第26話 グレイゴーストキラー
都市を下へ下へと降りて行き、今日は初めての迷宮魔窟にやってきている。
どれだけ戦えるかっていう下見も兼ねているので1層だけで早々と帰るつも
りなんだよね。
迷宮魔窟のモンスターは死霊と悪霊で構成されているので、攻略には聖水や
銀製の武器が必須になる。
俺は銀製の武器を持っていない。
ガリアさんに用意してもらったこの魔晶石製の武器は聖水の力や魔力を比較
的貯め込みやすく迷宮魔窟で役に立つとの事だった。
そういうわけで大量の聖水を買い込みいつでも使えるよう体中にセットした。
「兄ちゃん達は初顔だな。聖水装備しまくってやる気マンマンって感じか。
すぐデスッちまうかもしれないけど頑張ってこいよ」
「はい! 頑張ってきます」
入り口受付を済ませていよいよ、迷宮都市アドバンに来ての初ダンジョンと
いう事で不安と期待も高まってきた。
「わたしがいれば大丈夫よ! 少し肩の力を抜きなさい、ロック!」
前に俺がエリーに言った様な事を反対に言われてしまい苦笑いする。
「ありがとう。デスれないのもあって少し気負っていたよ。いつも通り後ろ
は任せたよ!」
「ふふっ、それでいいのよ。後ろから見てヤバイと思ったら即逃げるわ!」
本当に任せて大丈夫だろうか。
モンスターの情報は既に集めてある。
1層は「グレイゴースト」の巣窟。崩れかけた都市の間を障害物など意に介
せず、すり抜けて攻撃してくるのだとか。
「グレイゴーストは障害物をすり抜けるらしいから初めから常時警戒範囲拡
大していくよ」
「わかったわ! それにしてもグレイゴーストって名前かっこいいわね!
ただの死霊のくせに生意気よ」
「確かにかっこいい名前だよね。おっと、いきなり3匹が警戒範囲に入った
よ。2時の方向!」
「えぇ、こちらでも確認したわ。魔法展開!」
エリーが迎撃体勢に入ったのを見て俺もすぐに準備する。聖水の
わえ引き抜き、剣と投げナイフに振り掛ける。
薄い光の膜に覆われ聖なる力が宿ったようだ。
「きたわ! ホーリーアロー!」
3本の光り輝く矢が飛んでいく。
その内の2本は命中し、グレイゴーストは光の中へ消えていった。
仲間をやられた怒りか生者への憎しみか、残りの1体がこの世のものとは思
えない悲痛な叫びを上げ近づいてくる。
その一匹へ投げナイフを投げようとした瞬間、光の剣が最後のグレイゴース
トを切り裂いた。
後ろを振り向くと既にエリーが剣をしまうところだった。
「こいつら弱過ぎて話にならないわ! 1層を狩り尽くしてやりましょ」
「最後のはその剣だよね?」
「ミスリル「銀」よ! 魔力乗せるだけで破邪効果があるわ」
こいつらが弱過ぎるんじゃないよ。こいつらがエリーとの相性悪過ぎるんだ。
エリーはミスリル銀の剣で無双し続けた。
薄く魔力を通しただけの剣で近接し、剣技でもグレイゴーストを次々に圧倒
していく。
「ふははは! わたしに斬れない物なんてないわ!」
俺、何すればいいかな。
警戒での索敵に専念しエリーに場所と方角を伝える。
気が緩んでいたせいか、いくつもの障害物の向こう側にいた1匹のグレイゴ
ーストが突っ込んでくるのを見逃していた。
危ないと思い、
しかし、盾には聖水をかけておらず盾も腕もすり抜けてグレイゴーストは攻
撃してきた。運良く寸前で回避に成功したが肝を冷やす。
そのまま聖水の効力の残っていた剣で切り伏せ事なきを得る。
「もう何やってるのよ。仕方がないわねぇ」
それを見たエリーは溜め息をつきながら近づいてくると魔法を唱える。
「光の女神よ! この者に光の加護を! エンチャントホーリーライト!」
俺の体が光の膜に包まれ淡く光る。
「この魔法初めて見たよ。どんな効果あるの?」
「全身に破邪の効果を付加させる魔法よ」
「え……。」
もしかして俺が買い込んだこの大量の聖水って……。
「ロックったらわたしに何の相談もせずに聖水なんて無駄な物大量に買って
くるんですもの」
「ごめんね。まさかこんな魔法があるなんて知らなかったから」
「そ! れ! に! 昨日自分だけ全力投擲して吹き飛ばしておきながらわ
たしの魔法は止めたからそのお返しよ!」
「ちなみに昨日の魔法発動させたらどうなったの?」
「綺麗な氷の世界がガリアさんのお店にできあがる予定だったわ! 素敵で
しょ?」
「それは全力で止めてよかったよ。エリーお願いだから上位の魔法は街中で
絶対に使わないでね」
「わかってるわよ! ロックもちゃんとわたしに相談すること! わかった
わね?」
「はい、大変申し訳ありません」
テンプレの攻略方法にとらわれず同じパーティーのエリーに相談するべきだ
ったね。これから困った時はまずエリーと相談しよう。
「それじゃ1層のグレイゴーストを根絶やしにするわよ!」
「これで俺も戦える!」
2人で常時警戒と多少効果のある隠密を使いながら宙をフラフラしているグ
レイゴーストを撃墜していく。
そろそろ警戒にかかるグレイゴーストもいなくなってきたので入り口に戻る
事にした。
「決めたわ! この剣は「ガリアングレイゴーストキラー」にする!」
「いいね! やっぱりグレイゴーストはかっこいいなぁ」
「あれ、お前達デスらず歩いて戻ってきたのか」
「当たり前じゃない! デスらずに迷宮魔窟を攻略してやるわ!」
「毎回、歩きか転移門で戻ってくるんでよろしくお願いします」
管理人さんに挨拶して家へと帰った。
外へ出ると日も暮れかけで、昼間の暑さもだいぶ和らいでいた。
今日はエリーに冷やしてもらい冷えっ冷えのエールを2人で飲もう。前半は
納得いかなかったけど、迷宮魔窟でも充分戦える事を実感できた。
帰り際に
今夜も宴だ!
家に帰ると部屋を締め切り、エリーに魔法を使ってもらう。俺が寝ていた間
にかなり練習したみたいですぐに快適な温度になった。
「先にお風呂入っていいかしら?」
「もちろん、もう汗だくだからね」
地下にある迷宮魔窟は外よりはマシとはいえ、どこかジメッとしてこもった
暑さがあった。
今後は聖水を最小限にして飲料水を持ち込む事にしよう。
今日なんて途中から聖水を飲んで
聖水を飲料水に使うパーティーなんてきっと俺達の他にいないと思う。その
聖水もエリーが冷やしてくれたので、ゴクゴクとおいしくいただけた。
「ふぅ、気分爽快だわ! ロック入っていいわよ!」
「もういいの? それじゃ入ってくるね」
汗や砂埃を洗い流しエリーの言ってた通り気分爽快になった。そしてその状
態でこの快適な部屋に入るともう最高だった。
「お風呂の後、この部屋に入ったらすごいスーッとしたんだけど」
「そうね! これハマッちゃいそう!」
エリーも満面の笑みで同意してくれた。
買い込んだ食べ物を並べ夕食の準備も整い、グラスに冷えたエールを注ぐ。
「ロックがお風呂入ってる間に冷やしておいたわ」
「ありがとう。すごく冷えてるよ」
グラスに注がれたエールは最高に冷えていて料理の匂いも合わさり食欲をそ
そった。
「それじゃ初迷宮魔窟も無事にデスらずに済んだ記念に」
「「かんぱーい!」」
2人でグラスを軽く合わせて飲む。
「プハーッ! 仕事上がりにお風呂に入ってこの一杯……最高だわ!」
「そうだね。前半部分を丸々削ると女の子らしくなって最高だと思うよ」
「そんな事したら最高な部分がわからないじゃない! あっこれ、おいしそ
う、いっただきまーす」
エリーには女の子らしさより大切な物があるらしい。この快適な空間だとわ
からないでもないよ。
「エリー! それ2人分しか買ってないのに!」
「知らないのロック? こういうのはね、弱肉強食なの」
「弱肉強食ってこういう時に使うっけ……。早い者勝ちの事?」
「そうとも言うわね! ほら、少しだけ残してあげたわよ」
「うわー、エリーは本当にやさしいなー」
「真の強者は分け与えるのよ」
8割方食べられたタレのたっぷりついた肉に
さない。
すると、突然目の前に強烈な光が現れる。
「まぶしっ!」「キャッ!」
2人で目をやられる。目が慣れてきた頃には俺の横でグラスのエールを飲ん
でいるアリスがいた。
「アリス様!?」
「アリスにエールはまだ早いよ」
「ろっくおにーちゃん、何言ってるの? アリスは神様だからいいんだよ?」
「それでもこっちにしておこうよ」
そう言って果実で作ったジュースを出してあげた。
「こっちの方がおいしいかも! さっきのにがにがだった」
「普通のやり取り過ぎてわたしついていけないわ!」
エリーはアリスの事を元々知ってたみたいだけどクロエ様程は仲良くなれて
ないんだよね。
「今日はどうしたの?」
「アリスが来たって事はもう、わかってるくせにー。ろっくおにーちゃんの
い・じ・わ・る」
「まさか目の前でまた高度なおねーちゃんプレイを見せられるの!?」
エリーがとんでもない事を口走る。
「えりーおねーちゃんは前に扉の前で盗み聞きしてたもんねー」
イッシッシと笑う。エリーさん全部バレてたみたいですよ。
「アリスはやっぱりそういう事も
「それはもちろん神様だもん。今日はまたまた2人が成長したから出てこれ
たんだよぅ」
そういうといつもの光の舞を始める。アリスから光が流れ込んでくる。
「ちゃーららちゃらー! 2人が強くなった! えりーおねーちゃんはしっ
かりスキルの確認をしましょー」
「すみません、アリス様。ちゃんと確認しておきます!」
「ろっくおにーちゃんは新しいスキルを覚えた! おにーちゃん、あの覚え
方をアリスはあまりして欲しくないかも。ちょっとしんぱい」
「どの事かよくわからないけどごめんね」
「うんうん! 2人ともわかればよろしい。うん、まだ時間は大丈夫だよね。
ほら、アリスおねーちゃんにいっぱい甘えていいんだよ?」
エリーが恥ずかしそうに「ア、アリスおねーちゃん」と呼んでいた。
エリーは高度なおねーちゃんプレイを覚えた! 2人してアリスおねーちゃ
んと呼んであげるとアリスは嬉しそうにニコニコしながら満足しているようだ。
すごい不思議な時間を過ごした。
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