁーあ。そうッスよ。自分達は上級パーティーが持ち帰った情報を元にお

 いしいところを掻っ攫えばいいんッス」


 クゥは欠伸をしながら盗賊さながらの事を言い出す。最近少しエリーに毒さ

れてきていないか心配だ。


「そうだよね。セレンの家を拠点にできないのは残念だけど、俺達の戦いはこ

 れからだもんね」


 そろそろ上級ダンジョンにも足を踏み入れてみたい。

 話を聞く限り霊廟は難易度が高過ぎるため後回し。まずはピラミッドかなぁ

なんて事を考えている。


「エリー達は先に宿とってもらっていい?」

「いいわよ! いつものとこね。ロックはどこか行くの?」

「俺はちょっとダンカンさんのところに寄って仕事終わったら宿で飲もうって

 誘ってくるよ」

「わかったわ! また後でね」


 エリー達3人とはここで別れ、初心者ダンジョンへ向かう。

 何度も通った道だ。商店を出してる顔見知りが声をかけてくる。


「おー、ロック帰ってきてたのか?」

「里帰りのついでに寄ったんだよ」

「そうなのか。ほれ、これでも食ってけ!」


 この地方特有の甘い果実を投げ渡され。お礼を言って再び歩き出す。

 今は、はじまりにして終わりの街なんて別名で呼ばれるようになってしまっ

たが元々は初心者冒険者が集まる街。

 街の人々も冒険者に対し親切でそんな中で冒険者は育っていくんだ。

 俺にとっても第2の故郷と言っても過言ではない。



「これからダンジョンへ入るのは時間的に止めておいた方がいいぞ」


 初心者ダンジョンの前まで行くと俺をこれかダンジョンへ潜る初心者と勘違

いしたダンカンさんが話しかけてきた。


「ん? んんっ? 誰かと思えばロックじゃねぇか!」

「久しぶりだね。里帰りのついでに寄ったんだ。今日はセレンに泊まるから後

 で宿の食堂で飲もうよ」

「おーもちろんいいぞ。あの宿だよな」

「そうそう、いつものね。それじゃ仕事の邪魔しちゃ悪いし宿で待ってるよ」

「もうすぐ終わるからよ。そしたらすぐ行かぁ」


 ダンカンさんを宿に誘い、手を振って別れる。

 気づいた時すごいびっくりしてて少し吹き出しそうになってしまった。

 ギルドを出る時に同郷の3人も誘っておいたしもう宿に向かおう。

 おやっさんとおばちゃん元気にやってるかな。



「こんちはー」


 宿に入ると突然抱きしめられた。おばちゃんに。


「ロック! あんた元気にしてたのかい!」


 逆に心配されてしまってたようだ。村を出てからずっとお世話になった宿の

おばちゃんだからか。

 その後ろでは無口なおやっさんがうんうんと頷いている。


「俺は元気にやってたよ。おやっさんもおばちゃんも元気そうだね」


 さめざめと泣くおばちゃんにしばらく抱きしめられていた。


「おばちゃんじゃなくお姉さんだよ! まったくもう。女の子に気を使えない

 とパーティーメンバーの子達に逃げられるよ!」

「泣いているよりもやっぱりおばちゃんはこうじゃないとね」

「口ばかり達者になって。いつもの部屋でいいのかい?」


 泣いて笑って、切り替えも早くすっかりいつもの調子を取り戻し聞いてくる。


「空いてるなら頼むよ。エリー達は先に来てるよね?」

「3人部屋に案内しておいたわよ。なんだか随分女の子だらけのパーティーに

 なったわねぇ。紹介しなさいよ」

「もちろん紹介するよ。あ、あとダンカンさんと俺の同郷の3人とジャックも

 飲みに来るからよろしくね!」

「あらまぁ。それじゃ急いで仕込みをしないと。あなた、頑張りましょ」


 おやっさんはそれに応え力こぶを作り任せとけと言っている、様な気がする。

 俺も鍵を貰い定宿にしてた頃の部屋へ向かう。

 疲れ果てながら何度も上った階段、少しガタガタするドア、なにもかもが懐

かしい。

 セレンに戻って来てから少しセンチメンタルな気分になっているのだろう。

 部屋に入るとベッドがあり、いくつかの家具が置いてある至って普通の部屋

だ。

 あの頃とは違い大量の武器が散乱している事もない。

 あの頃とは違いもう、1人ではない。


 腰にぶら下げていた片手剣を外し立て掛ける。

 ベッドに腰かけ、はじまりの街での失敗も成功も思い出していた。


「バタンッ!」


 そんな静寂を破り突然ドアが開かれてビクッとなる。

 いつもの如く、鍵を閉めていたはずなんだけれど。


「戻ってたなら一声掛けなさいよ! さっさと飲み始めるわよ!」


 エリーに腕を掴まれて強引に連れられていく。

 センチメンタル終了のお知らせ。


「ところでエリーさんや。例の如く鍵をしっかり閉めてたはずなんじゃが」

「馬鹿ねぇ。解錠で一発に決まってるじゃない!」


 合鍵借りるどころかスキル使って入ってきたよ。

 解錠スキルをエリーに取らせたのは果たして正解だったのか。


「宿の鍵なんてちょろいわね!」

「……。」


 どうしよう。うちのパーティーが盗賊ばかりになっている。以前からそんな

言動が多くなっていたが、確実に風紀が乱れている。

 エリーのお母様でもあるフィーナ様からなんとか言ってもらった方がいいか

もしれない。


「どう? 解錠で開いたでしょ?」

「うん! さすがママね! 余裕だったわ!」

「自分も試してみたかったッス。今度ロックさんの部屋に試してみるッスよ」


 なんとなくそんな気はしてたんだよね。

 盗賊はパーティーメンバーだけではなかった。むしろ首謀者ドンがフィーナ様だ

った。

 と、そんな事もお酒を飲み始めたらどうでもよくなってしまった。

 お酒サイコー!



「既に出来上がっちまってるじゃねぇか。新顔もいるみたいだな」


 飲み始めて少し経ってからダンカンさんが同郷の3人を連れてやってきた。


「まだ全然平気だよ。新しく加入したうちのパーティーメンバー紹介するよ。

 おやっさんとおばちゃんも来てー」


 一旦おやっさん達にも手を止めてもらい来てもらった。


「彼女はクゥ。ガリアさんの一番弟子で鍛冶職人兼うちのパーティーの要でも

 あるんだ」

「はじめまして。自分はクゥッス。主に索敵や罠の回避担当ッス」

「斥候役って事か。獣人は適性があるって聞いた事がある。それで、エリー嬢

 ちゃんはわかるんだがそのそっくりな子は姉妹か何かか?」


 これだけそっくりならどこへ行っても姉妹や双子と間違われるよね。


「ふふっ。姉妹だなんてありがとう。わたしはエリーの母でフィーナよ!」


 うちのパーティー以外全員の目が見開かされる。

 定番の反応ありがとうございます。


「フィーナ様は同行して貰ってるだけでパーティーメンバーってわけではない

 んだ」


 全員が2人を見比べながら母娘であるという驚愕の事実を飲み込めたようで

口々に奇跡だとかなんとか話している。

 光の女神様だから奇跡もあるんでしょう。


「新メンバーとフィーナ様の紹介も終わったし改めて乾杯しよっか」


 おやっさんとおばちゃんが手早く準備をしてくれて全員にグラスとジョッキ

が行き渡った。


「久しぶりの再会を祝して」

「「「かんぱーい!」」」


 各々のグラスやジョッキをぶつけ合い再会を喜び合う。


「聞いたぞ。迷宮魔窟の最速クリアパーティーになったってな」

「迷宮魔窟?」


 3人組がダンカンさんに聞き返す。


「なんだお前ら知らんのか。迷宮都市アドバンにある中級ダンジョンが迷宮魔

 窟ってんだ」

「へーそうなんですか」


 彼らもまた、昔の俺と同じでしっかりとダンカンさんの教えを受けてるよう

だ。紹介した甲斐があったよ。


「ロック! 何歩も先を行かれちまったが俺達も初心者ダンジョンをクリアで

 きるようになったんだぜ」


 これには驚いた。パーティーを組んでいるので早いだろうと思っていたが。


「すごいじゃないか! 俺なんてちゃんとクリアできるようになるまで何年も

 掛かったのに!」

「へっへっへ。すぐに追い着いてみせるぜ」


 俺達も急成長を果たしたが俺達だけではなかったって事ね。


「あんた達なかなか頑張っていたようね! 褒めてあげるわ!」

「初めて会った子達だけれどエリーちゃんの知り合い? エリーちゃんに褒め

 られるなんて! もっと喜びなさい!」


 さっきギルドで自ら名乗った事はなかった事になっているのだろうか。

 エリー様フィーナ様バンザーイだかワッショーイだかされていた事は記憶か

ら消されてしまったのか。

 神様にとって人の顔の区別があまりつかないという可能性も……。

 そうであるならば、エリーとフィーナ様のこの忘れっぽさにも多少は納得が

いく。


 ともあれ、久しぶりのはじまりの街でなつかしい人達に会う事ができた。

 はじまりの街のトップ、チャーレスさんの手紙を持ってジャックも合流した。

 高難易度上級ダンジョンとなったアルメイダの霊廟を内外にアピールし、上

級パーティーを呼び込むための施策で大忙しらしい。

 実力をつけて戻ってきてくれる事を願っていると締められていた。


 皆がだいぶ酔っ払ってきたのを見て1人宴会を抜け出し部屋に戻る。

 

「クロエ様、今来られますか?」


 すぐにいつもの煙と共にベッドに座ったクロエ様が現れた。


「この部屋で会うのも久しぶりね。飲んでる席で呼んでくれてもよかったのに」


 少し口を尖らせて不満そうにしている。


「すみません。まだ会った事ない人達が驚いてしまうかと思って」

「しょうがないなぁ。抜け出して呼んでくれたし良しとしましょう。こっちに

 来て?」


 クロエ様の胸に包まれて初心を思い出す。もっと強くなりたい。

 ノースヘッド学園での出来事、未だ潜った事のない上級ダンジョン。

 はじまりの街で気分を新たにしてクロエ様に甘えまくった。



「ほらねっ! あれがロックの真の姿、神誑かみたらしよ! あんた達もあれぐらいぶ

 っ飛んだ冒険者になりなさい!」

「エリー様、俺達初めて神様にお会いする事ができたんですよ! さすがに無

 理ですよー」

「不潔ッス」


 当たり前の様に開け放たれたドアからガン見されていた。

 プライベートってなんだろう。

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