第9話

 決着を。鬼童はその剣が宿す強い輝きを切っ先に乗せて僕へと突き付けた。まだ笑うだけの余裕が彼にはあり、それは彼の中に流れる"鬼の血"のせいだろうか。兎も角、僕にはそんな余裕、もう微塵も残されていないけれど。……受けて立とう。けれど、これは……。


 腰を落とす鬼童に合わせて、僕は構えを下段に取る。鬼童の眼光は鋭く、右目を失おうともまるで衰えていない。睨み合い、そのまま沈黙が降りる。そして、僕が反応の鈍る右手の感覚を確かめようと僅かに剣の柄を握り直した時に動きはあった。


「――ちぇぇええいッッ」


 まるで弾丸のように飛び出した鬼童は、真っ直ぐ僕へと向けて突撃してくる。速い、あまりに速い。僕よりも。――だが、彼の速度は確かに落ちている。全速力であれば、神経が焼き切れんばかりに鋭敏化させた己の動体視力、反射を以てしても反応し対応することは不可能だっただろうが、今の彼はそれが可能な程に衰えている。


 鬼童が僕を必殺の間合いに入れるほんの直前に足元に転がっていたテーブルの半分をその支柱を踏み付けて起こす。それにより僕は鬼童の姿を見失うが、それは彼も同じ事。鬼童の得物の長さは彼の小柄な体格に合わせて、僕の剣よりも短い。そして僕はそこから一歩身を引きながら手にした剣を横に薙ぐ。部屋の照明を反射した煌めきが一閃。見ると僕の腹部から血が滲んでいた。


 限界を超過し、もう体を支えることが出来なくなった僕は腹部の傷から滴り落ち床に出来た血溜まりの上に両膝を付く。目の前では横に両断されたテーブルが崩れ落ち、その向こうで仰向けになって倒れた血濡れの鬼童の姿が見えた。

 起こしたテーブルによる目隠しで距離感を狂わせながら自らの体が動くまでの時間を稼ぎ、相打ちを避けながら鬼童を屠る。……先生の言い付け、半分は成功、そしてもう半分は、相打ちを避けられなかったから失敗。


「――儂も、老いた、な」


 両断こそしていないが、臓器まで達しているであろうその傷で、しかし鬼童ははっきりと言葉を紡ぐ。左目の眼球、その瞳はまだ僕を見詰めていた。なんと恐ろしいことだろう。このご老体はまだその命をごうごうと燃やしているではないか。とは言え、肉体は死んだも同然、僕も彼の事を言えない状態だがまだいくらかはましだ。剣を床に突き立て、支えにして立ち上がる。零れ落ちる血を塞き止める事など出来ないと分かっていながら腹部の傷を左手で抑え、鬼童の元へと歩み寄った。彼は、自らを見下ろす僕を見上げてそして、笑った。


「儂の娘は、鬼の、我らが血の為に――」


 これは全てあやめの為。鬼童という老いし父親を僕自らの手で屠る事によって、彼女の父は、僕だけとなる。あやめと彼女に名を与えた時から、僕はこの為に再び血を求めた。そして、再び終わる。鬼童の首に切っ先を押し付け、撫でる。ぱっくりと開いた喉からはしかしどうしてか血は一滴として流れなかったが、もう鬼童は喋ることが出来ない様だった。彼は僕をその鬼のような赤い瞳で見詰め続け、笑いでもしているのか喉から空気を吹いていた。

 

 暫く彼と見つめ合うと、やがて彼は喉の傷と口や鼻孔から大量の血を流し始め、その目も上がっている瞼の内側に瞳を潜り込ませていた。喉は血のうがいを数秒行った後に静かになり、鬼童という人物が死んだことを僕に知らせる。ああ、終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る