【第四話】硝子の破片



「自己紹介も済んだし、早速新人担当としてのお仕事をしたいんだけど〜。準備は大丈夫なのサ?」

「あ、はい。よろしくお願いします。」


 そう言いながらとりあえずお辞儀。長年に渡って染み付いた日本の文化である。お辞儀をしておけば印象は悪くならないと思う。

 お辞儀バンザイ。


 それより問題は担当さんがあの硝子ガラス……。

 正直、不安は残るけど担当になってしまったからにはもう腹を括るしか……ない、よね……。ののに対して敵意は無さそうなのがせめてもの救いだよね。うん。

 そうやって無理矢理自分を納得させた。心は誤魔化せても、身体は誤魔化せないみたいで額から流れ落ちる汗を直に感じる。


 ずっとニコニコとしたまま表情が変わらないから全く何を考えているか読み取れないからちょっと怖……いやいや! 優しそう、すごく優しそうじゃん! 最初からそうやって決めつけるのは良くないよね!


「よし! なら言付けされている部屋まで案内するのサ!付いてきて〜 」


 こっちこっち〜と大げさなくらいに手招きをして歩き出した。


「分かりました――って。」


 ……歩くの速っ!?

 ののよりも身長は低いのに私の2倍くらいの速さで進んでいく。急がなくては――もう既に結構頑張って早歩きしているのだが――追いつけないかも。


 ヤバい。

 これ、置いてかれたりしたら一巻の終わりだよね?

 急いで後を追いかけるも差は徐々に広がっていくばかり。

 ……走らなければ。

 そう思って次の1歩を踏み出した瞬間。


「あっ、」


 普通なら気がつくであろう目の前の段差に気づけずに盛大に転んだ。


「イタタタタ……。」


 思いっきり転んだが床にちゃんと手をつけたおかげでかすり傷で済んだみたい。


「大丈夫なのサ?」

「うん、だいじょうb……ってうわぁ!?!?」


 顔を上げたらアメジストのように深みと透明感を合わせ持つ紫色の瞳がこちらを覗いていた。つまり、硝子ガラスちゃんの顔が鼻と鼻が触れるくらいの至近距離にあったのだ。


「あははははっ!そんなに驚かなくてもいいのサ〜。まるでボクが化け物かのように〜」


 何が面白いのかニヤニヤと怪しげに笑っている。お腹を抱えて。

 結構離れていた所にいたはずなのに……魔法少女って身体能力も凄いのかなぁ……。もしそうだとしたら一般人のましかののにとっては十分、化け物ですよ硝子ガラスちゃん。


「……魔法少女って皆そうなの?」


 ののは素直に疑問をぶつけてみることにした。


「んー? 何が?」

「身体能力? が。」

「ん〜……。」


 暫くあちらこちらを観察しては目線を斜め右にやり、また振り向いては手を顎に当て……を繰り返してたっぷりと検証してから一言。


「ボクは多分平均したら普通くらいなのサ。多分。」


 あんなに周辺を確認していた様子だったのにどこか心もとない回答が帰ってきた。……魔法少女が皆揃ってこんな感じなら運動神経の悪いののは身の危険を心配しないといけないかも。


「そういうもの? 本当に?」

「ん〜。ボクよりいい子も沢山居ると思うのサ。多分ー。」


 ……これ以上訪ねてもこの子からは「多分」しか返ってこなそう。


「まっ、魔法少女になったらどんな子でも多少は身体能力が上がるのサ。だから心配したり緊張するのは無駄。」


 自論を確証付けるかのようにこくこく、と頷いている。

 ののはと言うと元々魔法少女透明硝子トランスペアレンの中の人? 元の人? が運動神経いい説も捨てきれないがために不安も捨てきれず……。


 そんなの心情を察したのか最初は誰でも不安だし緊張するか……と辛うじて隣にいる私に聞こえる声でブツブツと呟ぶやき。

 かと思えば唐突に体ごと振り向き。


「ボクが君と同級生、って言ったらどう?? 」


 あまりに脈絡のない話だったので理解するのに数秒を要した。


 ののと同級生イコールののと同い歳。


 ののと同い年イコール16歳か17歳。


 魔法少女透明硝子トランスペアレン魔法少女歴十年イコール6歳か7歳で魔法少女デビュー!?!?


 ……そりゃまぁ、あんまり活動したり出来ないよね。言われてみれば試験には年齢制限とかは特に無かったけど。それで受かるって凄すぎ。

 やっぱり、これから魔法少女になるとは言ってもののから見たら雲の上の存在だなぁ魔法少女って。


「……凄いですね。流石先輩。」


 思ったことをそのまま伝えてみたのだが期待外れの反応だったらしく眉が下がり心無しか落ち込んでいるような……。何で? どうしよう!? 理由が分からないからどうしていいものか。

 何か言うべき? もっと褒めるとか?


「あのっ、」

「安心させるどころかむしろ距離感を生んでしまったのかな。人間関係って難しいのサ……。ボクとしては同級生だから気を使わないでイイよ、って伝えたつもりだったのサ……。」


 ののはここで大きな勘違いをしていたことに気がついて猛烈に反省しました。硝子ガラスちゃんは全然問題児じゃありませんでした。


 何考えているのか分からない不思議ちゃんでもありませんでした。


 優しいが故に気を使いすぎて友好関係を作るのがちょっと下手なだけだったのです。としてじゃなくてこれからはとして見よう……。

 そのまま五分ほどお互いに気まずく、沈黙したままただただ足を動かすことに専念するだけで経過してしまった。


 何か話さなきゃ、とは思っても何だか言い出せない。……とりあえず謝るところからかな?

 吸ってー、はいてー……。

 よし。


「あのっ、さっきはg――。」

「さ、そんなこんなしてる間に目的地に到着したのサァ〜!!」


 ……。

 自分の非を詫びようと思ったら……タイミング悪いなぁ私。ここまで来たら逆にナイスタイミングだよ、トホホ……折角出したなけなしの勇気が……。

 の言葉を遮った方はんー? と首を傾げている。


「……? 今なにか言いかけたのサ?」

「え? あ、いや。何でもない!何でもないよ〜。えへへ……。」


 誤魔化せてる?

 目が泳いだりしていないと良いのだけれど……。


「なら別にいいのサァ〜。」


 あっ、良かった。大丈夫そう。

 硝子ガラスちゃん本人に気にしているような行動は見当たらず、出会ったばかりの頃のテンションに戻っていたので下手に蒸し返すのは辞めることにした。


 すると滑るようにドアの前を避けてののを手で促した。


「ささっ、委員長さんがこの部屋でお待ちなのサ! どうぞどうぞ。」


 どうやら部屋の中には付いてこないようだ。何だかちょっと硝子ガラスちゃんと別れるのが名残惜しい。仲良くなれる気がするんだけど、また会えるかな?


「そんな顔をしなくてもボクにはまた会えるのサ! ボクは君の担当なのでー。此処で待ってるから行ってらっしゃいませ!」


 そう言われて少し肩の荷が降りたように感じた。

 ドアの前に立つ。


 どんな人がいるんだろう。どんな事を言われるんだろう。どんな場所なんだろう。そして、どんな魔法少女になれるんだろう……。


 そんな思いを抱えてドアノブに手を伸ばし一思いにドアを開けた。




 残された魔法少女が口の端を釣り上げているのにも気付がつくこともなく。

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