第17話 「僕」が「俺」になった理由


 エリーが言うには先日のグール地点は今日も燃え続けるだろうとの事だった。

完全詠唱された上位魔法の威力が恐ろしい。

 そして成長を経てそんな上位魔法を複数回使えるようになってしまったエリ

ーを初心者だと馬鹿にする人はいないだろう。


 エリー本人も今回はやりすぎた。今は反省していると言っているのでどうか

許してやってほしい。

 メイン狩場周辺が燃え続けている事もあって、成長したスキルを確認し再度

お互いの戦力と気になった部分について情報交換をする事にした。


 「ギルドの酒場で飲むのもたまにはいいわ!」

 「いつも宿屋の食堂だったからね。けど本題は作戦を練る事だって忘れない

  でよ」

 「わかってるわよ! それじゃかんぱーい!」


 金属製のジョッキを軽くぶつけ合い飲みながら話す。新鮮な麦のにおいを感

じるがそれでいてフルーティーな味わい。そしてなにより、このシュワッとし

た不思議な口当たりが好きだ。


 「プハーッ! 休みの日に昼間から飲むお酒は最高ね!」

 「そうだね。ダンジョンに行った日は気を張ってるから」

 「ロックはスキルの確認したの? わたし、すごい成長してたわ!」


 言われてみてまだスキルの確認すらしていなかった事に気づく。


 「俺はまだしてなかったよ。エリーはなんのスキルが成長してたの?」

 「ふっふっふ。聞いて驚きなさい。以前取った4つのスキルと詠唱が成長し

  てたわ!」


 4つのスキル? 隠密、鉄壁の盾、即死回避は成長型だからわかる。警戒が

成長型だなんて聞いた事がないんだけど。

 声をひそめてエリーに聞き返す。


 「エリー、ここからは小声でお願い。隠密、鉄壁の盾、即死回避はわかるん

  だけど警戒も成長したの?」


 耳元で話すとエリーはくすぐったそうにしながら答える。


 「もう、くすぐったいわよロック。警戒も成長したけど問題あるの?」


 いや、それは問題大有りだよ。警戒は使い続ける事で効果範囲を広げる事は

できる。ただし成長するなんて話は聞いた事がない。


 「警戒は成長型に分類されてないんだ」

 「え? そうなの?」

 「うん。これから警戒の成長に関わる話は人の目がない場所でしよっか」

 「そうね。わかったわ!」

 「ちょっと俺もスキルの確認してみるよ」


 バッチリ警戒も成長してた。4つのスキルの後ろに「Level」という文字が

追加され警戒はLevel3、それ以外の3つのスキルはLevel2となっていた。

 それは違い、武芸は「武芸十般」という名前に変更されていた。


 「確認したよ。俺も4つのスキル成長していたよ。武芸も成長してたけどそ

  れはアリスに聞いていたしね」

 「ロックも成長したとなると条件やトリガーがあるのかもしれないわね!」


 そういう考え方もあるんだね。さすが元首席だけある。


 「それより聞いてよ! 詠唱も詠唱+に成長してたのよ! 詠唱+とか詠唱

時間延びそうな名前よね!」


 あっはっはっはと大笑いするエリー。スキルの成長はいくつかパターンがあ

るとわかった。


 「俺の武芸も「武芸十般」になってたよ」

 「そっちはかっこいいじゃない! スキルの成長って統一感なくてわかりづ

  らいわね!」


 本当にその通りだ。今度、紙にでもまとめておこう。

 基本は先日同様、遠距離主体で戦い武芸のために近距離もぜていくと

いう事で作戦会議は終わった。



 「聞きづらい事だから聞かずにいたけど家の事は本当にいいの?」

 「愚問ね! あんな家もう2度と帰りたくないわ! 強いて言えば母の事が

  気がかりかしら」


 そういえばエリーが母親の話題に触れるのは初めてだったかもしれない。


 「母はとにかく自由な人でフラフラとどこかへ行ってしまう事が多かったわ。

  頭の固い父も母には頭が上がらなくてね。そんなあの男は、母がいない時

  を見計らってわたしを政略結婚の駒にしようとしたのよ!」

 「なるほどねぇ。それならお母さんは心配してるんじゃない?」

 「大丈夫よ! たぶん母は心配になったらすぐにわたしを見つけるもの。わ

  たしが家を出た事すら未だに知らないかもね!」


 聞けば聞く程不思議なお母さんみたい。だいぶ呂律ろれつが回らなくなってるので

どこまで本当かはわからないが。


 「ロックゥー。あなたもたまには自分の事話しなさいよー! げふぅっ」


 これはかなりベロベロだ。女の子が大っぴらに出しちゃいけない音すらして

くる。


 「俺の事かぁ。昔は自分をあまり好きじゃなかったんだよね」


 過去を振り返りながら話し始める。


 13才で家を出る前の僕は何をやっても平均かそれ以下で、自分に自信がな

く少し弱虫な少年だった。

 女の子とばかり遊んでるって、村のやんちゃで元気な子供達にからかわれた

りもしたなぁ。

 今思えばその子供達も悪気があったわけではない事はわかっている。子供な

ら誰しもそういったコントロールの効かない時期があるものだろう。


 けどその頃の僕にはそんな事はわからなかったし、僕自身を変えたくて冒険

者になろうと決意したんだ。

 同じ村出身のジャックがはじまりの街で冒険者をやってると聞きそれを頼り

に村を飛び出したってわけ。


 その日から「僕」は「俺」になったんだよ。



 エリーは静かに話を聞いていた。が、少しすると大泣きしはじめた。


 「ロ゛ック゛ゥゥゥ! あなたも苦労したのね!」

 「え、今の過去話にそんな苦労した事なかったよね!?」

 「いえ、何も言わなくてもわたしにはわかってるわ! ロックはたまに自分

  の事を「僕」って言いそうになってたもの!」


 だめだ。俺にはわかる、エリーが何もわかってないという事を。

 そして気づかれないようにしてたけど、実際は僕って言いそうになるのを気

づかれてたのもわかっちゃったよ。


 そんなタイミングでジャックが現れる。


 「よっ! お二人さん、エリー様はだいぶできあがってるな」

 「今、あんたの事も話してたのよ! あんたのせいで! あんたのせいで!」

 「ちょっとエリー、ジャックにはお世話になった話をしたよね!?」

 「ロック何を話したのかわからんが、俺逃げなくて大丈夫だよな……?」

 「そうだったわ! ロックが随分とお世話になったみたいね! たっぷりお

  礼をしてあげないと!」


 エリー、そのセリフはどう見ても脅し文句にしかなってないよ。ジャックが

ガタガタ震え出してるじゃない。


 「ありがとうございましたぁっ!」

 「あ、あぁ。どういたしましてって、普通のお礼?」

 「そうよ! それ以外に何があるの!」


 胸を撫で下ろすジャック。だけど俺は見逃さなかった。ジャックが少し落胆

しているのを。


 「俺がジャックを頼りにしてはじまりの街にくる前の話をしてたんだよ」

 「あーそういう事か」


 いつもの調子を取り戻すジャック。


 「あんなに気弱だったロックがまさか冒険者になるとはな。何がどうなるか

  わからないもんだ」


 そう笑いながら話すジャックは、皆のお兄ちゃん的存在として頼りにされて

いた頃と何一つ変わらなかった。

 俺にとってはいつまでも憧れの存在であり先輩だ。



 「1つ言っておくわ! ジャックは今のロックに勝てないわよ!」


 誰か助けてください! この酔っ払いを止めてぇぇぇっ!


 「それは聞き捨てならないな。さすがに初心者2人に負ける俺ではない」

 「何言ってるのよ! 2人だったらジャックは何も出来ずにデスループする

  わよ?」


 エリーは呆れながら話す。そしてついに爆弾を投下する。


 「ロックもわたしもグールを数秒で倒せるわ」

 「え……。ほんとに?」


 こっちを向いて聞いてくるジャック。これはもう隠せないかな。


 「ジャック、お願いだからここだけの話にしてね。今、俺とエリーはグール

  狩りしてるんだよ」

 「それじゃグールデス祭りの発端になったグールレアの出品者って」

 「俺とエリーだね」


 ジャックは顔に手を当てしばらく考え込んだ。


 「今ので酔いが完全に覚めた。ロック、お前いつの間にかとんでもなく強く

  なってたんだな」

 「これもジャックや手助けをしてくれた皆と、そこで誰もいない方向に話し

  掛けてるエリーのお陰さ」


 俺とジャックはジョッキをぶつけ合い再度飲み直す事にした。エリーは魔法

道とかいうのについて空気とディベートしていた。



 「ジャックさん! お久しぶりです。俺達の事覚えてますか?」


 これは昔の事を話したりしたからだろうか。そこには見覚えのある顔ぶれが。

 くだんの話で出てきた村のやんちゃな子供達の内の3人だ。こんな偶然

があるのかと少しおかしくなって笑ってしまった。


 「ん? よく見たらロックじゃん。久しぶりに会ったと思ったら俺達の事を

  見て笑うとはご挨拶だな!」


 周囲に不穏な空気が流れ出す。


 これはどうしたものかなぁ。

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