第33話 幼き日の思い出は遠く切なくほろ苦い


 荷物を抱え家に着いた時には既に手遅れだった。

 家の前には青いドレスに身を包んだ女性が倒れている。


 「やっぱり待ってたんじゃないッスか?」

 「とりあえず家の中に運んで介抱しよう」


 倒れていてデスッてないという事はその分、余計につらいかもしれない。

 この時期のアドバンではあまりの暑さにやられて気を失ってデスる人がよく

出るんだ。

 デスれば体調不良も回復するけれど、デスってない場合はしっかり回復させ

たり休養をとらせないといけない。


 「エリー、回復魔法おねがい」

 「わかってるわ! 光の女神よ! この者を回復させたまえ! ヒール!」


 帰ってきた時はムワッとした熱気がこもっていた室内も今は少しずつ涼しく

なってきている。同時に魔法使っているのかな。

 そのお陰か倒れていた女性の顔色もだいぶ良くなってきた。


 「前からこんな同時に魔法展開できてたっけ?」

 「ふふーん! 魔導書を活用すれば余裕よ! うまく使いこなせるように練

  習してたの」

 「エリーさん程の魔法使いにはもってこいのスキルッスね」


 エリーはこれ以上ないぐらいのドヤ顔を決めていた。

 アドバンに来てからというもの、エリーが急成長している。クロエ様から魔

法の手解てほどきを受けたのもあるが、元々培つちかってきたものが冒険者として

花開いてきた感がある。


 「ボーッとしてどうしたの?」

 「エリーが頼もしいなって思ってさ。俺も頑張らないと」

 「当たり前じゃない! ロックもそ、その少しは頼りになってきたわよ?」

 「ありがとう。ただ……この人が目を覚ましたらちゃんと謝ろうね」

 「そうね。今回ばかりはちゃんと謝るわ」


 まさか砂漠に囲まれた迷宮都市をドレスでうろついて、こんな暑さの中外

で待ってるなんて思わなかった。

 お付きの人や使用人が在宅確認ぐらいしてるかと思ったらそんな事は一切

なかったらしい。


 「この暑さの中、ドレス姿のまま外で待ってたり本当にいろんな意味で大丈

  夫じゃなさそうッスね、この人」


 起きて突然キレられたりしないよね?

 貴族の女性の知り合いってエリーしかいないから突然魔法を撃たれないか心

配だよ。


 「あっ! 目を覚ましたみたいッス」


 女性は目をパチクリとして辺りを見回す。魔法を撃たれるのは嫌なので恐る

恐る声をかける。


 「大丈夫ですか?」


 一瞬驚いたような表情を見せた後こう言った。


 「うちもリアタイで体験中! これが噂のハイエース。うち、ちょろ過ぎて

  草 (わたくしがこんな事になるなんてッ! これが噂の拉致ですわね。あ

  まりに簡単にかどわかされて自分の事ながら苦笑いしてしまいますわ)」


 コノ人ハ、一体何ヲ言ッテルノデショウ。


 「え、えっと、なんて?」

 「ね? だから言ったじゃない。何言ってるかわからないって」

 「そこにいるのはエリザベスさん。って事はハイエースじゃなかったの。か

  なしみが深い (そこにいるのはエリザベスさんですわね。かどわかしじゃ

  なかったのですね。ドキドキしてしまいましたわ)」

 「家の前で倒れてたのを介抱したのよ! 時間をちゃんと伝えてなくてごめ

  んなさい」

 「エリーが謝った! エリーが謝ったよ! エリーだってやればちゃんと謝

  れる子なんだ!」

 「エリーさん成長したッスね」

 「エリザベスさんほんとすこ。うちらの友情まじまんじ (エリザベスさんは

  優しいお方で好きですわ。こんな方と親交を深められるなんて、なんてわた

  くしは幸せなのでしょう!)」

 「あんたら吹き飛ばすわよ!」


 あまり刺激すると借り家どころか周辺一帯が本当に吹き飛ばされかねないな

いのでこの辺にしておこう。


 「エリー、そろそろ紹介してもらってもいい?」

 「そうね! この人が酒場で知り合ったエモい貴族よ!」

 「名前とか他は?」

 「名前? 知らないわよそんなの!」


 名前すら知らなかったとは。貴族ってこんな人達だらけなのかな。

 はじまりの街のチャーレスさんはすごく優秀そうな人だったし偶々たまたまだよね。


 「うちの名前教えてなかったって、そマ? うちはアーヤ! 秒で覚えて (自

  己紹介はまだでしたか? もう、わたくしったら。わたくしの名前はアーヤ

  ですわ。今後とも末永くよしなにおねがいいたします)」

 「はいはい、アーヤね! うちのパーティーメンバーを紹介するわ。こっち

  の男の方がロックで猫獣人の彼女がクゥよ」

 「ロックさんにクゥさんね、おけまる。ロックさんが起きたてにイケボで

  「大丈夫ですか?」とか言ってくるからキュンキュンきました。クゥさん

  どちゃくそきゃわたんきゃわたん! (ロックさんとクゥさんですわね、わ

  かりました。起きてすぐに知らない男の方に声をかけられて鼓動の高鳴りが

  抑えられませんでしたわ。クゥさんはとてもかわいらしい方ですね)」


 異国から来た貴族の方なのかな。なんとなくわかる気もするけどほとんどわ

からないのでエリーに翻訳してもらおう。

 

 「この街の貴族の娘で普段は別の街の学校に通ってるらしいわ! 聖クロエ

  フェスティバルに合わせて帰ってきたみたい」


 異国から招かれてやって来た貴族の娘さんかと思ってたらアドバンの貴族だっ

た。


 「気分はもう大丈夫ですか?」

 「この家すごく涼しくてよき (このお家はとても涼しく過ごしやすいですわ)」

 「それはよき。エリーがやってくれてるんですよ」

 「エリザベスさんすごいンゴ (本当ですか!? エリザベスさんすごいです)」

 「それな」


 「お願いだからロックまで頭エモくなるのはやめて!」


 エリーに言われてハッと気づく。俺は何を言っていたのか。

 明らかに今までの自分とは違う感覚が心と体を支配しかけていた。


 「それがパリピになる感覚。この短時間でその域に達せるなんてロックさん

  はきっとパリピキングになれるかも! (それがわたくしのような崇高な存

  在になる感覚ですわ。この短時間でそのようになれるロック様はもっと崇高

  な存在になれるやもしれません)」

 「真面目に話を聞いてたら頭がこんがらがってきたッス」

 「クゥさん、きゃわたん。モフらせてー (クゥさんは本当にかわいらしいで

  すわね。触れさせてもらってもよろしくて?)」


 クゥのモフモフはエモい貴族にも効果バツグンだ。

 俺もしたいのにクロエ様にもエリーにもクゥにもお断りされた。悲しい。


 「アーヤさんが元気になってきたなら、かき氷の味見してもらおうよ」

 「貴族の方なら舌も肥えてるでしょうしそれは名案ッス」

 「マ? かき氷すこすこのすこ (本当ですか? わたくしかき氷には目がな

  いのですわ。とても楽しみです。)」

 「それじゃ待ってなさい! 最高のかき氷をお見舞いするわ!」


 エリー1人に任せてはいけない。何をぶちかまされるかわかったものじゃな

い。ここは手先が器用で料理もできるクゥを一緒に行かせよう。


 「クゥも手伝ってもらっていい?」

 「任せてくださいッス。エリーさんのサポートをしてきまッス」


 かき氷を作ってもらっている間、アドバンの人の味の好みや流行をアーヤさ

んに聞いてまとめた。

 話し方に特徴はあるけど悪い子ではなさそう。エリーも、警戒心の強いクゥ

もそう感じたから普通に接してるのかもしれない。


 「マ? ロックさんそれじわる (ロックさんは本当にユーモアがあって面白

  いですわね)」

 「アーヤさんも森茂るとかパワーワード杉」

 「あんたらの森滅めっするわ!」


 かき氷を作ってきたエリーに無言で頭を叩かれた。

 エリー凄過ぎるよ。俺とアーヤさんはエリーに親指を立てて言った。


 「「ナイスパワーワード!」」


 エリーはそれに応じて一旦は親指を立てたが、その親指をそのまま下に向け

て首をっ切る仕草をしていた。


 「ロックさんの毒されっぷりが酷くてフォローしようがないッス」

 「馬鹿な事言ってないで早く味見しなさい!」

 「いつかエリザベスさんにも絆の力が芽生めばえるとうれしみ。いただきます

  (いつかエリザベスさんとも深い友情で結ばれる日がくると嬉しいですわ。

  それではいただきますわね)」


 何事もなかったかのように運ばれてきたかき氷を一口、口にするとアーヤさ

んはものすごい勢いで食べだした。

 途中何度も頭を抑えて悶絶していたが一気に食べきった。

 一気に食べて頭にキーンときたのかな。

 子供の頃、村のお祭りで初めてかき氷を買ってもらって食べた時に自分もな

った記憶がある。懐かしいなぁ。


 「このかき氷やばたにえん! 出店でトップワンチャンある! (このかき氷

  はわたくしが食べた中で一番おいしいですわ! これならもしかしたら出店

  の中で一番になる事もできるかもしれません)」

 「どんな味とトッピングで出そうか迷ってるんだ。さっき教えてもらったの

  で作るから味見してもらっていい?」

 「おけまる! とりま、どんどん持ってきて (わかりましたわ! わたくしが

  品評いたしますのでお持ちになってください)」


 かき氷に使うシロップとトッピングをこちらが決めるのではなくお客さんに

選択してもらった方がよきと言われた。


 「エリザベスさんの魔法でフルーツの鮮度を保てるなら、という前提ありき

  ですが」

 「愚問ね! それぐらい簡単よ!」

 「エリー任せになっちゃうけど頼んだよ」

 「自分は知り合いとかに宣伝するッス! アーヤさんもお願いッス」

 「りょ! 親とか友達に広めておくね。このかき氷って誰が考えたの? (わ

  かりました! 親や友人に紹介しておきますわね。 ところでこのかき氷は

  どなたが考案なさりましたの?)」

 「「「神様」」」

 「神様のかき氷とかそんなわけ! 砂漠に草生い茂る (まさか、神様のかき

  氷なんてそんな事ありえないですわ! 冗談も程々にしてくださいまし)」


 信じられないよねぇ。俺も突然そんな事言われたら信じられないよ。

 それにクロエ様を宣伝に使うのはなんか悪い気がしちゃってるから本当はあ

まり言いたくないのが本音。


 「あらあら、本当よ?」


 突然顔だけ現れたクロエ様が言う。顔だけという事はまだ打ち合わせ中かな。

やり取りを見ていてくれたのかも。ありがとうございます、クロエ様。


 「まだ忙しいからそれじゃね~」


 ウィンクをしながらすぐに帰っていった。

 しばらく呆気に取られていたアーヤさんが言う。


 「神様のかき氷どちゃくそよきよき! (神様のかき氷とてもおいしいですわ!)」

 「「「おまいう (掌返してるおまえがいうな)」」」

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