第3話:ホラーさんは、楽しいのが好き
ジャンルは、次の家に挨拶へ向かうことになった。
ただし案内役に、なぜかエスエフが加わった。
「あたしは、ボディガードよ♥」
「のどかな、この町のどこに敵がいるんですか?」
「油断大敵なのよ、ジャンルちゃん! 火山が噴火してマグマが流れてくるかもしれないし、海が荒れて津波が襲ってくるかもしれないでしょ!」
「火山も海もこの近くにありませんよね?」
「落雷や地割れの心配だってあるでしょ」
「今日は晴天そのものですし、地割れではもうどうしようもないですよね?」
「とにかく、何があってもあたしが守ってあ・げ・る♥ 私の肉体は、科学の力で炎も雷も耐えられちゃうのよ。マグマにも地割れにも耐えられるわよん♥」
「地割れに耐えるって……どういう理論ですか、それ」
「ん? もちろん、SFなんだから『総耐性理論』よ♥」
「……アルベルト・アインシュタインに『SFなめんな』って怒られますよ?」
「――さて。お2人さん。無駄話している間につきましたよ」
そう割り込んだのは、現ドラだった。
その声に2人は、思わずビクッと体を震わせる。
「びっ、びっくりした……そういえばいたんでしたね、現ドラさん」
「…………」
「あ、ごめんなさい。存在感がまったくなかったものですから……」
「いいんですよ。存在感なく、おはようからおやすみまで、いつもあなたのそばにいる、現代ドラマはそういうものなのです」
ジャンルは「ストーカーみたい」と心で思ったが、さすがにそれは失礼かと思い口にしなかった。
「ところで、ここはどなたのウチなのですか?」
目の前の家は、先ほどとは打って変わってまったくもって普通の家だ。
特徴という特徴はなく、ごく普通のログハウス。
「ここはね、ホラーちゃんのオウチよ。ホラーちゃんはね、かわいい女の子なの」
最後に「うふ♥」と笑うエスエフに、ジャンヌは眉間に皺を寄せてしまう。
「女の子って……性別は女性ですか?」
「……な、なに当たり前のことを言ってるの、ジャンルちゃん?」
「いえ、あなたが仰っているのでつい。……ちなみにエスエフさんの性別はなんでしょうか?」
「あたし? あたしはぁ……男の娘よ♥」
「……全国の男の娘ファンに謝った方がいいですよ」
「――どーして!?」
――ガチャ!
突然、目の前のドアが開く。
そこから現れたのは、真っ黒のゴシックロリータ衣装を身にまとった、ツインテールの女の子だった。
漆黒の髪に、黒曜石のような瞳、そして病的なまでに白い肌が特徴的だった。
「先ほどから人の家の前でうるさいのですわ」
「あ~ら、ごめんなさいね♥」
エスエフが謝る横に、現ドラが並ぶ。
「すいませんでした、ホラーさん。新しい住人を紹介のために連れてきました」
「ああ。神様の言っていた……。こんにちは、わたくしはホラーですわ」
スカートの裾をつまんで、しとやかに挨拶するホラーに、慌ててジャンルも頭をさげる。
「はじめまして。ジャンル・ダベルと申します。以後、お見知りおきを」
挨拶をしながら、ジャンルは少し喜んだ。
目の前のかわいらしい女の子は、かなりまともそうである。
やっと友達ができるかもしれない。
(よし! この機会に親密度を上げておこう!)
それにはやはりおしゃべりをするべきだと話題を考える。
「あ、えーっと……。ホラーさんはやっぱり、幽霊とかお好きなのですか?」
「……はぁ~あっ!?」
突然、かわいい顔の眉間に激しい皺が寄り、今までまん丸だった双眸が逆三角形に切り替わった。
「あなた、なに仰ってんですの? 幽霊が好き? おバカですか?」
「えっ……」
「好きなわけないし、そもそも幽霊なんて実在するわけないですわ!」
「え? でもよく心霊写真とか……」
「あんなのプラズマですべて説明できますわ! それに今ならフォトショがあれば簡単に作り出せますのよ!」
「は、はあ……」
「オカルトなんて信じるのはバカですわ、バーカですわ」
「で、でも、あなたはホラーさんですよね?」
「おバカですの? おバカですの? おバカですの? ホラーがオカルト好きなんて誰が決めたのです?」
「え……いや、でも……」
「誰が決めたか言ってごらんなさいな。誰が、どこで、いつ言ったと? 地球が何回まわった日ですの?」
「小学生ですか……」
「わたくし、そういうバカバカしいことは信じないタチですわ。残念ながらあなたとは、まったくお友達になれそうにありませんわね!」
「あ……ご、ごめんなさい……」
ジャンルは両肩を落としてうつむいてしまう。
しまった、失敗したと後悔する。
せっかくこの世界で友達を作ろうと思っていたのだが、まさか逆に相手を怒らせてしまうとは思わなかったのだ。
「…………」
その様子を見ていた現ドラが、すーっと腕を上げていく。
そしてホラーの後ろ、部屋の中を指さした。
無表情のままで、口がボソボソと動きだす。
「あ……今、ホラーさんの後ろで白い影がふわ~っと……」
「――きゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」
甲高い悲鳴をあげて、ホラーが跳びあがったかと思うと、一番手前にいたジャンルの背後に身を隠した。
しかも、ジャンルの服を絞るように掴み、体をガタガタと震わせている。
「お化け怖いですわ、お化け怖いですわ……」
「……え? ホラーさん?」
ブルブルとしている顔を見ると、完全に涙目である。
先ほどまでの強気な態度の欠片もない。
その様子は、寒さに震える真っ黒な子犬のようだった。
「このように、ホラーさんは怖い話に弱いのです」
現ドラの言葉に、ジャンルは目をパチクリさせる。
ホラーのくせにオカルトを信じず、信じていないのに怖がっている。
まったく意味がわからない。
「……げ、現ドラ! あなた、騙しましたわね!」
やっと騙されたことに気がついたホラーが、怒りに拳をプルプルと震わせる。
「天誅ですわ!」
そしてそのまま現ドラの腹部に勢いよくめりこます。
途端、現ドラは激しく吐血した。
「――ぐはっ!」
その血は異常なほどに大量だ。
「――きゃああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」
また響く、ホラーの悲鳴。
その場で気を失って、彼女が倒れそうになる。
それをさっと支えたのは、エスエフだった。
「もう、現ドラちゃん。やりすぎよん」
「すいません、つい。……あ、ちなみにこれは血糊です」
不安そうなジャンルに、現ドラがやはり無表情で説明した。
「……血糊?」
「はい。こんな事もあろうかと用意しておきました」
「どんなことを想定していたんですか!? ってか、ホラーさんって、血にも弱いんですか?」
「ええ。面白いでしょう?」
「……面白いと言うよりあなた方は、アイデンティティーという言葉について学ぶべきだと思いますよ」
ちなみに気がついたホラーは、いろいろと怖くなり1人では眠れないため、その日の夜は一番近くの女性であるジャンルのうちに泊めてもらうことになったのであった。
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