第31話 真夏の午後の氷菓子


 ここのところの迷宮都市アドバンは暑さもピークを迎えてきた。

 そしてこの時期は涼しくなる夕方以降だけではなく、昼間も人の往来が激し

せわしない。

 そう、祭りの季節がやってきたんだ。

 その名も「聖クロエフェスティバル」


 1週間続くこの祭りの期間はダンジョンも完全に閉鎖される。管理人さんも

休みだし冒険者も休みになり、みんな様々なもよおしを楽しむんだ。

 この祭り中に迷宮都市で開催されるスポーツの大会にエントリーする人もい

れば、自分達でイベントを作る人達もいるし、出店でみせをだす人もいるんだよ。


 その管理を街から委託されてるのがギルドらしくこの時ばかりは猫の手も借

りたい程の忙しさになるんだって。


 「猫の手も借りたい程って事はクゥの出番ね!」

 「猫の獣人種ッスけど猫と一緒は酷いッスよー」

 「ギルドは臨時職員を雇ったり他の街のギルドに応援を頼むらしいよ」


 このお祭りは自然の恵みやダンジョンの恩恵に感謝し神様に祈りを捧げる。

 特別ゲストに神様本人を招いて直接ね。


 だからこの街だけじゃなく色々な街から人が集まってきてるんだ。もしかし

たら、はじまりの街で霊廟の奥へ行った人達もアドバンに来てるかもしれない。


 「だって直接神様に会える機会なんてそうそうないッスから!」

 「ふふっ、クゥちゃんはよくわかってますねー。えらいえらいモフモフ」


 突然、煙と共に現れるクロエ様。


 「そのクロエ様に直接モフられる気分はどう?」

 「クゥがデスりかけてるわ! 光の女神よ! この者を回復させたまえ! 

  ヒール!」

 「か、かみさま〜。突然はびっくりするッスでありまッス」


 回復魔法で回復した上に、おかしな言葉遣いになるぐらい驚いたらしい。


 「ロック君のパーティーに入ったんだから少しは慣れてねモフモフ」

 「神様ー、わたしもモフモフしたいでモフモフ」


 すごい目の保養になりながらも、目のやり場に困る空間ができあがってしま

った。こういう時は平常心を保つ事が何よりも大切だ。


 「チラチラ見ないでもっと見つめていいのよ?」

 「ちょっと目がいやらしいわよ! けど、少しだけなら見てもいいわ」

 「ロックさん〜! み、見ないでくださいッス!」


 平常心はデスッた。平常心って死に戻りするのかなぁなんて馬鹿な事を考え

ながら時間が過ぎていった。


 「いや、過ぎていっちゃダメだ! 早く決めないと」

 「何を決めるッスか?」

 「ふっふっふ、なんと! わたし達2日間だけ出店登録できたのよ!」

 「えぇっ!? 出店は既存のお店や商人優先なのによく取れたッスねー」

 「ジャックに聞いたら「俺にまかせときな!」って言って登録してきてくれ

  たんだよ」


 「迷宮都市アドバンに来たばかりの後輩が、本当の意味で街の一員になるた

めにどうしても出店させてやりたいんです! どうかお願いします!」と泣き

落としにうったえかけたらしい。

 それに感動した街のお偉いさんの働きかけで2日間だけメインストリートで

出店する権利を得る事ができたんだ。


 「ジャックの犠牲ぎせいで得られたこの機会を見逃すわけにはいかないわ!」

 「ジャックさんならさっきうちの店で師匠とダラダラしてたッス」

 「あいつ、最近だらしないわね!」

 「ジャックの評価が乱高下しすぎじゃないかな」

 「わたしに頼めばメインストリートで7日間出店もできたわよ?」

 「やっぱりジャックは用済みだったようね!」

 「いやいや、何言ってるのエリー。クロエ様いいんですよ。2日間だけ出店

  して他の日は普通にお祭りを楽しめれば」

 「それもそうね。わたしもロック君とのお祭り楽しみよ」

 「ロック、ちゃんと神様をエスコートするのよ!」


 お祭りがもうすぐなのもあり、いやおうにも盛り上がってしまう。そして何も

決まってなかった。


 「みんな脱線しすぎッス。ちなみにうちの店は今年は師匠が帰ってきたので

  ドワーフに伝わる郷土料理を鉄板でアレンジして出すらしいッス」

 「工房だから武器や装備類を出すのかと思ってたよ」

 「お祭り中じゃ誰も買わないッスよ。昔1回やって大不評だったらしいッス」


 お祭りの日にまで仕事で使う武器を見たくないのかもね。武器マニアの俺は

いつでも見てたいのになぁ。

 エリーの買ったガリアングレイゴーストキラーをたまに借りて一緒に寝てる

ぐらいだよ。一緒に寝てる事はエリーには内緒にしていて、次の日に何もなか

ったように返している。


 「2日間だけで売上トップを目指すわよ!」

 「えぇ……。さすがにそれは無理があると思うよ。何か秘策でもあるの?」

 「わたしがなんの秘策もなしにこんな事言い出すわけないじゃない! しっ

  かりとリサーチさせてもらったわ」

 

 俺達が知らない間にそんな事までしてたなんて。エリーの真剣さを感じる。

クロエ様はそんな風に話す俺たちを優しい目で見ていた。


 「何度かこの祭りに参加してるッスけど、トップって並大抵の事じゃなれな

  いッスよ?」

 「わたしのリサーチ結果によれば、このお祭りで魔法使いが出店する事って

  1度もなかったのよ。あいつらは暑さとか寒さとか接客とか大の苦手だか

  ら。わたしも含めてね!」

 「魔法使いの弱点はわかったよ。そろそろ何を出店するか教えてよ」

 「わたし達が出店するのは、エールと氷菓子よ!」


 俺とクゥは顔を見合わせると溜め息をついた。


 「エリーさん、それはないッスよ」

 「エールどころかいろいろなお酒を出すお店もあるらしいよ」


 今度はエリーが溜め息をつく。こいつら何もわかってない、ヤレヤレだぜみ

たいなリアクションをとっていた。


 「ほんとあんた達ダメダメね! わたしがこおる寸前まで冷やしたエールと、

  この辺じゃ食べる事すらできない、わたし特製の氷でできたお菓子をこの

  うだるような暑さの街で出すのよ? 大人には冷えたエール。女性や子供

  には甘くて冷たい氷菓子。売れない理由がないわ!」


 エリーは一気にまくしたてる。

 それを聞いた俺とクゥは完全にてのひらを返した。


 「「さすが、エリー様!」」

 「魔法使いが出店しない時点でこんな事をできるのはわたし達だけよ! わ

  たし達の勝利は揺るがないわ!」

 「エリーちゃんよく考えたわねー。こっちへいらっしゃい。なでなでしてあ

  げるわ」

 「わーい! 神様ありがとうございます!」


 エリーは神様に抱き付いてなでなでされている。俺だって抱き付いてなでな

でなんてされた事ないのに!

 しかしこのエリー様パワーに頼り切った出店内容じゃ完敗だよ。


 「自分、氷菓子って食べた事ないッス」

 「そういえば俺も食べた事ないね」

 「しかたないわねぇ! わたしが特別に作ってあげるわ! あっ、神様後で

  また続きしてください」


 名残惜なごりおしそうにしながら作りに行った。氷菓子って一体どんなのだろう。


 「楽しみッスね」

 「エリーちゃんが作る氷菓子はどんな味かしら」

 「クロエ様は氷菓子を食べた事あるんですか?」

 「もちろんあるわよー。自分で作る事ができちゃうからね」

 「神様の氷菓子とかその名前だけで天に昇りそうでッス」

 「ははは、クゥはうまい事言うねー」


 和気藹々わきあいあいとしながらエリーの氷菓子を待つ。


 「待たせたわね! 自信作よ!」


 エリーが持ってきたのは氷の塊に何かをかけたものに見えた。3人で恐る恐

る食べてみる。

 氷の塊なので硬い。かけられているのは果汁でおいしい。

 なんでだろう、すごく残念な気持ちで一杯なのは。


 考えてみれば当然だよ。俺もエリーも料理ができない。


 「不味くはないけど……うん」

 「エリーさん、これ味見したッスか?」

 「味見? このわたしが作った物を味見なんてするわけがないじゃない!」


 駄目だ。なんとかしないと。


 「エールはマスターに頼むとして氷菓子は試作品を作って、売り出せる物を

  作ろう」

 「わたしが一回作るからそれを食べてみましょう。美味しかったら作り方を

  エリーちゃんに伝授するわ」

 「自分はその氷菓子に合いそうなトッピングを考えるッス」


 方向性も決まった。時間もないし早く動き出さなくては。




 「なんて……事なの……。」


 落ち込むエリーがあまりにかわいそうだったので、現実を見せるために氷菓

子を食べさせてあげた。


 「かたッ! ふざけてるの! 誰よ、こんなの作ったの」


 全員でエリーを指差した。

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