第18話 新型デス
「ちょっと! あんた達聞いてんの!?」
「はい! エリー様聞いてます!」
3人が顔を真っ青にして正座させられたまま答える。本当にどうしてこうな
ったのか。きっとエリーに絡んでしまったのが運のつきだったのだろう。
ジャック? 既に逃げた後だよ。
「お前はじまりの街まで来ておきながら女とつるんでるのか?」
「俺達よりも先に村を出て行ってやるじゃんとか思ってたらこれかよ」
「けどこの女かなりかわいいぜ。おい、俺達と一緒に飲めよ」
あぁ……、神様、クロエ様どうかお救いください。
一瞬ぼわわーんと顔だけ現れたクロエ様はこう仰った。
「他の女の子の問題は自分でどうにかしないとダメだぞ」
はい、その通りですね。彼らには
「あんた達がー、ヒック、ロックの話に出てきたやんちゃ野郎どもにぇー」
エリーが戦闘体勢に入ったのを見て周囲の人は逃げだす。皆ジャックの悲劇
を目の当たりにしてるから。
ギルドや酒場での喧嘩は禁止どころか余興として人気がある。もし何か間違
いがあったとしてもデスるだけだし何も問題がない。
他の人に迷惑を掛けない程度に、というのが暗黙の了解。
「なんだこの女、俺達とやろうってのか?」
そう言ってエリーに掴みかかろうとした瞬間、腕がクルクルと宙を舞った。
「ねぇ知ってるー? 人って腕が吹き飛んだぐらいじゃデスらないの。あは
ははは!」
腕を飛ばされた1人は
「あら、腕がなくなるなんてかわいそうだわ! 治してあげりゅー!」
蹲ったままの1人に腕を無理矢理ゴリゴリしていた。
「光の女神よ! この者を回復させたまえ! ヒール!」
「すっごーい! 手品みたいでしょ?」
フラフラしたまま誰に話し掛けるでもなく話す。俺は知っている。回復魔法
にあんな猟奇的な儀式は必要ないって。
「返事ないにゃあ。首だとデスッちゃうから足いっちゃおー!」
動けない2人の足が吹き飛んだ。血塗れになりながら佇むエリー。
「どお? 痛いでしょ? けどね、ロックの痛みはこんなもんじゃなかった
のよ!」
やっぱり何もわかってなかったみたい。俺の痛みはこんなに酷いものじゃあ
りませんでした! むしろ人生の教訓の1つになってたぐらいなのにあんまり
だよ!
こうして回復魔法で無理矢理に体を接続されて3人は正座させられたってわ
け。本当に意味がわからない。
「さっきにぇージャックのやつにも話したけどー、ヒック、今のロックと戦
ったらあんた達数秒もたないわ! たぶんわたしも数秒で
3人が目を見開きこちらを見る。
「エリー、それ以上は話さないように」
「はーい! 怒られちゃったわ! それじゃわたし寝るわ! ぐぅぅ」
今日のエリーの酔っ払い具合は酷かった。今までで一番タチが悪かったよ。
「久しぶりに会ったのにごめんね。言い訳すると、さっき笑ったのはその直
前に村での話をしてたからなんだ」
3人を酒場の椅子に座らせてお酒を頼む。
「ついに家を追い出されたの?」
「成人しちまったからな」
「ここに来たって事は、やっぱり冒険者だよね」
うちの村は成人すると家を継ぐ長男以外の男は家を追い出される。小さな村
では新たに拓ける土地などなく、大抵の男が冒険者となる。
俺の親は本当の親ではないが俺しか子供がいなかった。なんの取り得もない
弱虫な俺が将来安泰な事をやっかんでも仕方ないんじゃないかな。
「俺達もすまん。ロックがそんなに心を痛めていたなんて知らなかった」
「いやいや、エリーの言ってた事は気にしないで。確かに昔の俺はハッキリ
しなくて弱虫だったのは事実なんだからさ」
「成人する前に冒険者になるために出て行ったってロックの親から聞いた時
はほんとすげぇって思ったんだ」
「それなのに昔のままかと思ったら頭にきちまって。けどまさかあんな悪魔
を
「ちなみにそれ本人に聞かれたらさっきより酷い目に合うから気をつけてね」
俺達はまだ幼かった頃のわだかまりをお酒で洗い流し、冒険者の先輩として
いろいろな話を聞かせてあげた。
「まだ早い時間だし、試しに初心者ダンジョン行ってみる?」
「本当か!? 実は俺達だけで来たのは良いけど少し心細くてな」
ポリポリと恥ずかしそうに頭を掻く。
「教会でお祈りは済ませた?」
フルフルと首を横に振る。
「新しい街にきたらその足で教会へ行くぐらいのつもりでいてね。そうしな
いとジャックみたいに他の街まで死に戻されたりするから」
ジャックがギルドの依頼で隣町まで行った時にあっちの教会でお祈りをした
らしい。帰ってくる時にそれをすっかり忘れそのままダンジョンへ行った。後
は簡単に想像できる。
「それじゃ俺はエリーを宿に運んでくるから3人は教会でお祈りしてきなよ」
「わかったぜ。終わったらここの前で待ってる」
俺がエリーを軽々と片腕で持ち上げて抱えるのに驚いてる3人に「また後で」
と言い残して宿屋に向かった。
宿屋にエリーを置いた後、1度自分の部屋に戻り装備を整える。初心者ダン
ジョンなので、久々にヤリといつもの投げナイフ、そして背中に軽盾を装備し
ギルド前まで戻る。
「俺達こんな格好だけど大丈夫か?」
「平気だよ。まずはモンスター相手の戦闘とデスる事に慣れないとね」
初心者ダンジョン前でダンカンさんに3人を紹介する。
「俺の同郷から来たんだ。ここに通うから良くしてあげてね」
「よろしくおねがいしますっ!」
「おーおー、元気が良くていいな。頑張れよ。ロック、ボスはどうすんだ?」
「3人はデスらせるつもりだけど倒しちゃっていい?」
「まーこの時間だしな。朝入った初心者もさっき出てきたから中は誰もおら
んし自由にして構わんぞ」
「ありがとー。それじゃ行ってくるね」
3人を連れて中に入る。だいぶ緊張してるみたいだ。
「ここのダンジョンはスライムしか出ないからそんなに緊張しないでリラッ
クス、リラックス」
「お、おう」
ダンジョンの基本的な事や初心者ダンジョンでのセオリーを教えながら進む。
3人とも動物との戦闘経験はあるようでスライムに臆することなく戦闘をし
ていた。苦戦はしていたけれども。
スライムは弱点の核が移動するからね。手早く倒さないと核に攻撃が当たり
づらくなってしまう。最弱なりの知恵なのか。
「ロックは今どれぐらい戦えるんだ?」
「んー、スライム相手じゃちょっとわかりづらいかなぁ。あっちにでかい岩
あるのわかる?」
「50メートルぐらい先にあるな」
「あの岩をよく見ててね」
投げナイフを取り出しその岩目掛けて軽く投げる。風を切る音が聞こえたか
と思うとでかい岩は砕け散った。
「軽くでアレぐらいかな」
「今のって投げナイフだよな……?」
「ナイフって爆発するのか?」とか「この距離で当たるのか」とか話してる。
なんと、当たるんです!
そんな手本を見せつつボス部屋までたどりついた。
「それではこれより皆さんにはデスッてもらいます」
説明はしたけど初めてダンジョンでデスるのって少し怖いんだよね。
「初心者の皆はここでデスる基本を覚えるんだよ。さぁ張り切って死のう」
俺は怖がり逃げ回る姿を見ていたが昔の事を思い出し叫ぶ。
「昔、練習していたデスりをここで使うんだ!」
3人は顔を見合わせると頷き合って巨大スライムに突っ込んで行った。そし
てジャンプし、回転しながら叫んだ。
「トルネードデス!」
「ナイス! デス!」
トルネードデスか。俺もやりたい、デスりたいという衝動を抑え、巨大スラ
イムにトルネードデスをパクッたヤリのトルネード
はぁスッキリ!
ダンカンさんに報告して教会に死に戻った3人と合流する。
「こんな感じかな。初ダンジョンどうだった?」
「最後はパニックだったけどこれならいけそうだ」
「俺達さ、さっき話してたんだけどロックを目標にして頑張るよ」
「だからロックもいつまでも俺達の目標でいてくれよな」
「あぁ、お互いに頑張ろう!」
熱い握手を交わし別れた。宿屋に置いてきたエリーも心配だし帰ろう。
宿に戻るとエリーはグッスリ眠っていて起きる気配がなかった。宿のおばち
ゃんに頼んで合鍵で鍵をかけてもらう。
オフのはずが
「クロエさまー」
「はいはーい、クロエ様ですよー」
座っていた俺の後ろにボリュームのある温かみを感じる。後ろから腕を回さ
れ抱き締められると背中に柔らかくて大きい感触がする。
「あ、あのクロエ様?」
「アリスにもされてたでしょ? わたしに後ろから抱きつかれるのはどう?」
神でした。神様だけど神でした。
の心地良さで、目を閉じると行った事もない南国の島国が思い浮かぶ。
「最高です。クロエ様こそ最高神です」
「わたし、神様ですから」
そう言いながら顔を寄せて包みこむような声で話す。
「過去を乗り越えるのは大変な事だったね。でもそれがロック君の新しい力
になるわ。試練を乗り越えたロック君にクロエの祝福を与えます」
「祝福ですか?」
クロエ様の方を振り返り尋ねる。するとクロエ様は振り返った俺の口にキス
をしてきた。
それは春の日差しのように温かで、周囲に突然草花が生えてそれが広がって
いくような不可思議な体験だった。そして体に何かが芽吹いたのがわかる。
「これでロック君は本当にわたしの特別。これからもいっぱい甘えてね」
なでなでちゅっちゅとされながら先日の事を聞いてみたが「それは内緒よ」
とかわいく言われてしまいそれ以上聞く事はできなかった。
「心に引っ掛かっていた過去を乗り越えたけど俺はこれからも頑張ります」
「そんな男の子してるロック君がわたしは大好きよ。それじゃ名残惜しいけ
ど今日は帰らないと。またね、ばいばーい」
頬にチュッとキスをすると手を振りながら帰っていった。なんだか最近クロ
エ様がすごく親しげというか……まるで人で言う恋人同士みたいなんだけど神
界ではこれが普通なのかな。アリスもすごく親しげだし。
神様を人程度の物差しで測ってはいけないという事なのかもしれない。
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