第14話 大海への挑戦
勝利たちが乗った船は順調に航海していた。ジブチで前任と引き継ぐまでに、様々な事態を想定した訓練をして体制を整える。佐伯は保安官全員を集め、今後の予定を確認した。
「海賊の数も減ったとはいえ、なくなったわけではない。彼らの目的の殆どは多額な身代金だ。一度成功すると味をしめ、それで得た資金で武器を購入している。素人が生きるために仕方なくやった海賊の真似事が、今は立派なプロ集団だ。昔よりやっかいだ」
正式な政府がないため、人々は生きるために手段を選ばなかった。陸には稼ぐための手段がなにもない。ならば、海を行く船を狙え。目的は彼らの荷物ではなく、乗組員や客を誘拐し身代金を要求することだ。金さえあれば何でもできる。彼らの正義は金を得ることなのだ。
「実弾訓練も行われるので、そのつもりで」
海上保安庁の任務でも我が国の領海を守るため、ときに威嚇射撃を行うこともある。しかし、護衛艦とは装備がまるで違う。保安官たちは興味津々だった。
「うちも20ミリ機関砲や単装機銃は装備してあるが、やっぱり護衛艦の装備とはくらべられないよな」
「あたり前だろ。見たか? ミサイルや魚雷も発射できるんだぞ……四連とか八連とかで発射しやがる。うちがやる放水攻撃なんて可愛いもんじゃないぞ」
「だよな。まあ、そもそも役割が違うからなうちとは。それぐらい装備してないと、世界を相手にやれないだろうしな」
「しかし、それを間近で見られるんだろ。ラッキーだな」
抑え気味で話しているが、実はかなり興奮しているのだ。そんな中、勝利は腕を組んだまま黙り込んでいた。防衛省という大きな組織との仕事に、ただならぬプレッシャーを感じているのだろうか。
(オヤジたちに念押ししてしきたから大丈夫だろ。一応、報告もらうようにはしているが。何だったら放水してもらってかまわないけどな)
なにやら物騒なことを考えていた。
「以上でミーティングを終わる。解散」
佐伯の解散の声を聞いても勝利は微動だにしない。不審に思った佐伯は皆が退出したのを見計らって勝利に話しかけた。
「おい。隊長だからってあんまり気負うなよ。俺たちは邪魔にならないように、向こうさんの依頼を待つだけなんだ」
「ああ……」
「おい、五十嵐!」
「あ?」
「あ? じゃねえだろ。心配してるんだぞ。さっきから鬼みたいに睨みつけやがって。他の奴らが萎縮するだろう。もっとドンとデカく構えろよ」
「んなこと言ったって分からないだろう。お前に俺の気持ちは分からねえーよ。いつ誰に掻っ攫われるかわからないんだからな!」
「そうかもしれないが、そのための警戒だろ。俺たちがピリピリしても仕方がないんだ。まあ、現場のお前たちには負担をかけるが」
「でもなぁ……オヤジさんたち、船に乗らないとその実力発揮できねぇんだよ。頼むから陸で変な男に絡まれるなよ……はぁ」
「おい、五十嵐。なにを言っている……頭でも打ったのか」
まさか勝利が日本に残してきた彼女の事を心配しているなんて思わない。勝利は自分が不在の間、変な虫がつかないようにと部下の航海長や通信長に海音のことを頼んできた。通信が回復されたときに何らかのメールが入っているだろう。その内容が悪いものでないことを願っているのだ。
「五十嵐お前、暇だと死ぬ類の人間か?」
「はぁ……」
「こりゃ、全部の訓練にぶち込むしかないな」
佐伯は訓練計画書をそっと修正した。
◇
勝利たちはいよいよ日本の領海に別れを告げ、艦は南シナ海南沙諸島へと進んだ。およそひと月かけて目的地ジブチへと航海をする。その間も友好国の海軍の艦に旗や信号灯などを用いて挨拶をし、ときに艦を横付けして交流をすることもあった。これも、外交の一環なのだ。
その様子を見た勝利と佐伯はどちらからともなく口を開いた。
「俺たちも共同訓練が増えてきたからな。こういうのは本当に勉強になるよ」
「なんだ五十嵐。船長になったとたん国際的思考になるんだな」
「救難隊もこの間、オーストラリアで救護訓練をしたよな。要救護者は自国民だけじゃない。俺だって何度も外国のタンカーから急患を吊り上げて、緊急搬送したんだ。船長だからとかじゃない」
「そうだな。どちらかと言えば救難士の方が外国人と接しているよな。俺たち警備隊は逆だ。相手を疑ってかかる仕事だ」
海上保安庁は日本領海で起きたことへの対処をするのが基本である。事故や急患への対応は相手の国籍など関係ない。世界中から貨物船やタンカーがせわしなく行き交う海の航路を安全に航行できるように、海上保安庁が取りしまっている。
「なあ佐伯。俺たちはもっと目も肥やす必要があると思わないか。国籍不明の船舶から出てきた奴らが単なる遭難者なのか、それとも善からぬことを考えている奴らなのか」
「全くだ。アデン湾での任務はそんなことばかりと聞く。五十嵐の判断次第で犯罪者となるか、要救護者となるか」
「なんだよー。日本人相手でも分からないのに、外国人なんてもっと分からないだろ。ま、責任は佐伯が取ってくれるんだろ?」
「そういう役目で乗せられているからな、俺は」
まもなく、本格的な訓練が開始される。勝利も佐伯も率いた保安官全員を無傷で返すために、訓練計画書の隅々まで目を通した。
◇
ーー ダダダダダダッ
ーー パーン、パンパンッ
ーー ドドドド……
青い海に鳴り響く機械音はいつもの訓練とは規模が違った。
「威嚇射撃よーい!」
「威嚇射撃よーい!」
「撃てぇーー!」
ーー ドンッ……ドンッ、パラパラパラパラ
空では哨戒ヘリコプターから海上自衛隊員が機関銃で威嚇射撃を始めた。これは海上保安庁にはないものだ。勝利たちは甲板にいる警戒員とともにそれを見ていた。また驚くことにこのヘリコプターには単魚雷や対潜爆弾、それに対艦ミサイルまで携行できるのだ。
その説明を聞いた金本は驚きを隠せなかった。
「マジか……」
「おい金本。口を閉じろよ。カスが飛び込んでくるぞ」
「五十嵐隊長……あんなん反則ですよ」
「あれでも控えめなんじゃないのか? 自衛隊は防衛大臣の許可がないと、威嚇射撃以外はできない。うちと同じだろ」
「いやぁ……規模が違いますよ。あ、出た。特別警備隊の
海上保安庁の特別警備隊でも使用している黒いゴムボートのことだ。高速航行、急旋回と小回りがきくボートで武装した隊員が乗っている。速やかに相手の船に近づき警告、ときに乗船して制圧をする。
「おうおうおう……。てか、お前たちもあんなもんだろ? 相手の船に乗り込んで制圧! 逮捕! してるだろ」
「今回は隊長もするんですよ、それ」
「ん? ああ、だったな」
金本は海上自衛隊員の操作する複合艇に釘付けだった。恐らく自分のテクニックと比べているに違いない。似ているようで似ていない海上自衛隊と海上保安庁。それぞれがうまく調和して任務に当たらなければならない。
「負けてないですよ。俺たちも」
「だよな!」
妙に熱くなった瞬間だった。
そして、ようやく保安官も一緒に訓練をするときがきた。佐伯から内容を言われると、勝利の眉間にシワが入る。他の保安官たちも「えっ……」と思わず声を漏らしてしまう内容だった。
「おい、佐伯。なんか俺に恨みでもあるのか」
「いや。全くないが……ああ、やっぱり体力的に無理だったか。すまん、過信していた。じゃあ金本を」
「誰が無理だと言った。やれるに決まっているだろ。それにしてもだな、なんだこれ。俺はこの短時間で何度着替えをしなければならない」
「ん? まあ、何とかなるだろー。お前ら、行くぞー」
佐伯から、暇になると死ぬ類だと思われてしまった勝利はすべての訓練にその名が上がっていた。
その後は、救護訓練だ。海上自衛隊のヘリコプターに乗り込み自衛官をサポートしながら急患に見立てた人間を吊り上げる。その後艦に帰還し、潜水服に着替えて座礁した船を
「おいこら……なんだこのハードさは」
「隊長、なんでこんな事に?」
「知るかよ。俺が聞きたい。おい、そこ! 動作は分かりやすく大きくしろよー!」
「はい!」
もうヤケクソだ。自衛官だの保安官だの関係ない。動きの悪いやつは全員俺がしごいてやる! 勝利はそんな風に腹をくくった。
(俺を全部に入れやがって……。あちらさんには気の毒なことをしたな)
「ビシバシ行くぞ、おらぁ!」
「よろしくお願いします!」
(今夜はカレーだってよ! てことは金曜日だぞ! 通信回復する日だろ!)
もう楽しみはそれしかなかった。海音から毎日届くメールを金曜日の夜にまとめて読むのだ。そして、週末が明けるといよいよジブチ共和国入りだ。
「声をだせーー!」
そこにはオレンジの鬼が大海に向かって吠えていた。
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