第35話 ごちロック!


 クロエ様の挨拶がうちの店の宣伝だけで終わった。大丈夫、大丈夫。

 周囲から「ロックって一体誰なんだ」とか聞こえてくるけれどもバレなけれ

ばどうって事ないよ。


 それよりもクゥとエリーの手伝いをしないと。

 頭を物理的に冷やしてもらうために氷像になったジャックは店のそばで直立し

ている。

 涼しげなそれはきっと集客効果も期待できるだろう。


 「ちょっとリアルでこわいッス。氷だから涼しいッスね」

 「それは中身ジャック本人だからリアルだよね」


 クゥは開店準備に大忙しでやり取りを見ていなかったらしい。俺に言われて

驚いたように氷像を観察している。


 「ほらクゥちゃん、言葉遣いが戻ってるわよ。しっかり語尾にゃんをしてバ

  イブス上げていこ (クゥさん、言葉遣いが戻ってましてよ? しっかりと

  語尾に「にゃん」をつける事でエレガントさを上げていきましょう)」

 「ジャックさんって氷漬けになってもデスらないのにゃん!」

 「氷漬けとかほんと草 (大変失礼かと存じますが氷漬けになってらっしゃる

  のには笑いが止まりませんでしたの)」


 好き勝手言われちゃってるよ。これだけ暑ければすぐに溶けるでしょ。


 「そろそろ真面目に営業始めよう。いらっしゃいませー!」

 「冷えたエールとかき氷のお店にゃん!」


 少しずつお客さんが来るようになる。こうなってくると俺はエリーの方と店

を行ったり来たりだ。順調な滑り出しと言えよう。


 「アーヤさん、どんどん暑くなってきてるしエリーの近くで休んでなよ」

 「りょ! 実は既にどちゃくそフラフラしてたンゴ。エリザベスさんに涼ま

  せてもらう~ (わかりましたわ。実のところもうフラフラしてましたの。

  エリザベスさんの側で涼まさせていただきますわ)」


 やっぱり暑さに弱いんだね。わざわざ他の街の学校に通ってるのもアドバン

の気候が合わないからなのかもしれない。

 そんな中来てくれた上にいろいろ手伝ってくれてありがたい。ここからはう

ちのパーティーで頑張ろう。



 「ありがとうございましたー!」


 お客さんは一向に途切れる事がない。冷えたエールとかき氷を出す店という

のが広まったようで、家族連れから大人まで多種多様な客層の行列ができてし

まった。


 「クゥ大丈夫?」

 「こんなの師匠の鍛冶場に比べたらどうって事ないッスにゃん」

 「ここにクゥ用の飲み物置いとくから適度に水分補給してね」

 「ありがとうございますにゃん! ご主人様!」


 クゥが凄くいかがわしく見える。大丈夫かな。

 アーヤさんとの練習と暑さで頭エモい事になってないといいんだけれど。



 「あんたもしっかり水分補給しときなさいよ」


 エリーが冷えた水をくれる。この周囲だけエリーの魔法で温度が下げられて

いるのでだいぶ快適だった。


 「ありがとう。あっちはどんどん気温が上がっていってるね。クゥ1人で大

  丈夫かな」

 「最悪の場合、ジャックを手伝わせましょ! そろそろ溶けてくる頃じゃな

  い?」

 「そしてわたしもいるわ。最終兵器わたしです (わたくしも付いております

  わよ。最後の瞬間ときにはデスッてでもお助けいたしますわ)」

 「アーヤはどうしようもなくなった時ね! そういえば、他の街の学校に通

  ってるって言ってわよね? アドバンに帰ってきてからちゃんと教会でお

  祈りした?」


 アーヤさんはハッと気づくと走り出した。


 「秒で行ってくりゅー! (いけない、わたくしったら。急いで行ってきます

  わね)」

 「あの子、やっぱりしてなかったわ!」

 「家の前で倒れた時にデスらなくて本当に良かったね」


 冒険者だと当たり前になってる事も学生や街の人は忘れがちだったりするん

だ。一部、冒険者でも忘れがちな人もいるけれどそれは例外。


 「って、こんなゆっくりしてる場合じゃなかった! 行列できてるから少し

  多めに出せるようにしておいて」

 「わかったわ! 光の女神よ! この者を回復させたまえ! ヒール! 馬

  車馬の如く働きなさい」

 「言ってる事はアレだけど、回復ありがとう!」


 本当に馬車馬のようにあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら働いた。

 明日は店の位置とエリーの場所をもっと近づけよう。クゥには申し訳ないが

今日だけ我慢してもらう。


 「少し誤算だったわ! まさかここまでとは思ってなかったの。明日はクゥ

  のすぐ後ろに場所を確保しましょう!」

 「そうだね。真後ろに置いてある物をどかしてもらえるように話しをつけよ

  う」


 出店のすぐ真後ろに周囲の店の物が置かれてしまっていてエリーが魔法を使

う場所を確保できなかったんだよね。

 こればかりは仕方ないので交渉しよう。

 少し離れた位置の店とエリーの間を延々と往復し続けた。



 日も真上に近づき暑さも一段と厳しくなってきた頃、ついにヤツが動き出し

た。


 「ロック! さっきは大笑いして悪かったな。どうしても我慢できなかった

  んだわ」


 氷も溶けてすっかり人間に戻ったジャックが大声で言う。

 周囲や行列の人々の間で、「ロックってさっきクロエ様が話してた?」等の

ざわめきが広がり始める。

 そこへ止めの一撃が放たれた。


 「アーヤと話してて思い出したわ! ロックだけ神様の特別ってずるい!

  わたしも神様の特別になーるー!」


 ずっと後方にいたはずのエリーが今になってそんな事を大声で言った。

 完全にジャックとエリーのコンボが決まってしまった。

 ザワザワとしながら店を遠巻きに見ていた人達が一斉に押し寄せる。


 「ここが噂のロックの出店にゃん! いっぱい買っていって欲しいにゃん」


 一瞬で俺を宣伝材料に使い始めた。行列がどんどん長くなっていく。

 クゥの機転でたいした騒動には至らなかったが、エールとかき氷が飛ぶよう

に売れていくので俺は店とエリーの間を走って往復していた。

 ここまでくると、さすがのクゥも1人ではさばき切れなくなってくる。


 「わたしの出番のようね。パリピの真価を見せてあげるわ (これは最後の

  瞬間がやってきたようですわね。わたくしのエレガントさの真骨頂を見せ

  てあげますわ)」


 クゥとお揃いの衣装に身を包んだアーヤさんの姿がそこにあった。


 「救世主アーヤ様……お救いください」

 「おけまる! テンアゲうぇーい! (わかりましたわ! わたくしの力見

  ててくださいまし)」


 果たして接客なんてできるのだろうかという思いとは裏腹に、凄い勢いでお

客さんをさばいていく。

 アーヤさん、ごめん。俺は見誤ってたよ。

 紛れもなくあなたは貴族の娘だ。


 「イキり過ぎた。もう無理ぽ (頑張り過ぎましたわ。もう無理ですわ……。)」


 10分間だけの救世主。倒れたアーヤを担ぎエリーの元へ運ぶ。


 「冷やしてあげて」


 新しくできあがった氷像を店の側におきクゥが体を冷やすために使ってもら

った。アーヤさんもきっと冷えるだろう。



 そんな事をしていると1人のお客さんに話しかけられた。


 「あ、あのっ! ロック様ですよね? 握手してもらえますか?」

 「えぇ、そうですが。俺で良かったら」


 握手すると嬉しそうに友達らしき人の元へ走っていった。一体なんだったん

だろうと思っていると次々に周囲からも声が上がった。


 「握手してもらえるのか! 俺も俺にも握手してくれ!」

 「俺も! 俺も!」


 また人が集まり始めてしまった。これはまずいどうにかしなければと思った

途端の事だった。


 「うちの店で商品を3点以上お買い上げになると、なんと今だけ限定! ロ

  ック様と握手できる権がついてくるにゃん!」

 「「「うおーっ! 買うぞぉ!」」」

 「良い子のみんなは行列の後ろに並んでにゃん」


 クゥが臨機応変りんきおうへんで優秀過ぎる。毎回、俺をダシに使っているのに目をつぶれば

だが。

 あっという間に店の行列と俺と握手するための行列ができあがった。

 これで俺が抜けてしまうと店が回らなくなる。どうすればいいんだ。


 「待たせたな! 後の事は俺に任せておけ!」

 「ジャック! どこ行ってたのさ」

 「冷やされたせいでお腹を壊しちまってな……。」

 「それは仕方ないね」


 ジャックには今度改めてお礼をしよう。横で氷像となり現在進行形で俺とクゥ

を冷やしてくれているアーヤにも。

 この2人には今回感謝しても感謝しきれないよ。

 アーヤの氷像にくっついて元気を取り戻したクゥと俺はその後も行列をさば

き続け、ジャックは店とエリーの間を行ったり来たりして働いてくれた。


 クゥ、冷たくておいしいのはわかるけど舐めるのはいかがわしいのでやめて

おきなさい。



 そんなアクシデントだらけではあったが、なんとか聖クロエフェスティバル

1日目を乗り切った。

 1日目を終えてある程度、勝手もわかり明日の課題も見えてきた。

 行列の最後に並んだ人の注文をクゥがとっている。


 「ご注文はいかがいたしますかにゃん?」

 「それじゃロックくんで!」


 それは変装したクロエ様でした。いつから並んでいたんだろう。

 全く気づかなかった。

 変装をやめて突如として現れたクロエ様に周囲の人達は大いに沸いた。


 「もしかしたら、わたしと会えるかもって言ったでしょ。お祭りはまだ始ま

  ったばかりよ」


 どうやらお祭り騒ぎは夜まで続きそうだ。

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