第44話 学園生活終了のお知らせ


 「ロック、起きて」


 体を揺さぶられながら耳元で囁いてくる。

 顔に当たる冷たい外気を感じるが、頭が眠りから覚める事を拒んでいる。


 「もう少しだけ……。ちょっとだけでいいから」


 掛け布団を頭から被り温もりを得ようとする。


 「ダメッス」


 まるで獲物を捕らえた肉食獣の如き冷酷さで掛け布団が一気に剥がされた。

 暖炉の火は寝る前に消していたので、外の寒さと変わらない場所へと放り出

される。


 「うー、寒い。酷いよー」


 あまりの寒さで眠気は吹き飛び、体を起こすとそこにはなぜかエリーとクゥ

とアーヤが立っていた。


 「キャーッ!」


 昨日しっかり鍵を掛けたはずなのに。なんでここに3人が? まさか3人の

姿を模した敵!?


 「その悲鳴はないッスよ」

 「ロックさんの悲鳴きゅんきゅんきちゃう (ロック様がかわいらしい悲鳴

  を出されるなんて……。なんだか胸が苦しいですわ)」

 

 なんて事はなくいつもと同じ3人だった。


 「寮って異性の出入りに厳しいとかなんとか言ってなかった?」

 「ちゃんと寮管のお爺ちゃんに「ロックの姉です」って言って合鍵を借りて

  きたわよ!」


 ……。完全にいつもと同じ3人だった。


 「それで合鍵借りて起こしに来てまでどうしたの?」


 エリーは溜め息をつきながら時計を指差した。時間はお昼前ぐらいだ。


 「もうお昼前かー。少しお腹減ってきたね」

 「ダメッス。この人、早くなんとかしないと」

 「絶起なのにこのマイペースさ、すこすこのすこ (貴族であるならば常に優

  雅たれと教わってきましたわ。まさに今のロック様のように)」


 話が噛み合わな過ぎてよくわからない。皆が呆れているのだけはわかるが。


 「あんたも今日から学園に通う予定だったでしょうが!」


 ヤバイ、エリー様が杖をブンブンさせ始めた。あれは完全にキレそうになっ

ている証だ。

 しかしわからないものはわからない。考えろ。考えるんだ。


 「もしかして、エリーもお腹減った?」


 俺の意識はそこで途絶えた。デスらなかっただけ運が良かったのだろう。

 意識を取り戻すと顔だけ氷像から出た状態で身動きもとれなかった。この極

寒の地で氷像にされるのは寒過ぎてデスりそうだ。


 「煽られてるのかと思って、怒りで危うくッちゃうところだったわ!」

 「煽りって……。こんな事してないで学園に行こうよ」


 さっきから何度目になるかわからない。3人がこちらを指差しながら小声で

話している。

 話がまとまったようで、満を持してクゥが俺に問いかけてきた。


 「ロックさんに聞きたいッス。学園って何時に行けばいいか知ってるッスか?」

 「好きな時間に行けばいいんじゃないの」


 俺が住んでいた村にも小さな学び舎みたいな場所があった。家の手伝いがあ

る子供もいたりするので、好きな時間に行って好きな時間に帰るという感じだ

ったと思う。

 自信満々に答えた俺にエリーは残酷な真実を突きつける。


 「普通の学校は朝から午後までみっちり授業があって好きな時間に登下校な

  んてありえないわよ!」

 「転校初日からサボるとかやばみ (転校初日から休むなんてよろしくない

  ですわ)」

 「な、なんだって……。クゥも知ってたの?」


 俺と同じ貴族ではないクゥに聞いてみる。


 「自分は昨日のうちにエリーさんに聞いてたッスよ」


 ただでさえ貴族が多い学園を初日からサボッてしまうなんて。

 これじゃ心配していた通り浮いちゃうよ!


 「終わった……。学園生活終了だ」


 実は、少し学園生活も楽しみにしていたんだ。今まで村の学び舎に行ったぐ

らいでまともに学校と呼ばれる場所に通った事がなかったから。

 それがこんな形になってしまうとは。

 貴族が多い学校で初日からサボるような人に向けられるのはきっと奇異の視

線だろう。


 「何言ってんのよ。わたしの弟って事になってるから大丈夫よ!」


 弟?


 「俺とエリーが?」

 「そうよ! 一緒にいても怪しまれないでしょ! ちなみにクゥは使用人と

  いう設定で潜り込む事にしたわ」

 「ロックさんは気候の変化で体調が優れないから休むって言っておいたッス」


 俺が知らない間に設定が付け加えられていたらしい。

 3人がこんな季節外れに同時に転校してくるなんて家族という設定にしてお

いた方が無難かもしれない。


 「クラスの誰も疑ってなくて草 (クラスの皆さんも信じてらっしゃいまし

  たわ)」

 「まだ俺の学園生活はこれからだという事?」

 「そうよ! ただし明日から起こしにくるから覚悟しときなさい!」


 勝手に入ってこられるのは驚くけれど、これも仕方のない事だろう。


 「ごめんね。3人ともありがとう」

 「おけまる! うちらの友情まじまんじ (わたくし達の仲ではありません

  か。水臭いですわ。)」


 今までもエリーに起こしてもらったりしてたしね。お願いしよう。


 「アーヤはもうほとんど気づいてると思うから、この際全部話して協力し

  てもらいましょ」


 元からそのつもりだった。本来依頼内容を話すべきではないのだろうけれど

アーヤさんに協力してもらえれば情報収集もしやすくなるはずだ。


 「俺もそのつもりだったんだ。それと昨晩、神様から聞いた情報も共有して

  おこう」

 「やっぱり連れ込んでたんッスね」

 「ロック……。あんた1人でズルイわよ!」

 「昨晩はお楽しみでしたね (ロック様ったら寮でそんな事いけないですわ)」


 3人の誤解を解きながら、クロエ様とアリスから言われた事を話す。

 何かに阻まれてこの地に降臨できない事、何があるかわからないから充分気

をつけるようにとの事。


 「神様を阻むってかなりやばいじゃないの!」

 「あの、ロックさん。デスりたくないんで帰っていいッスか?」

 「だから、慎重に情報収集を行うためにアーヤさんに手伝ってほしいんだ」

 「うちは全然おけまる (わたくしがお役に立てるのなら頑張りますわ)」


 「コンコンッ」


 突然ドアをノックする音にアーヤさんを除いた全員が武器を構える。俺が出

る事をハンドサインと目線で合図しドアへと向かった。


 「どちらさまですかー?」

 「俺だよ俺。お前の昔からの友達の俺だって」


 全員がいつでも攻撃できる態勢に入る。俺だ、俺だなんて事を言い出すのは

大抵敵だ! ゆっくりとドアを開き武器を構える。


 「なんでそんなに警戒し、あぶなッ!」


 エリーのガリアングレイゴーストキラーから光の線が放たれている。

 ちっ。かわされたか。


 「あんた驚かせるんじゃないわよ! デスらせるわよ」


 ドアの外にはエリーの攻撃を紙一重でかわしたジャックがいた。


 「お前ら学園の寮で何と戦ってんだ……」


 ジャックに攻撃した事を謝りながら事の顛末を話す。


 「神様が降臨できないって、そりゃまずいな。神様っていうのは本来どこに

  でもいてどこにでも現れる事が可能なんだ。それができないって事はここ

  は神様の力が及ばないという事になる」

 「つまりどういう事なのよ!?」

 「学生用ダンジョンにヴァンパイアが出るというのが噂になってるがそれす

  らもありえる」


 ジャックの話でますます、まずい事態になってると気付く。

 昨日のクロエ様とアリスとの会話ではそこまでまずいとは思っていなかった。


 「できるだけバラけて行動するのはやめよう。ジャックを除いて」

 「そうね! わたし達は姉弟と使用人とその友人でかたまって行動しましょ」

 「ジャックさんソロで頑張ってくださいッス」

 「俺だけ1人かよ! 俺だけ教師陣に混ざってるから仕方ないか。それにし

  てもここは制服の女の子がいっぱいで最高だぜ!」


 エリーがジャックに冷たい眼差しを向けながら俺に言ってくる。


 「ロック。アレはダメな例よ。絶対に真似しちゃダメ!」 


 神妙に頷く。それはこれからの自分と行動について考えさせられる場面だっ

た。



 そんな作戦会議? をしている間にも、異変は迫っていた。

 その日、ダンジョン授業のあったクラスの全員がデスッた。スライムと武器

なしスケルトンしか出ない上にボスすら存在しない学生用ダンジョンで。

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