閑話そのニ

サンタクロース降下大作戦!

※フィクションですよ~。でもやって欲しい。クリスマスの小話です。





 あんなに暑かった夏はいつの間にか冬に変わっていた。秋の物寂しい余韻を味わう暇はなく、空は冬色に変わっていた。


「なんで俺なんだよっ!」


 メールを開いて面倒臭そうに頭をワシワシ掻くのは、ここ空港基地所属の海上保安官である。


「隊長しかいないってわざわざ書かれていますよ、ほら」

「だからさ、なんでわざわざ指名するんだ。俺しかいない理由はなんだ」

「そりゃ、一番それらしいからでしょう」

「それは俺がおっさんだからか。けどあれだろ、もっと割腹のいいのが海の上に浮かんでるだろ」

「浮かんでるって……」


 納得が行かないと文句を言う五十嵐に部下たちは苦笑いをするしかない。今年は第七管区で冬のイベントをするらしく、師走の慌ただしい中にねじ込んで来たのだ。そんな五十嵐に臆することなく物を言うのは、救難ヘリコプターを操る女性パイロットの愛海まなみだった。


「隊長のサンタクロース。かっこいいと思いますよ~。ソリじゃなくてヘリから降りてくるなんて世界中探しても七管にしかいませんよ。子どもたちは大喜び、奥様は目がハートになること間違いなし」


 ヘリで降りてくるのはあくまでも例え話だ。安全上の問題でそんな許可が下りるわけがない。しかし勝利は食いついた。特に、最後の言葉に。


「海音の目が、ハートになるのか……」

「え、そこですか隊長」

「なるほどな」


 さっきまで文句を言っていたのに、勝利の目がキラキラ怪しげに光る。この隊長の最大の弱点は嫁だ。嫁が願えば火の中だって喜んで飛び込むはずだ。


「とにかく、隊長。返信しておいてくださいね。湾にはやしまも入りますから。その、着艦訓練とか、ありますから」

「分かった。やるからには全力だぞ!」

「は、い」


 部下たちは、勝利を焚き付けたことに少しだけ後悔をしながら、業務に戻って行った。


 題して「サンタクロース降下大作戦」という展示が、秘密裏に進められることになる。



 ◇



「ショウさん!」

「んー、どうした海音」


 リビングで息子の海優かいゆうをあやしながら勝利が答える。海音は郵便受けからあるものを取ってきた。それは、


「七管区友の会からお手紙がきたとよ」

「開けてみろよ」

「あーっ。その顔、ショウさんが絡んどるっちゃろ」


 にやりと笑う勝利。海音は自分宛のそれの封を開けた。中から出てきたのは冬のイベントのお知らせと招待状だった。海音は夫が保安官でありながらも、会費を払って第七管区友の会というものに入っていた。海上保安庁の活動報告やイベントのお知らせなどが定期的に届くものだ。


「応募しとらんのに冬のイベントの当選がきたんやけど。しかも、やしまの乗船当選通知。ショウさん? なんがあるとよ」


 海音はソファに座る勝利の隣に体をねじこんだ。勝利の腕に抱かれた海優はとてもご機嫌だ。首も座り体もしっかりとしてきたし、この頃はよく笑うようになった。


かいくーん。パパがなんか企んどるよ~。なんやろうねぇ」


 頬をぷにぷに押すとにこにこして、力強く足を伸ばした。


「おーっと、仰け反るなよ。落とすぞ」

「ふふっ。ショウさんは何があっても落とさんもんね」

「海音」

「ん?」


ーー ちゅ。


「もぅ、ショウさん」


 こうやって、隙きをついてキスをする勝利に海音は頬を赤く染めた。毎日どこかでキスをしているのに、どうしてかまだ照れが顔に出てしまう。その反応を見て、勝利が気を良くするのもお馴染みの光景だった。


「海音は可愛いよ。ずっとこのままでいてくれよ」

「保証はできんよ? 年を取っていくし、どんどんオバさんになっていくもん」

「海音がオバサンになったら、おれは爺さんだぞ」

「やだ、ショウさんはショウさんよ」


 勝利は可愛いことを言う海音を、このまま押し倒したいのを我慢して、そっと抱き寄せることで誤魔化した。


(海優、今夜は早く寝てくれよ~)


 昼も夜もない赤ちゃんには無理な話だと、分かっているけど願ってしまう男のサガ


「この日はやしまで待ってろよ? いいことがあるぞ、きっと」

「うん分かった。カイくんはお母さんに頼むから。まだ冬の海は無理かな」

「おう。海優すまんな」


 やしまの乗船は1時間程度だ。それくらいなら母親と離れても大丈夫だろう。海音は勝利捜索でお世話になったやしまの乗船に、期待で胸を膨らませた。




o,+:。☆.*・+。o,+:。☆.*・+。




 冬の港はとても寒い。でも今日はお日様も出て外はとても明るかった。冷たい風に体は驚くけれど、空は青く澄んでいた。ダウンコートの下にカイロを忍ばせて、海音は乗船手続きをした。


「お待ちしておりましたよ。五十嵐夫人」


 やしまの乗船ゲートで迎えてくれた見覚えのある顔。海音は目を大きく開けて「あっ!」と思わず声を漏らした。勝利がまだ巡視船の船長をしていた時、航海長をしていた江本だった。


「航海長さん! じゃなくて、もしかして船長さんに!?」

「五十嵐くんが空に上がってくれたお陰でね。とんでもない役割をもらってしまったよ」


 見ればそこには、お世話になったおじ様海上保安官たちが黒の冬の制服に身を包み、凛々しく敬礼で迎えてくれている。彼らがこの七管区の守護神かと、満面の笑みで頭を下げた。


「わぁー! 今日は海がきれい」


 湾内は穏やかで、陽の光がキラキラ反射している。やしまの後方ではタグボートがぷかぷか気持ち良さそうに浮かんでいた。

 暫くするとアナウンスが流れてきた。


『本日は、第七管区海上保安部のウィンターフェスティバルへおいで下さり誠にありがとうございます。皆様のご理解とご協力で本年も無事に終わろうとしています。短い時間ですが、湾内クルーズをお楽しみください』


ーー フォーン……


 汽笛が鳴ると、やしまはゆっくりと港を離れた。さて、楽しみにしていろと言った勝利は、どこで何をしているのか。海音はデッキに立って湾の彼方を見つめていた。


『さあ、本日のスペシャルゲストが参ります。皆さん、腰を少し落としましょう』


 何事かと周囲を見渡すと、遠くからヘリコプターの音が近づいてきた。見上げる海音の目に映ったのは、白の機体にブルーのラインが入った海上保安庁のヘリコプターだ。まさかと海音は目を凝らした。


『皆様に素敵なクリスマスが訪れますよう、職員一同より心を込めて』


「パパっ、上! サンタクロース!」

「うわぁ。すげえな。サンタが降りてくるぞ」


(嘘でしょうーー!!)


 ドドドドド……と頭上からホバリングするヘリコプターのエンジン音がして、その窓枠から、体を乗り出したサンタクロースがこちらを見ていた。しかも、白い大きな布袋を背負って。

 指差し確認をしたサンタクロースは下にいる海音たちに親指を立てて合図した。


「降りてくるっ!」


 期待でざわつく人々の声に、海音は胸を押さえた。


(ショウさんなの?)


「おおーっ」


 デッキに屈む乗員全員が声を上げた。シュルシュルと慣れた動きで降下してくるサンタクロースは、立派な髭をつけている。

 ストン! と、着地したサンタクロースは腰のフックを外して振り返る。


「メリークリスマス!!」


 上空のヘリコプターが去り、風が収まると、待っていましたと子どもたちが駆け寄った。

肩に担いだ袋から海保グッズがこぼれ出す。海音は子供たちの笑顔に囲まれたサンタクロースを、こっそりスマホに収めた。


「ふふっ。ばればれっちゃけど、オレンジさん」


 笑いをこらえて夢中にカメラモードのシャッターを押した。すると、スマホ越しに見えたサンタクロースが、気づくと海音の前に立っていた。


「ひゃっ……さ、サンタさん。こんにちは」


 しどろもどろになって海音は挨拶をした。よく見ると、それが勝利なのか分からないほど完璧な変装だ。でも、海音には分かる。


「メリークリスマス。海の似合うお嬢さん」


 お嬢さんだんて恥ずかしい! もうお母さんなんだから! でも、嬉しいのは隠せない。そんな複雑な女心に気の利いた言葉が出なかった。


「もうっ、バカッ」


 すると目の前のサンタクロースは口角をぐぐぐと上げて、海音に一歩近寄った。


「えっ、待って何っ……ちょっ」


 海音はいきなりそのサンタクロースに抱え上げられた。


「さあて、サンタさんもプレゼントが欲しいな。このお嬢さんを貰ってもいいかな?」


 デッキにいた子どもたちは大声で「いいよーっ!」と叫んだ。大人たちはにこやかに拍手をしたり、カメラでそれを撮るものもいた。


「ありがとう! 皆さんにはきっと、よいクリスマスが来るよ。メリークリスマス!」

「「メリークリスマス!!」」


 じたばた暴れる海音を軽く制して、サンタクロースは船内へと消えた。



「ちょっと、ショウさんっ。みんなの前で何しよーとよ」

「お、ばれてたか」


 嬉しそうに控室になった一室で、勝利は着ていた衣装を剥ぎ取った。帽子に髭にサンタの上着、そしてズボンを椅子の上に次々と放り投げた。そして、中の人こと勝利が現れた。


「ばれるもなにも……あ、オレンジ着てる」

「海音はサンタより、こっちが好きだろう?」


 それは特殊救難隊トッキューの、オレンジ色のスーツを着た勝利だった。海音はほうっと吐息を漏らす。本当は七管区にトッキューはいない。けれど、元トッキューの男はそこにいた。


「もう! ショウさんのバカー」

「おうっ」


 ドンと、衝突したかの勢いで海音は勝利に飛びついた。いつだって勝利は海音を喜ばせてくれる。その厚い胸に顔を擦り寄せれば、潮の香りが鼻をついた。みんなのオレンジは今は自分だけのオレンジだ。


「ショウさん、大好きよ!」

「海音」

「私のクリスマスプレゼントは、オレンジスーツの勝利さんね。サンタさんありがとう」

「なんだよ海音。クリスマスプレゼントは別にちゃんとあるんだ。そんな可愛いこと言うやつは、今すぐ美味しくいただくぞ」

「ショウさんの、エッチ」


 海音がトンと胸を叩くと、勝利は痛いふりして胸を大袈裟に押さえた。慌てた海音がごめんと顔を覗き込んだらこっちのもの。大きな手で包み込んで、ぷっくり膨れた唇を奪った。


ーー フォーン、フォーン。


 やしまが汽笛を鳴らす。間もなく港に着岸だ。


「あっ、んっ……ふっ」


 波の揺れに任せて勝利は、海音甘いの口内を貪った。ゆっくり顔を離すと、潤った唇に潤んだ瞳が勝利を捉えた。


「時間切れか。さあて、今夜の愛息の機嫌はどうかな? 早く寝ろって言ってみるか」

「どうかいな。寝てくれるかな」

「お楽しみって、ところか」


 目尻の下った勝利に、海音は堪らず唇を寄せた。


「おいっ」

「早く帰ってきてね」

「おう」


 やっぱり海音には敵わない。勝利は、男の疼く事情を抑え込み、上陸準備を整えた。 



 やしまから降りると、祖父に抱かれた息子の海優が待っていた。勝利が顔を覗き込むとキャキャと声を出す。


(お前、分かってるよな。今夜はグズるなよ……)


 男と男の約束を、交わしたとか交わさなかったとか。

 

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