第34話 聖クロエフェスティバルに舞い降りた氷像


 今回エリーには裏方の仕事に徹してもらう。エールを冷やすのも、氷作成も、

フルーツ等のトッピング管理も全てエリーにしかできない。


 「任せておきなさい! いつも通り、後ろはね」


 クロエ様を真似てウィンクしてくる。その魅力的な仕草に敵わないなぁと思

いつつお願いする。


 「エリーにしかできない事だし頼んだよ。俺もできるだけフォローするから」


 本当はエリーとクゥの2枚看板で売り子をしてもらえたらいいのだけどこれ

ばかりは仕方がない。

 その分クゥには頑張ってもらう事にしよう。

 アーヤさんはクゥの事を気に入ったようで、売り子用の衣装を用意してくれ

ると言っていた。


 「クゥちゃんからはモフみを感じてモフりたい。最高のパリピガールに仕上

  げてあげる! (クゥさんからはかわいらしさを感じてすぐに触れたくなっ

  てしまいますわ。もっと綺麗な姿にさせてあげるので楽しみにしていてく

  ださって)」


 クゥには頑張ってもらう事にしよう、いろんな意味で。

 俺は2人のフォローをできるだけする。いつものダンジョン探索となんら変

わらないパーティーでの連携。


 いよいよ聖クロエフェスティバル開幕だ!


 出店準備を店の人に任せ、忙しい中ガリアさんがマスターと来てくれた。ジ

ャックとアーヤさんも朝早くから集まってくれてクゥの衣装合わせと店の流れ

の練習に付き合ってくれている。


 ガリアさんの店という超一流の鍛冶屋で接客していただけあって練習とは言

ってもクゥの接客には全く淀みがない。途中に冗談を挟む余裕があるぐらいだ。

 アーヤさんが用意してくれた衣装もすごく似合っていた。

 まるで踊り子のような妖艶ようえんな衣装からは、そこはかとなくモフみを感じる。


 「エリー、魔力は大丈夫そう?」

 「これぐらいの魔法なら使い続けても魔力回復の方が早いわね!」

 「それなら良かった。完全に聞き忘れてたよ」

 「わたしとクゥの心配ばかりしてるけど、あなたが一番重労働になるのよ?

  暑さもあるし少しでも具合悪くなったら早めに言って!」

 「わかったよ。その間休ませてくれるなんてエリーはなんて優しいんだ」

 「は? 水魔法ぶっかけて回復魔法かけるからよ!」

 「それだけ聞くと鬼畜きちくエリーにしか思えない……でもありがとうご

  ざいます!」



 聖クロエフェスティバルは1年を通して1番暑いこの季節に行われる。

 どうしてこんな時期にお祭りが行われるかというと、この時期だけは天候が

安定し昼間の間も砂埃で街が包まれる事もなくなるからだ。

 砂埃がないだけで視界は確保できるし、体中砂だらけになる事もない。食べ

物を買って口に入れたら砂の粒でジャリジャリになる事もない。

 このどうしようもない暑さを除けば本当に良い事だらけだよ。


 既に迷宮都市アドバンは、朝の太陽の光を浴び賑わっていた。

 砂埃に包まれ、夜の街としての顔しか見てこなかった俺としては少し不思議

な気分になってくる。

 普段のアドバンならこの時間には砂埃で街は覆われていて人の姿もまばらにな

っているからだ。



 「お祭りが始まる前から黄昏たそがれてどうしたんだ?」

 「ジャックも朝からありがとうね。今回はジャックに助けられっぱなしだっ

  たよ」

 「ハハッ、そんな事気にしてたのか。それなら空いた時間にマスターの店で

  一杯奢おごってくれよ」

 「もちろんだよ。ガリアさんとマスターもお祭りが始まる前にうちの出店の

  隠し玉を飲んで行ってよ」

 「坊主の店は冷えたエールって聞いてたんだが他にも酒を出すのか?」

 「うちの店で発注したのはエールだけだね」

 「今、持って来るから待ってて」


 エリーに頼み用意してもらう。冷えたエールと何もかかってないかき氷を。


 「これはうちの店より冷えてるね」

 「こりゃ嬢ちゃんにしかできないわけだ。それでこのかき氷はなんだ?」

 「いくら冷やしてても時間が経つと温くなっちゃうからね。お好みで溶けか

  けのかき氷にこうやってエールをかけるんだ。飲んでみて」

 「なっ! シャリシャリしてるのにゴクゴクいけてうますぎる!」


 ジャックは語彙力ごいりょくが低下する程の衝撃を受けたらしい。溶けかけのかき氷を

飲んで試してみたら意外といけたんだよね。

 後からシロップやトッピングなしのかき氷も頼めるスタイルにしたんだ。


 「ワシの出店でも度数の高い酒を出すんだが、戻る時にかき氷もらっていい

  か? あっちでも試して宣伝してやる」

 「よく考えたね。うちの店でもどうにか氷を作れないか検討してみよう」


 飲んだくれ2人と飲み屋のマスターの評価も上々で自信が持てた。

 これには欠点もあって、エール自体が薄くなってしまう。それを補って余り

ある程、この暑さには効く事がわかった。



 「もうすぐ開会の挨拶だ。ワシも自分の出店に戻る事にするか。坊主しっか

  りやれよ。クゥと嬢ちゃんにもよろしく言っておいてくれ」

 「わかったよ。ガリアさんも頑張ってね」


 ガリアさんに頼まれた何もかかっていないかき氷を渡し、ガリアさんとマス

ターは「がんばれよ」と口々に俺を激励しながら帰っていった。

 その間もクゥとアーヤさんは2人で接客の練習をしていたようだ。


 「いらっしゃいませにゃんッス」

 「「ッス」は抜いた方がすこ (「ッス」を抜いた方がエレガントですわ)」

 「いらっしゃいませにゃん!」


 おかしな改造をされていってる気がするが大丈夫だろうか。一応声をかけて

おこう。


 「ふ、2人とも練習は大丈夫そう?」

 「何か大事な物を失いそうッス!」

 「クゥさん!」

 「にゃん!」


 「程々にね……。」


 俺も何か大切な物を失いそうだったのでその場はジャックに任せエリーの様

子を見に行く事にした。



 「もうすぐ開会だよ」

 「早く始まらないかしら。あまりの単純作業で眠くなってきちゃったわ!」


 今はお祭りに招待された貴族の人の挨拶が行われている。そんな時突然、周

囲が光に包まれる。目を開くとそこにはアリスがいた。


 「お祭りと聞いて来ちゃったー! なんでアリスは招待してくれないの!」

 「ア、アリス? 出てきちゃって大丈夫なの?」

 「大丈夫だよ。ロックおにーちゃんもエリーおねーちゃんもクゥちゃんもい

  っぱい成長したからねー」

 「そうじゃなくて、周囲にいっぱい人いるからさ」

 「しょうがないロックおにーちゃんだなぁ。アリスは神様だから大丈夫なの

  でーす。他の人からはただの幼女に見えてるはずだよ。あっ、エリーおね

  えちゃん、アリスにかき氷ちょうだい。めいっぱい甘~いの」

 「ふぇ、は、はい! すぐに作ります! アリスおねぇちゃん!」


 エリーの中ではまだ高度なおねぇちゃんプレイ真っ最中だった。寝惚けてい

たからこれで眠気も覚めるかな。

 アリスはエリーが作った甘そうなかき氷を頬張りながら愚痴っている。


 「聖クロエフェスティバルがあるなら聖アリスフェスティバルがあってもい

  いと思わない?」

 「アリスの存在を知っている人が少ないからねぇ」

 「アリスこのままじゃちちゃいそう」


 堕ちる? 不穏な単語が入ってるけどなんだろう。


 「アリスおねぇちゃん、ちちゃ嫌! いっぱい成長していっぱい呼ん

  であげるから!」

 「エリーおねーちゃんありがとう!」


 ひしと抱き合う2人。美しい姉妹愛が見えた。どちらが姉か妹かなんてもう

どうでもいいんだ!


 「俺もアリスおねぇちゃんをいっぱい呼ぶからね」

 「ロックおにーちゃんもありがとう!」


 3人で抱き合った。絆が深まった気がする。


 「アーヤさんにしごかれてる間に幼女と抱き合って何やってるんッスか」


 アーヤさんから逃げてきたクゥに言われてしまった。そういえばクゥはまだ

アリスと会った事がなかったのか。


 「アリスもう行かないと! くろえおねーちゃんにバレちゃったみたい。クゥ

  ちゃんはまた今度ね。ばいばーい」


 まるで嵐の様に去って行った。


 「2人とも幼女に手を出すなんて大丈夫ッスか?」

 「クゥには落ち着いたら説明するよ」

 「そうね。アリス様の事話すのをすっかり忘れてたわ!」

 「何ッスかー!? すごい気になるッス」

 「出店をする2日間が終わったら説明するわ! とりあえず今は目の前の事

  に集中しましょう」

 「わかったッスよ。絶対ッスからね」

 「にゃんはつけなくていいの?」


 真っ赤な顔のクゥをアーヤとジャックの下へと連行した。



 今はアドバンの都市長が挨拶をしている。貴族然としたしっかりした様子が

伝わってくる。

 やっぱり貴族といえばこういう人だよね。


 「あっ、とりまあれがうちのパパ (あちらがわたくしのお父様ですわ)」

 「なんだって……。」


 あんなしっかりしてそうな人から一体なんで。どうしてこうなった。


 「そのパパっていうのは血の繋がっている正真正銘の父親っていう事でいい

  んだよね?」

 「さすがにそれはテンサゲ (さすがにロック様でもそれは酷いですわ。シク

  シク)」

 「ごめんね、あまり似てないなぁって思って」

 「あーね。ママ似ってよく言われる。中身はパパ似らしいよ? (お母様似と

  はよく言われますわ。性格はお父様似と言われますのよ?)」

 「それだけは絶対ないッス」


 横で聞いていたクゥが我慢できなかったようだ。


 「ちゃんと「にゃん」をつけるンゴ! (ちゃんと「にゃん」をつけてエレガ

  ントにですわ!)」

 「それだけは絶対ないにゃん!」

 「かなしみが深い (そこまで言われると悲しくなってしまいますわ)」



 ざわざわと騒がしかった街が静まり返る。どうやら開会のメインイベントで

あるクロエ様の挨拶が始まるみたいだ。

 この生クロエ様を見るために遠方から来る人もいるとか。

 呼び出せば来てくれるのに一対一は恥ずかしいのかな。


 「あーあー。ロックく~ん見ってる~? 今日はわたしの特別な人でもある

  ロックくんも出店してまーす。是非ぜひ行ってあげてね。もしかしたらわたし

  と会えるかも! な~んてね。それでは今年の聖クロエフェスティバル、

  はじまり、はじまり!」



 うちの店の宣伝で挨拶が終わった。

 俺はこの先、この街で暮らして行けるのだろうか。それだけが心配です。

 ジャックが真面目な顔で近づいてくる。慰めにきてくれたのかな。


 「ロック……。ドンマイ! プッ」


 ただ笑いを我慢しているだけだった。

 この後、吹き出したジャックにゲラゲラと大笑いされたのでエリーに頼んで

ちょっと頭を冷やしてもらう事にした。

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