海の男の嫁さんは!
第27話 祝・出航♡
暑い夏が始まって、勝利の仕事は緊張が増した。海のレジャー真っ只中だからだ。
海音はというと少しずつ仕事をセーブし始めた。二人は結婚に向けて本格的に動き始めたところだ。
海音の親友である朋子はあれから無事に出産をし母親となった。勝利に会いたがっていたけれど、海賊対策が間に入り計画できずじまい。海音は子育てに追われる朋子に負担はかけたくないと、つい先日結婚することを報告をしたばかりだ。
お互いに忙しい合間を縫って、休日を合わせては一緒に式場に出かけて打ち合わせをした。勝利がどうしても休めない日は、海音が招待客リストを整理したり、衣装合わせを済ましたりと準備に躓くことなかった。
そして、あとは招待状を出すだけとなった。
「海音に負担をかけて申し訳ない」
「ん? なんで? 大丈夫やけん。できる方がすればいいとよ」
「そう言ってくれるのは本当に助かるよ。結婚式準備で喧嘩するカップルもいるって聞くし、前回のはその……覚えてねえし。本当に海音は良くできたやつだな。ますます頭が上がらなくなる」
「そんなことで頭が上がらなくなると? ショウさんて、簡単ね」
「お礼は直接ご奉仕してお返しします。お姫様」
「え、やだー。もう、その言い方恥ずかしい……んっ」
頭が上がらなくなると言いながらも、しっかりともう一つの頭は上がっている。
勝利は海音より、ひと世代上の大人の男で、言わなくても察する人たちだ。どちらかと言うと男性優位が残った世代でもある。それのせいか、海音が口に出さなくてもこうやって気遣ってくれる。
「困ったときは俺に言えよ? 俺がお前を守るのが俺の役目だぞ」
「それって、男は女を守るもの。黙って俺について来いってこと?」
「ん? 女だからっていうより、海音だから守りたいんだ。な? だから遠慮するなよ、奉仕は黙って受け取るもんだ」
なんだかかんだと、勝利は自分のペースで海音を取り込んでしまう。海音が気づいた時にはもう遅いといった感じだ。
「ああんっ。勝利さんのご奉仕は起きれなくなるんよ。明日も仕事でしょう。朝ごはん作れんごとなるっちゃけど」
「そうか?」
勝利は海音の顔を見て、少し考える素振りをする。でも海音の胸の上を這い回る手は止まらない困った状態。海音は逃れようと躰を捩るが、それまた逆効果。
「だけれども、だ。お姫様の誘惑に勝てない弱い男なんだよ俺。許せ」
「え? 誘惑なんかしとらんっ」
海の男の精力よこれ如何に。
そして、とうとう二人の晴れの日がやって来た。山々が赤や黄色に色づき始めた頃、二人が永遠の愛を誓う日。
.。o○♡ .。o○♡ .。o○♡
二度目の挙式を勝利自身が、これほどまでに心待ちにするとは思っていなかった。同棲をしていても、プロポーズをしてからここに至るまでは落ち着かなかった。俺のものだけど、まだ俺のものではない。法律上に引かれた他人という境界線がもどかしかったのだ。
秋晴れの雲一つない澄んだ空。太陽の光がサラサラと大地に降り注ぐ今日。勝利はようやく海音を娶る。二人の門出らしく式は船上で行われる。
その船とは……。
別に海にたずさわる仕事をしているからと拘ったわけではない。なんとこの提案をしたのは、勝利が所属する第七管区のトップである部長だった。
『うちの「やしま」を使えばいいだろう。天気が問題ないなら、君が遭難した島を一周して帰ってこようじゃないか』
『部長! そんな、恐れ多いことはできません。それに何かあったら』
『ほんの一時間、やしまが不在でどうのこうのなる七管じゃ困る。私が出すといったら出すんだよ。その代わり船長は私だからな』
勝利はそこまで言われてしまうと、断ろうなどとは思わなかった。部長の言葉に甘えよう。「やしま」なら、海音も喜ぶに決まっているからだ。
※PLH22巡視船やしま 総トン数5300トンを誇る西日本で唯一のヘリコプター2機搭載型巡視船である。
乗船案内が始まった頃、勝利と海音はそれぞれ別の部屋で準備をしていた。やしまのどの部屋に海音がいるのか勝利は知らされていない。新婦側にはプロのメイクアーティストがついているので心配はいらない。でも、やっぱり落ち着かないのだ。
季節は秋になり、勝利たちの制服は白から濃紺に変わった。しかし、結婚式だからと新郎である勝利は白の儀礼服を着ていた。たまにしか着ない制服に、肩から豪勢な金色の飾りが垂れ下がる。白い布のグローブを握りしめて、今か今かと待っていた。
「失礼します。新婦様の準備が整ったそうです。さきほど説明された通り、格納庫からレッドカーペットが引かれてあります。そこから海音さん出てくるんで、船尾にある日章旗の前でお待ちくださいだそうです」
「分かりました。ん? なんだ金本か!」
「佐伯班長もいらしてますよ。えっ、もしかして、緊張してるんですか!」
「はあ!? そんなわけないだろう。これは緊張じゃない、興奮しているんだよ」
「いや……それはそれで、怖いですよ」
「なんだと?」
「いえ! なんでもありません!」
もう緊張なのか興奮なのかさえも、勝利は分からなくなっていた。
「金本、顔がにやけているが」
「いやっ……めでたい事じゃないですか。そりゃ、ふはっ……にやけも、しまっ……ぐはは」
そこまで勝利を追い込むこの空気に、招待された金本は笑いを堪えるのに必死だ。
「てめぇ、覚えていろよ!」
◇
さあ、いよいよ新しい未来への扉が開かれる。勝利は指定された場所に姿勢を正して立った。いつもはヘリコプターが着陸するその場所に、式の参列者が並んでいる。今日だけ特別に許された限られた人数と、華やかな衣装。出航までのひとときを色付けた。
そして、仲間が拡声器で司会を始める。
― 新婦様の入場です。拍手でお迎えください!
眩い太陽の光が降り注いでいた。風が潮の香りを乗せて、父親と並んで現れた海音のベールを撫でていった。
灰色の床に赤の絨毯が敷かれ、父娘は勝利が待つ船尾に向かって歩み始めた。参列客の間をゆっくりと一歩、一歩と進む。停船しているとはいえ、勝利は海音の足元が心配でならなかった。
(ああ、ヒールが……大丈夫か。ああ、なんて綺麗なんだ、俺の嫁さんは)
父親に導かれゆっくりと近づいてくる無垢な花嫁から目が離せない。一瞬たりとも離すことはできない。
「海音」
ぼそりとつぶやく声は潮風が攫って行った。
二度目の結婚をする自分はどう思われているのだろうか。自分がどう思われようが構わない。けれど、海音にバツイチで問題ありの男に嫁いだ哀れな花嫁とだけは思わせたくない。海音だから二度目の結婚に踏み切れた。海音はこの世で最も素晴らしい女なのだと叫びたい。
緊張でぎこちない笑顔を勝利に向ける海音だが、二人で選んだマーメイドラインのドレスがとてもよく似合っている。風に吹かれるとドレスの裾が流れて、女らしい柔らかな躰の線が浮かび上がる。
(今日だけだ。今日だけ海音の美しさを見せてやるよ。今日だけだからな!)
本当は誰にも見せずに自分一人だけで愛でていたい。そんな心の狭いことを考えてしまう。でも、今日だけ、今日だけと言い聞かせ海音の晴れやかな姿が手元に来るのを、じっと待った。
ようやく二人が勝利の手の届くところまでたどり着くと、待ちきれない勝利はニ歩ほど前に出てしまう。
「おいおい、ガッツキすぎだろ。待てが出来ないのかー!」
仲間からの容赦ないヤジが飛ぶ。「わはは」という笑い声が甲板を走り抜けた。
「うるせぇな」
「ふふっ」
勝利のごちる言葉に海音の表情が和らいだ。
「勝利くん。娘を、海音を宜しく頼みます」
「はい。娘さんは私が必ず護ります」
「ありがとう」
海音の手が父親から離れ、勝利の手に渡された。その手をぎゅっと力強く握ると、海音が勝利を見上げる。
(この手は絶対に離さない! だからお前も)
「ショウ、さん」
「離すなよ?」
「うん」
二人はたなびく日章旗の下で、遥かに広がる海に永遠の愛を誓う。この海がどんなに荒れようとも、波が二人を引き裂こうとしても、決して繋いだ手は離しはしない。
二人は神父を立てなかった。クリスチャンではないし、賛美歌もなんだか恥ずかしい。この時の二人の意見は全く同じで、司会者も勝利が選んだ若い海上保安官に頼んだ。いつもの仲間に見届けてもらいたい。ただ、それだけ。だからまどろっこしいのはなしにした。すぐに指輪の交換をしたい!
「浮腫んでたらごめんね」
「痛かったら言えよ」
海音の薬指を優しくなでながら、小声でか交わす気遣いに、指輪を運んだ海音の友人も照れるほど甘い。
さあ、誓いの言葉だ。勝利は拳を胸に当て、誓う。
「
海音もあとから続く。
「
風にそよぐベールがサワサワと音をたてる中、二人は向き合った。
海音は静かに頭を下げた。勝利はそっと海音のベールに手を伸ばし、丁寧に指先でそれを捲った。花嫁の化粧を施された海音はとても美しかった。
「海音。心の準備はいいか」
「っ……はぃ」
緊張しているのか海音の頼りない返事に勝利は笑った。それも仕方がない、参列客の前で誓いのキスをするのだから。
「いいか」
「もぅ、いいって言ったやん」
「ぷっ、くっ、はははっ」
「ちょっと、笑わんでよ。早くっ……んふっ」
勝利は不意をつくように、打合せにはなかったディープキスを見舞った。勝利の罠にまたしても海音はかかってしまう。
― フォーーンッ!!
祝いの汽笛が鳴った。
「これにて五十嵐隊長と海音さんはめでたく夫婦となりました。皆様、お近くの椅子にご着席ください。二人が二度も出会った運命のあの島を、一周して門出を祝いましょう」
風の音に負けない拍手が鳴り響く。
「もーう、ショウさん! 覚えとってよ!」
「おー、怖っ」
巡視船やしまはゆっくりと湾を離れ、対馬沖に向けて出港した。途中、コスモスが一面に咲き誇る島を横切った。その島を繋ぐ定期船が遠くに見える。青空に濃い桃色のコスモスが風に揺られるのを見て勝利は海音の耳に囁く。
「あの島で海音の好きなアーティストがPV撮影に来たんだ。あ、知ってるか」
「それは知ってる。持ってるもんCD」
「じゃあ、呉にある海保の巡視船の甲板で」
「あっ、映画の主題歌でしょ! それも知ってるよ」
「あれをな、近くで見た」
「えっ!? ずるい!」
目を見開いた海音の瞼に勝利はキスをした。ピクンと震える瞼が開くと、今度は鼻にキスをした。海音が待ってと口を開いた瞬間に、とうとう腰を引き寄せて深い口づけを送った。自分以外の男に興味を持つ、それが例え有名な歌手であろうと気に食わない。俺だけを見ていればいい。でも口に出すのは格好悪い。だから、ついつい暑苦しく海音に愛情表現をしてしまう。
「んんっ……ショウさん」
「誰も見てないさ」
「そうじゃなくて」
「なんだ」
「もしかして、ヤキモチ」
「妬いていない」
「うそっ! 知っとうよ。私がキャーキャー言うのが嫌っちゃんね。もぅ、比べたらいかんよ。現実はショウさんが一番に決まっとるんやけん」
海音は勝利の礼帽をヒュッと取って自分の頭に乗せた。勝利は一瞬の事に驚いて動けない。海音はイタズラが成功した子供のように頬を上げて満面の笑みを見せた。
「あっ、私たちの島だよショウさん! 敬礼!」
海音の号令に勝利の躰は勝手に反応して、島を一周する間ずっと手を胸にあてていた。参列客がそんな二人の後ろ姿をカメラやスマホに収める。
この二人なら大丈夫。そう誰もが思える風景だった。
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