第15話 海賊やろう、出てこい俺が逮捕する!
無事にジブチ入りした勝利たちは、任務完了した艦との引継ぎを終えた。前任の海上保安官から現状などを聞き、そして見送ったのはもうかなり前。もうそろそろ折り返し地点にきただろうか。
勝利は休暇の日に海音からのメールをまとめて読む。これが一週間のうちで一番幸せな瞬間だった。それと同時に、
海音は日記をつけるように毎日少しの文章を勝利に宛てて送ってきていた。今は新しいプロジェクトの研究に忙しいようだ。
『生きたマグロの輸送プロジェクトが始まるの! 久しぶりに長崎県沖の島に行ってきます。養殖マグロだよ? すごいよね〜。食べ放題やね! 来週、行ってきます!』
元気な海音のメールに目を通していると、勝手に目尻は下がるし知らず知らずに頬が緩む。声が聞こえてきそうなくらいその文面から、海音の頑張っている姿が目に浮かんだ。
(ほぅ、養殖マグロを生きたまま輸送ね。うまくいけばいいな)
「あー、会いてぇな……」
つい、零してしまう本音はペルシャ湾に吸い込まれていく、はずだった……。
ーー コホン
誰もいないはずの最後尾の甲板、ヘリポートのHを背にしていたはずだった。勝利の肩越しに誰かの咳払いが聞こえた。佐伯か金本が後をつけてきたのかと振り向く勝利は、その人物を見て驚いた。
「……ぁ」
「すみません。盗み聞きしていたわけではなくて、その……実は僕も」
タブレット片手に立っていたのは、金本と艦内を彷徨っていたときに声を掛けてくれた自衛官の鹿島だった。
「なるほど。鹿島航海長も、ですか」
鹿島はこの護衛艦の航行を預かる人間だった。アデン湾での護衛、その他の作戦がうまくいくかどうは、この鹿島の手腕にかかっているのだ。
「まさか先約がいらっしゃったとは。失礼しました」
「いえいえ。お邪魔しているのはこちらですから。いや、娯楽室だと若いもんにだらしない顔を見られるんで。あいつら、すぐネタにしますから」
「確かに。訓練のときとは考えられない表情でした。ネタにもしたくなりますね。奥様の存在は大きいですね」
「奥様って……」
鹿島が海音の事を妻だと思いこんでいることに、勝利は激しく照れた。耳の後ろをポリポリ掻いてらしくない小さな声で口どもる。
「仲間とわいわいするのもいいのですが、やはりこの時間にはお互い勝てませんね。奥様はお若いようで」
「いえ、まだ婚約もしていなくて……でも、帰ったらもう離しませんよ。我々の仕事を理解しようと努力してくれるので。航海長もでしょ。なかなかの美人な奥様だった」
勝利がそう話を振ると、今度は鹿島が顔を赤くして目尻を下げながら同じように後頭部を掻く。
「うちもまだ、恋人の関係で。でも、帰ったらきちんとプロポーズしようと思っています」
「そうですか! おめでとうございます。お互いそれが支えですね」
「はい」
多くの部下を率いる彼にも彼女の存在が過酷な任務を支えていた。他の隊員たちもそうだ。出港して二週間後に妻が妊娠したと報告を受けガッツポーズした隊員や、任期中に子どもが生まれるのだと安産の御守を握りしめる隊員もいる。独身の連中も「帰ったら合コンだー!」と気持ちを上げながら励んでいたりする。
「全員を無事、元気に家族のもとに返さないと……僕、彼女にシメられちゃうんで」
「あ、やっぱり……」
「ええ。あはは」
「あはは」
それぞれに残してきた家族への、様々な想いがこの艦に乗っていた。
◇
任務にあたる時は護衛艦の一隻がアデン湾を往復しながら対象の船舶を直接護衛する方法と、もう一隻はゾーンディフェンスと言って決められた海域に留まって警戒をする方法が定められていた。以前は二隻の護衛艦で数隻の船舶を挟んで護衛をしていたが、現在は一隻で対応をしている。
空からはジブチ共和国に拠点を置く
『左舷後方に不審船あり。画像転送します!』
『了解。分析を急ぐ』
それは一本の無線から始まった。
『国籍不明の船舶発見。コンタクトを試みる』
「了解」
艦内に緊張が走る。ここで警戒活動を始めてから何度目だろうか。その度に無線の内容に全神経を注いできた。
「コンタクトに応じないようです」
「遭難信号は出ているか」
「出ていません」
「新しい画像が入りました!」
「おやおや、こりゃまた……」
哨戒機から送られた新しい画像は、機関銃らしきものを空に向け、威嚇しているようにも捉えられるものだった。
「おい、なんかデカイの持ってるやつがいないか? あれはなんだ」
「ちょっとこれでは判断できませんね」
「おい、航空隊に連絡しろ。すぐ飛ばせるなら上げろ」
「はい!」
海上自衛隊の報告によると武装した集団が現れた。コンタクトに応じず、機関銃を構えているということから遭難した船ではないことを確定させた。護衛艦に搭載していた哨戒機ヘリコプターSH-60Kが慌ただしく飛び立った。勝利たちにも緊張が走る。
『乗船部隊、待機!』
海上自衛隊の特別警備隊を中心に作られた乗船部隊が、完全武装した状態で待機させられた。それを聞いて勝利たちも覚悟を決める。
「五十嵐、金本。いつでも行ける準備をしておけ」
「了解です」
勝利と金本もヘルメット、防弾ベスト、シグ・ザウエルという自動式拳銃などで自らを武装させた。訓練では何度も撃ったけれど、これまでに生身の人間に弾を装填させた銃口を向けたことはない。
「金本。俺の背中をお前に預ける」
「え、なに映画のセリフみたいなこと言ってるんですか。やめてくださいよ。調子狂います」
「ノリの悪いやつだな。もしかして、五管のSSTはビビってんのか。こりゃ困ったぞ」
「誰がこれくらいで! うちらはこんなの、日常茶飯です。あーもう! 俺の背中も預けますよ! 五十嵐隊長にっ」
「ぶはは! 恥ずかしがるくらいなら言うなバーカ」
「ちょ! 何なんすかマジでっ」
緊張で強張っていた金本に生気が戻った。それを確認して勝利は佐伯に目でサインを送る。
(行ってくる)
(
そんなやり取りにも見えた。
「金本。自衛官の邪魔にならないようにしろよ」
「隊長こそ、あんま前に出ないでくださいよ」
「俺が出たがりみたいな言い方だな。安心しろ、こう見えても気は長い」
互いの心を落ち着かせるように、そんなやり取りをした。無線から乗船待機の指示があり、乗船部隊に続いて勝利たちも
『目的の船舶300メートルまで接近、待機せよ』
『了解』
隊長を務める自衛官が勝利たちの方を振り向いた。
「準備はよろしいか! しっかり捕まってください! 相手は武装しているようです。距離をとって突入命令を待ちます」
「分かりました。いつでも大丈夫です」
自衛官のその硬い表情を見て勝利は思った。ここ一番の危険な臭いがすると。
複合艇のエンジン音が変わった。勝利は金本に目で合図すると、遥か遠くに浮かぶ不審船を見つめた。いよいよ護衛艦から離れる! そう構えた瞬間だった。
『待て!』
無線から、そのまま待機と指示が入る。
『向こう、ロケットランチャー所持。威嚇射撃を行う』
(マジか……本番でぶっ放すことになるとはな)
「五十嵐隊長」
「なんだ」
「本物の海賊が出たんですね」
「そうだな。ロケットランチャーなんて担いでやがるとは……もう、素人じゃねえな」
勝利たちは次の指示が出るまで静かに待った。艦内は慌ただしく動き始め艦長からの指示を伝える幹部たちの声が飛び交っていた。
ーー ダダダッ……、……ババーン
護衛艦から発射された機関砲の弾は、目標の船の手前に着弾。波の表面を石が飛び跳ねるように真っ直ぐに駆け抜けた。
『目標手前50メートル着弾』
あくまでも威嚇射撃である。命中させてはならないのだ。
不審船の船体は大きく揺れ今にも沈みそうな気配だった。しかし、うまく船を回転させて体勢を立て直し、なんとか踏みとどまる。
沈ませるのは簡単だ。しかし、それでは海賊はなくならない。こちらが有利である事を武力を持って伝える必要があった。二度と、安易な作戦で金稼ぎをしようなど思わせないためにも。それに、不用意に近づき相手が持っているロケットランチャーから弾を発射され、当たりでもしたらさすがに無傷ではいられない。それ以前に、そんなことが報告であがったら国会で何を言われるか分からない。先人たちが努力して国際貢献してきたものが、水の泡となり兼ねないからだ。
常に彼らはギリギリまで考え、最良の判断をしているのだ。
(勝ち目はないんだ。頼むから降参しろよ)
撃ち合いは何が何でも避けたい。できれば負傷者を出さずに終わらせたい。あの武器が、単なる威嚇で中身が空っぽだったらいいのに。そう願いたかった。
『乗船部隊へ告ぐ。出動準備せよ』
『了解』
艦からの情報によると、不審船から武器を海に投棄し交戦の意志はないという信号を出してきたようだ。
『武器投棄確認。警戒しながら接近せよ。なお、上空よりサポートを引き継ぐ』
距離をおいて待機していた哨戒ヘリコプターも動き出した。
「乗船部隊、出ます!」
いよいよ不審船に接近し、場合によってはその場で逮捕しなければならない。その後は大人しく曳船されてくれればいい。
(海賊やろう、待ってろよ! 俺がお前たちを逮捕してやる!)
太陽の陽射しがジリジリと照りつける中、勝利たちを乗せた
「ディスイズ、ジャパン マリン セルフ ディフェンスフォース」
浅黒く日に焼けた、不気味な男たちが両手を上げたのを確認した。
ーーーーーー
※統合幕僚監部の報告からは、ここ数年は実際に処置した事例はみつけられませんでした。隊員の皆様は過酷な状況下で、安全に船舶を護衛されておられます。
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