第6話

 部屋は原型を留めないほどに切り裂かれ、そして砕かれていた。僕はこの窮地に陥って、そこから脱するために周囲を観察しその事に漸く気付いた。鬼童の常軌を逸した戦闘能力の前に僕は無我夢中で応戦し続けていた。そこに周囲のことを顧みる余裕など無く、防御も反撃も殆ど反射と言って良い。鬼童を見失わない為に、僕の目には彼しか映っておらず、先生が授けてくれたあらゆるものに目を向け適応するべしと言う教えも熟せていない。


「儂の娘を匿っておるそうだが、ならばもう気付いておろう若いの。この力、唯の人風情にどうにか出来るものではないという事。娘もまた然り。そちではどうにもならん」


 このご老体は、いっぱいいっぱいの僕とは違ってまだまだ余裕があると見える。つくづく恐ろしい、鬼童という呼び名は伊達では無いのだと言うことが良く分かる。だが、あやめの事を言われては、僕も引き下がるわけにはいかない。程度は見極めた。今の僕でも食い下がることぐらいは出来ている。ならば、ここからが本番だ。


 鬼童の放つ視認すら危うい一撃を上体を曝して躱す。躱し切れず、鼻筋を横に切り裂かれたが、この程度なんてことは無い。そしてこれ以上引き下がるつもりも無い。詰めてくる鬼童に対し僕も床をしっかりと踏み締めて身構える。直後、鼻の傷から吹き出して舞い散った自分の血の飛沫がスローモーションのように映る。鬼童の突き放った剣先が、今ならば視認できた。だがまだ速い、急ぎ、動け。


 頬に切っ先が引っ掛かり、肉を裂いて行く。だが、躱した。必殺であろう一撃を躱して見せた。僕の目に映った鬼童の表情に更に皺が寄って行くのが見える。続け様に放たれた数々の斬撃を、僕は搔い潜って行く。これまで勘で回避していたに過ぎない鬼童の刃が今は見えている。幾重にも張り巡らされた網目となった彼の斬撃は、僕の逃げ道を塞ぐ。だが僕にも剣はある。直線的な攻撃を躱すが、これは囮。すぐさま回り込んで来る一撃が僕を襲う。それを剣で受け止め、弾く。歯噛みでもしているのか、鬼童の表情が強張っているように見える。もう少し。

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