【第五話】『ましかのの 』普通卒業


 重く威厳のある扉のドアノブを回し中の様子を伺う。そのまま観察すること数十秒。

 当然といえば当然なんだけど、特に何も起こらなかった。硝子ガラスちゃんの件で少し警戒心――悪くいえば臆病な心――が身についた気がするよ。……まぁ、あんなに短時間に色々起こればまた起こるかもって考えるのは人としておかしく無いハズ。

 ののは自分で自分に苦笑しつつ先へと進む。

 ……閉じる扉の音に反射的に反応してしまったのは内緒ね?


 すぐに委員長さんがドーン! と登場するような構造にはなっていないらしく、テレビとかで見かけるようなよく光を反射するソファーとそれに対になるミニテーブルが置かれている。


 応接間……だったりする、のかな? の知識じゃ断定は出来ないけど。

 兎にも角にも委員長さんに出会わなければ何も始まらないので、応接間もどきは通り抜けることにしてスタスタと歩いていく。


 すぐに執務机が見え始めた。委員長さんに気づかれる前にこっそり覗いて見ようと思います……。

 いきなりご対面してはい、契約! とかするのはのメンタル的にちょっとむりむり。これは性格上仕方が無いことなのです。ついさっき養われた警戒心のせいだといいのになぁ……。


 棚の横からそろり……と顔を出してみると、中の様子が鮮明に見えた。目が良くてよかった。


 何故かは知らないけど、委員長さんは執務机の凄そうな椅子には座らずによくあるキャスター付きの椅子に座ってただ今読書の真っ最中。読んでいる本はよく分かんない言語が表題の洋書らしきもの。

 伏し目がちにされた瞳から優しい大人の女性という印象を受けた。まつ毛がふぁっさーってなっているのが離れていても分かる。羨ましい。耳にかけている髪が窓から時折来る風でさらり、と流れ落ちる。

 委員長さんが唐突に本を閉じたので体をビクつかせながらも急いで棚の裏側へ移動……。


「そこのお嬢さん。一体いつまで隠れているつもりなのかしら? わたくしにお顔を見せてくださらない?」


 ……明らかに私に向けられたものだよね? どうやらバレバレだったらしい……。

 覗いていたのが露見したことに若干の気まずさを覚えたけれど……。この状況で姿を表さない訳にはいかないし……。

 先程まで隠れていたものに手を添えつつ委員会さんの前へと向かう。


「……初めまして。ましかののです……。」


 とても今更感を感じるけれど、何も言わないと言わないでその場の空気に耐えられないのでおっかなびっくり挨拶をした。

 そんな私をひと目見ると首を傾げ。


「……?ましか、さん――ちょっと待ってね。」


 立ち上がりフォルダーが一面に収納されている本棚から迷いなくひとつ取り出すとパラパラとめくり、付箋のついているページを開いた。


「あぁ、そうかぁ〜。今日だったのね7月の31日、忘れてたわ。私としたことがうっかり。」


 ごめんなさいね、とののに微笑みかけながら自分の頭を軽く叩いている。


「お茶を用意するからそこに座って? あ、珈琲とかの方がお好きかしら?」

「じゃあ、お茶でお願いします。」

「はぁーい。」


 慣れているのかテキパキと準備をし、あっという間にお茶が運ばれてきた。フルーツティーのいい香りが部屋に充満していく……ほっこり。


「どうぞ、最近お気に入りのフルーツハーブティーです。お口に合うと良いのだけれど。」


 1口頂くとスッキリとした酸味を感じる。ちょっと暑くなってきた今にはちょうどいい感じ。これ、美味しい。どこのフルーツティーなんだろう?


「美味しいです!さっぱりしてて!」

「そう? それは何より。」


 口元に手を添えて嬉しそうに笑っている。委員長さんは紅茶にこだわりがある人なのかな?


「さて、ましかののさん。魔法少女保護委員会本部まで遥々来てくれてありがとう。委員会は貴方のことを歓迎します。ここに来てくれたということは魔法少女になりたい気持ちに変わりはないのかな?」

「はい!」

「ふふっ、元気なお返事ね。可愛いお嬢さんだこと。そしたら――」


 すると再度立ち上がり執務机の上から一束のプリントを持ってきた。


「貴方を魔法少女にするのにちょっと色々しなくちゃいけないのね? あと今後の活動についても書いてあるの。だからこの書類に書いてあることに同意して欲しいんだけど、この書類の最後のところにサイン書くところがあるから――ここね。ここにサインをお願いできる?」


 一気に説明しながらサイン欄を指さす。見たところ5枚分くらいが文字がびっしりと埋まっている……。魔法少女の契約って思ったより現実的なんだなぁ。


「分かりました。」


 差し出されたボールペンを受け取りサイン欄に『ましかのの 』と迷いなく記入する。

 まだ実感は湧かない。書類にサインしただけだし。


でものの、本当に魔法少女になれるんだ!!


「あら、内容は読まなくてもいいのかしら……?」

「どんな事があろうとも魔法少女に憧れていた気持ちの方が強いので大丈夫です!」


 ずっと好きだった。ずっと憧れていた。そんな魔法少女になれるのならばののに何も怖いものは無い筈!

 キッパリと断言し、委員長さんに書類の束を両手で差し出す。


「そう……? 後悔しないなら別に構わないんだけれど……。」


 委員長さんは何処と無く不安げな表情を浮かべながらの差し出したサイン済みの書類を受け取り、署名欄を確認する。すぐに確認は終わり、椅子を座り直して私の顔をまっすぐ見た。


「それじゃあ、今後の活動について何だけれど可愛いお嬢さんは何か具体的にやりたいことはあるかしら?」


 やりたいこと……。そりゃもう、数えきれない程沢山あるけれど一番やりたいことは幼い頃から一貫して一つだけ! それは――



「あります!私、変身シーンを見せる魔法少女になりたいんです!!」


 それを聞いた委員長さんは目を大袈裟なくらい大きく瞬きをさせ、見開いた。

 ののは知っています。今まで変身を魅せる魔法少女は誰一人居なかったことを。その理由も。


「……お嬢さん、それ魔法少女として活動するにあたって中の人のプライバシー――そうね、顔とかを必然的に公開することになるけれど……?」

「大丈夫です! それも知った上でやりたいんです! 変身シーンには夢が詰まっていると思うから!」


 の顔をじっ、と見つめて見極めるようにしていたが、とうとうその熱意が伝わったらしくため息をひとつついて「分かったわ」と言った。


「でも、身元がバレたことで起こったことに関しては魔法少女保護委員会は保証しかねるから注意してね?それから、くれぐれも危険なことはしないように。」


 私に釘を刺すように語尾を強めてそう言った。


「はい!分かりました!」

「本当、返事は元気ねぇ……。そしたら今日はこの後、魔法少女になるための検査とかあるからそれを受けて帰ってね? 担当の子が連れてってくれると思うから。」


 委員長さんは立ち上がり、ののを部屋の前まで見送ろうとしてくれた。


「了解です! ありがとうございました。」


 ののは委員長さんにお辞儀をし、部屋を後にした。




 ―――――――――――――――――



 ましかののが去った後の委員長室に魔法少女が2


「……。なんで、止めなかったんですか……。」

「ん?何のことかしら。」


 わざとおどけて見せる委員長に痺れを切らしつつ、どこから現れたのかも分からない黒い魔法少女は言う。


「あなたははず、でしょう……? あの子がこれからどんなことになるのか」


 黒い魔法少女が委員長に一歩、詰め寄ってさらに続ける。


「その上で……どうして、んですか。」


 そうねー、とわざとらしく手をあてて考える素振りを見せる委員長。


かしら。」

「……はぁ?」


 勿論、そんな理由では納得しない少女の怒りはピークのように見える。


「事は起こるわ。そうね、今から三月と三日みつきとみっか後に。」


 睨むように委員長を見る黒の少女には目もくれず部屋を歩きながら語る。


「キーパーソンはましかののこと……それから――。」


 そしてやっと少女を見つめて怪しげな笑みを浮かべる。


「ふふ、あとは、三月と三日みつきとみっか経ってからのお楽しみということで♪」

「……ふざけてる、の?」

「ふざけてなんか無いわ。私は真面目に人生を楽しんでいるだけよ。貴方もそうしなさい?」

「……死んでも、お断り、よ。」


 もうこれ以上話を続けても意味が無いとでも言うように黒の魔法少女は部屋を去った。


 ――まるでかのように。

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