第19話 生きている事に感謝しよう


 「コンコン」


 いつもとは違い、俺がエリーの部屋のドアをノックする。


 「エリー、起きてるかい?」

 「わたし、エリー。今あなたの後ろにいるの」

 「うわっ! 驚かせないでよ」


 なんで宿屋で隠密使って後ろにいるの。


 「今朝起きたらあまりにも気分が悪くて水を浴びてきたのよ!」

 「なんで隠密使ってたのさ?」

 「ロックが忍び込もうとしてるのかと思って驚かせようとしたの。成功した

  みたいね」


 ニンマリと笑いながら言った。大成功だったよ。

 宿屋の階段を降り食堂へと向かう。


 「昨日だいぶ飲み過ぎてたみたいだったから宿屋に連れ帰ったんだよ。気分

  悪いのは大丈夫?」

 「えぇもう平気だわ! 回復魔法かけて水浴びたらスッキリしたもの」


 食堂でおやっさんに2人分の朝食を頼む。しばらくして、朝食をおばちゃん

が持ってきてくれた。


 「そういや、ロックあんたに伝言だよ」

 「俺に?」

 「朝早くギルドの使いが来てね。今日ギルドに顔を出して欲しいってさ」

 「へーなんだろう。ありがとうおばちゃん」


 何回言ったらわかるんだい、お姉さんだよ! と言いながら去って行った。


 「というわけで、朝食食べたらギルドに行こっか」

 「早く霊廟でぶっ放したいけど仕方ないわね!」


 手早く朝食を済ませて部屋で準備をする。ギルドに行った後、そのまま霊廟

に行く予定なのでその分も。

 エリーと合流してギルドに向かう間に昨日の酷い酔い方について話した。


 「昨日はロックの昔の話を聞いた辺りからなんかイライラして気がついたら

  宿屋で寝てたわ!」

 「俺が弱虫だった話でイライラしたんじゃないかなぁ」

 「違うわよ! 弱虫だったからこそ今のロックは慎重で冷静なんじゃない?」


 なるほど、弱虫である事が必ずしも欠点というわけじゃないのかも。


 「それじゃなんでイライラしたの?」

 「わたしにもわからないわね! うまく説明できない事ってあるものよ」


 本人がそう言うなら俺にはもっとわからないよね。


 「朝は状態異常残ってたけどそれを消した今はすごく気分が良いわ!」

 「ところで昨日のどこから覚えてないの?」

 「う゛ーう゛ー」


 頭を左右にかしげながら思い出そうとしている。ガンバレ! エリー!


 「ジャックがいたような……いなかったような……」


 衝撃が走る。ま、まさか……。


 「俺の同郷の3人と会った事覚えてるよね?」

 「愚問ね! 全く覚えてないわ!」


 エリー様、腕や足を吹っ飛ばしておいてそれはないかと思います。きっとあ

の3人はエリーを見たら逃げるだろうし大丈夫かな。




 「「「エリー様おはようございます!」」」


 ギルドに入ると3人はエリーにまるで練習したかのような挨拶をした。


 「あんた達誰なのよ? ロック、あんたの知り合い?」

 「昨日の話とついさっきの話しに出てきた俺の同郷の3人だよ」

 「なるほど! あんた達がロックにいじわるしてた連中ね!」


 ちょっと! 覚えてないとはいえさすがに昨日の再現はまずい。


 「あんた達、そこの壁に並んで正座しなさい!」


 「そもそもねー」と言いながら説教を始めた。ホッと胸をなでおろす。


 「それじゃ俺は話してくるね」


 と、一声掛け放置しカウンターに行く。あれならきっと大丈夫だよね。


 「こんにちはー。呼び出しがあったみたいなんですが」

 「ロックさん、お待ちしておりました」


 いつも対応してくれている職員だ。何かあったのかな。


 「ここで話せる内容ではないので上へ参りましょう」

 「はい、わかりました」


 ギルド職員に続いて階段を上る。


 (2階じゃないのかな)


 ギルドの3階は通常、関係者以外立ち入り禁止のため初めて来た。

 通路を進むと少し大きめの扉がありその扉を職員の人がノックをして入室す

る。


 「ロックさんがいらっしゃったので連れて参りました」

 「そうか。入ってくれ」


 飾りっ気のない無骨な部屋の中では、その熊のような風貌ふうぼうとは似合わず書類

と格闘してる人がいた。

 獣人って男女の見分けがつかないけど声は男かな。


 「待たせた。そこに座ってくれ」


 切りの良いところまで済んだようで話しかけてくる。


 「カレンにお前の事を聞いてな」

 「カレン?」

 「なんだ、カレン。お前自分の名前も教えてなかったのか」

 「なかなか機会がなかったもので。改めましてロックさん、わたくしはカレ

  ンと申します。以後そのようにお呼びください」

 「俺もいつも職員さんって呼んでましたから。今度からカレンさんって呼ば

  せてもらいますね」


 ギルド職員さんの名前をゲットした!


 「俺も自己紹介させてもらおうか。俺はここ、はじまりの街セレンでギルド

  マスターをさせてもらってるサドニアだ」

 「サドニアだって!? もしかしてあの獣人王の?」

 「そう呼ばれてた時もあったな」


 元冒険者、獣人王サドニア。

 彼のパーティーはいくつものダンジョンで多大な成果をあげただけでなく獣

人の力を世に知らしめた。

 俺が生まれる前、獣人族は離れて暮らしていてあまり接触する事がなかった

らしい。今では街中でたくさん見かけるようになったのも彼の功績だと言われ

ている。

 その功績をたたえられ獣人族の長から「獣人王」の称号を得たとか。

 詳しい冒険譚ぼうけんたんは絵本や童話として現在も親しまれている。


 「獣人王サドニアにお会いできるなんて光栄です」


 握手を求めると、笑いながら応じてくれた。少しの間歓談した後、


 「さて、そろそろ本題に入ってもいいか?」


 と切り出してきた。ここに呼ばれるような事があったかなと考えてみる。い

くつか思い浮かんでしまった……。


 「はい……。一体どのことでしょう」

 「そんなに身構えないでくれ。お前のパーティーに秘密裏に依頼をしたい」

 「え、依頼ですか」


 依頼の話と聞いて安心する。最近、肝を冷やす場面が多いような気がするの

は気のせいだろうか。


 「依頼内容はアルメイダの霊廟、グール生息エリアの詳細マップの作成だ」

 「ギルドマスターは知ってるんですか?」

 「グールレアの話なら知っている。ただし、知っているのはこの部屋にいる

  者だけだ」


 考えてみるが、特にデメリットはない。元々グールエリアのマッピングをし

てギルドに提出するつもりだったし渡りに船だよ。


 「秘密裏という事は俺達がマッピングしたという事を公表しないでもいいと

  いう事ですよね?」

 「そういう事になる。レアの出品を匿名にしたところを見るに悪目立ちした

  くないのだろう。経歴を調べさせてもらったが初心者のようだしな」

 「その通りですね。うちのパーティーメンバーに至っては冒険者になって1

  ヶ月も経ってないですよ」

 「それでグールエリアで狩れるのか……。先が楽しみだな」


 あごから長く生えた毛をいじりながら遠くを見ながら話す。その姿は歴戦の冒

険者にある貫禄かんろくのようなものを感じた。


 「おっと、話がそれてしまったな。依頼は受けてくれるか?」

 「はい、お受けします」

 「それは良かった。最近グールエリアが大人気でな。街の経済も活発化して

  おる。レアを持ち込んでくれた誰かさんには感謝している」


 肩をすくめながら冗談交じりに言った。

 子供の頃の憧れ、弱い「僕」に勇気を教えてくれた存在。そんな獣人王に感

謝される日が来るなんて本当に冒険者になって良かった。


 「詳細なマップを作るので期待していてください」

 「これは頼もしいな。期限を設けるつもりはないができるだけ早く頼む」

 「今回、極秘依頼ですので書面を残しません。わたくしが証人となります」

 「ロックは初めてだろうが極秘依頼みたいな特殊な依頼は第三者を証人とす

  る。書面がない事を理由にした不履行をなくすためだ」

 「へーそうなんですか。神様に頼んじゃダメなんですか?」

 「さすがにこんな事を神様にお願いするわけにはいかな……」


 いつものぼわわんという煙の後に胸から上だけクロエ様が現れる。


 「はーい、クロエ様が証人になりましたよー。ちゃんと守らないとダメだぞ。

  それじゃロック君まったねー」


 それだけ言って帰って行った。すぐに帰っちゃったし少し忙しいのかもね。


 「神様……久しぶりにお会いしたな」

 「わたしなんてまだ2度目ですよ」

 「へーそうなんですか。俺は昨日ぶりですね」


 ギルドマスターとカレンさんは目を見開いてこちらを見ている。おかしな事

は特に言ってないはずだけど。


 「お前は必ず大物になる予感がする」

 「やはりわたしの目に狂いはなかったようです」

 「よくわからないけど、ありがとうございます?」


 極秘依頼を受け退室し下へ戻る。そういえば3人とエリーは放置したままだ

ったけど大丈夫だろうか。

 昨日みたいな事になってないといいんだけど。


 「エリー様! ありがとうございます」

 「声が小さい! やり直しよ!」

 「エリー様! ありがとうございます!!」


 何をやってるのかな。3人は代わる代わるエリーに踏まれていた。そして踏

まれた後お礼を言っていた。自分でも何を言ってるのかよくわかんない。


 「あの、エリーさん何をしてらっしゃるのですか?」

 「ロック遅いわよ! 見ればわかるじゃない。こいつらが生きていられる事

  に感謝させてるの!」


 酒場で飲んでる人達もギルド職員ですら見ないフリをしてるよ……。

 あまりに恥ずかしくて俺は3人に「またね」と声をかけエリーの手を掴んで

ギルドから逃げ出したんだ。


 「もう突然どうしたのよ! いつになく強引ね。でも、ちょっとどきどきし

  たわ」


 後半尻すぼみでよく聞こえなかったが顔を赤くするエリー。



 だがしかし、今の俺の顔はあの場の恥ずかしさで耳まで真っ赤なはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る