第36話 師匠と弟子、父と娘


 1日目からどこも夜まで大騒ぎだった。お祭り中でも夕方からはいつも通り

市も立っていて、そこでもお祭りモードのラインナップだ。

 昼間は出店してそのまま市で営業してる人もいるらしい。とてもじゃないけ

ど真似できない。


 まだ2日目があるから軽くにしておこうと言ったが、通常営業しているマス

ターのお店に着いた時には既にエリーはベロベロになっていた。

 目の前にあるエールをお預けされた状態で1日中冷やし続けた反動か、ガリ

アさんのお店で度数の高いドワーフ酒、通称火酒を一気したんだ。


 「嬢ちゃん……その酒はちびちびとやるもんなんだが」

 「なにこれ! 名前の通り火吹けそうね!」

 「エリーさんすごいッスね。前に飲んだ時口に含んだだけで吐き出したッス」

 「地獄の~如何なる炎よりも~」

 「エリーを止めて! 全力で!」


 霊廟の一角を数日間燃やし続けた魔法の詠唱だよ。

 火が吹けないなら火をつけてやる的なノリはやめてください。



 マスターの店についてからは、氷像になった事で元気になったアーヤさんが

エリーの面倒を見ている。

 壁に向かって延々と話し続けるエリーに相槌をうっていた。面倒見もいいし

暑さに弱いにも関わらず手伝ってくれたりと本当に良い子なんだろうなぁ。

 アドバンに来てからクゥも入れて、エリーに2人の新しい友達ができて良か

った。


 「マスター、ジャックに俺からのおごりで一本出してあげてよ」

 「ロック! まじかよ!? ありがたくいただくぜ。いやー、凍った甲斐が

  あった」

 「坊主んとこは随分売れたみたいだな」

 「みんなが宣伝してくれたお陰で口コミで広まったみたいなんだ。後はクロ

  エ様のアレで」

 「人の成長は早いもんだが、坊主と嬢ちゃんの場合人の枠組みではないな」


 クロエ様から教えてもらった成長の秘訣がそれだけ効いてるのかもしれない。

 そのクロエ様は夜もお呼ばれしてるようで急いで帰っていった。



 「明日もある事だし俺達もそろそろ今日は帰ろう。エリー大丈夫?」


 少しだけ飲んでそう告げる。

 明日は初日の失敗を踏まえ、開店前にやる事もある。


 「ワシも明日があるからな。今日は引き上げるか」

 「師匠が自重したッス!」

 「こっちはお前がいないから大変なんだ」

 「自分のありがたみがようやくわかったようッスね。アドバイスをすると、自分

  が育てたやつらに調理以外を全部任せるッス」

 「あの、元気な連中にか?」

 

 ガリアさんは半信半疑で尋ねる。らっしゃーせーな店になりそうだ。


 「それで万事うまくいくッスよ。そういう風に育てたッス」

 「わかった。ワシは明日調理に専念しよう」

 「頑張ってくださいッス。まぁそれでもうちの店には敵わないッスね」

 

 クゥの自信もわからないでもない。俺も明日は今日以上を狙うつもりだ。


 「言ったな。それじゃ明日の売上で勝負しよう。お前らの店が勝ったらなん

  でも言う事を聞いてやる」


 そして、あっさりとその挑発に乗った。


 「師匠。その言葉忘れないでくださいッス」


 2人で火花を散らしながら不敵な笑いを浮かべている。


 「ちょっとエリザベスちゃん、店の中で魔法はやめてくれよ」


 エリーが魔法を使って火花を散らせていた。実際に火花を散らすと少しかっ

こいいかもしれない。


 「マスターごめんね。ほら、エリーも謝って。今度俺にもやってよ今の」

 「マスターごめんなさい。つい出来心だったの。今度はもっと派手にやるわ!」

 「反省とは一体……ッス」

 「それな (ウフフ、本当にその通りですわね)」


 解散してアーヤさんを送ってから家に帰った。明日は今日を越える!



 聖クロエフェスティバル2日目。

 店を開ける前の時間から隣の店と話をつけた。

 業者さんが場所を一つ間違えて置いていってしまったらしい。

 隣の店は市でも昔から店を出してるお爺ちゃんお婆ちゃんの夫婦で俺達も何

度か買わせてもらった事がある。


 「後ろを使いたいんで俺とクゥで荷物移動させましょうか?」

 「そりゃわざわざすまんねぇ。お願いできるかい?」

 「はい。それじゃクゥ一緒にやっちゃおう」

 「了解ッス」


 ものの数分で場所を空ける事ができた。


 「ほんと助かるねぇ。開店前でこんな物しかないけど持ってお行き」


 荷物移動でタレのたっぷりついた肉をゲットした。


 「やったーッス。この肉大好きなんッスよ!」


 昨日の営業中も食べたくて仕方なかったらしい。確かに焼けた良い香りが漂

ってきていたからね。

 お客さんもうちの店で冷えたエールを買って、そのまま隣の出店に並んでる

人が結構な数いた。


 「あと握手してもらってええかのう」

 「えぇ、構いませんよ」


 老夫婦と握手した。

 お祭りが終わった後、アドバンで普通の生活を送れるようになるのだろうか。



 エリーのスペースを確保した俺達はエールの樽やガリアさん特製かき氷機等

必要な物を全て移動させた。


 「エリー、ここならクゥの場所も涼しくできる?」

 「家にいる時程じゃないけど多少はできるわよ! 涼しくできるからアーヤ

  にもお手伝いを頼んだわ」


 暑さ対策さえできていれば強力な助っ人だ。


 「ウチらズッ友だしぃ、秒で助っ人に来たの (わたくし達は親友ですし、助

  けにきましたわ)」

 「昨日に引き続きよろしくね」


 今日は盤石の布陣で臨んでいる。昨日と同じなら売上トップも狙えるはずだ。


 「それじゃ、準備はいい?」

 「いつでもいいわよ!」

 「大丈夫ッス」

 「おけまる (こちらはよろしくてよ)」


 各々の返事を聞き、いざ2日目スタートだ。


 1日目のあの盛況振りを見るに、始めから行列を予想していたが全く人が並

んでない。昨日はたまたまだったのだろうか。

 代わりに3人の人だけが店の前にいる。


 「かき氷を3人分もらえるかな?」


 そこには昨日挨拶していた都市長、つまりアーヤさんのお父様、獣人王サド

ニアさん、そしてカレンさんがいた。

 完全に固まってしまったクゥの代わりに挨拶をする。


 「こんにちは。かき氷3つですね」

 「俺はエールをもらいたいが生憎あいにくと仕事中だからな」

 「そうですよ。ロックさんお久しぶりです」

 「サドニアさんとカレンさんも来てたんですね! お久しぶりです」


 再起動したクゥが猛烈もうれつな勢いで俺に突進してきた。


 「なんで獣人王様と普通に話してるんッスか!? あの獣人王サドニア様ッ

  スよ!」

 「そのサドニアさんがはじまりの街のギルドマスターであっちにいる時に依

  頼で知り合ったんだよ」

 「そんなの、そんなのってズルイッス!」


 人間達の間でも、あれだけの物語になっているサドニアさんは獣人の間では

人間とは比べ物にならないぐらい雲の上の存在らしく、会う事も話す事もでき

ない生ける伝説なんだって。


 「サ、サイン下さいッス!」

 「この子はうちのパーティーに新しく入ったクゥです。ガリアさんのお弟子

  さんなんですよ」

 「ほほう。また面白そうなメンバーを加えたな。クゥとやら、こやつらと共

  にはげむが良い。そうすればお主がサインを書く側となる事になるや

  もしれんぞ」


 そう言いながらクゥにサインをあげていた。


 「あ、ありがとうございますッス! 家宝にしまッス!」 

 「クゥよかったね。えっと、注文いただいた方は、アーヤさんのお父様で都

  市長さんですよね?」


 アーヤさんから直接聞いた店。クロエ様が言っていた人が出してる店。その

人は特別ゲストとして招いたサドニアさんも知り合いだという。

 その店が行列を出していたと聞き顔を出しに来たみたい。


 「うちのアーヤと仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてあげ

  てくれるかな」

 「もちろん仲良くさせてもらいます。でも俺よりアーヤさんと仲が良いのは

  後ろで魔法を使っているエリーなんで、ちゃんと伝えておきますね」

 

 初めに感じた通り貴族らしい紳士な方でした。

 セレンのチャーレスさんといい、この都市長といい上に立つ貴族の人達は本

当に人として尊敬できる人達だらけなんだよね。


 「実は、行列がすごい事になっていてね。少し整理させてもらっているんだ。

  うちの者を特別に貸し出そう」


 昨日の行列も含めて少し混乱が起きていたらしい。そこまで気が回ってなか

った。本当に申し訳なく思う。

 成り行きを見守ってたアーヤさんが感極まった様子で近づいてきた。


 「ありがとう! パパ大好き! (ありがとう! パパ大好き!)」


 いつもの独特な口調とは違ったストレートな表現でアーヤさんが言う。


 「そんな事を言われたのは何年ぶりだろう。あぁ、今日は良い日だ」


 都市長もそれに応え、良い笑顔で呟いた。


 その日、うちの出店は1日の過去最高売上記録を約20年ぶりに塗り替えた。

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