第5話
凝った装飾の、如何にもな扉を開くと、その先では一人の男が僕を出迎えた。"鬼童"、彼はそう呼ばれている。
鬼童は歩み寄る僕にまるで動じず、テーブルを一つ挟んで僕らは対峙した。彼が誰かの名を僕に訊ねたので、僕は片手にぶら下げていた先程戦った男の首をテーブルの上へと置いた。どうやら、彼の事のようだった。鬼童はしかし鼻で笑うばかり。彼との問答は十分だろう。一息に、一太刀で、鬼童の首を落とす。落とそうとした時だった。ひんやりした感覚に僕は半身を引くと、何かが鼻先を掠め、そして僕の前髪を僅かに切り裂いて行った。
テーブルと、男の首が真っ二つに割れて崩れ落ちる。鬼童は僕が視認するよりも速く、腰を掛けた椅子に立て掛けていた剣を抜き放ったのだった。異常としか言えないその速度は、齢八十を迎えようという老人の成せる業ではない。先生と同等、先生の業を受けた事が無ければ躱すことは出来なかった。これは、マズイ。
既に僕は自分の間合いに鬼童を捉えている、が、それは同時にこの老人の間合いに自分が居ることも意味している。僕の剣速が先生に追い付いた試しは一度として無いし、今を以てしても追い付く気配は無い。その先生の剣と同等の速さを持つ鬼童の剣に馬鹿正直に立ち向かった所で、僕では敵わない。これ以上考える時間は無い、急ぎ僕は鬼童が支配した間合いから飛び退いて逃れる。だが、既に僕の眼前には遠退くべき筈の老人の濁った瞳が迫っていた。逃れられない。
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