第42話 息つく暇など与えない

これから起こる事を単純に言い表すなら、1対1の戦争だろう。

遠く、海の底から嫌な地鳴りを起こす者の方へ視線を向ける。

パークの危機では収まらない脅威。

まず間違いなく、誰もが勝てない相手。

しかし、逃げることも負けることも許されない。

これのどこが自由に生きていると言えるだろうか。

これはきっと、使命を持って生まれた少女が、全てを投げ出す物語。




大きな振動を伴い、海の中から小さな山が姿を現した。

小さな山は、すぐさま大きく隆起する。

地底火山が急に活動を始めたかに見える現象は、即座に否定されるだろう。

海から浮かび上がったのは、島より巨大な亀。

怪獣とでも呼称すべきその巨躯は、ただ歩くだけで災害を巻き起こす存在であった。

もっと遠くに誘導しつつ、確実に鎮め――あるいは、沈めなくてはならない。



「あーあ、ただでさえ地形変わっちゃってるのに、まだそっちに行くつもり?

そんなことは私が許さないよ」


守るべき場所パークの方へ侵攻する大亀を、大量のサンドスター製の鎖によって拘束しようとするが、さほど効果が見られない。

圧倒的な質量と熱量を持つ怪獣は、海上を駆ける小さき者など気にも掛けない。



ガキンッ!と、およそ生物同士の戦いとは思えない金属音が響く。

最古の攻城兵器、破城槌はじょうついを基とした大槍による攻撃を仕掛けたのだ。

今の位置関係で強力な爆撃を行えば、パークにも甚大な被害が出てしまう。

だからこそ、単純な攻撃で注意を引き付けるしかない。


「 蝨 ー 蜻 ウ 縺 ォ 逞 帙 ¥ 縺 ヲ 闕 駅!!」


痺れる程に空気を震わす怪獣の咆哮。

まるでダメージにはなっていないものの、存在を認めさせる程度の効果はあったようだ。

そのまま少しづつ、ヒット&アウェイで怪獣の体表に細かな傷をつけ、パークから引き離していく。

身を捩る程度の動作にも注意し、時に背中の火山から吹き出る溶岩にも細心の注意を払う。

正に、全ての攻撃が一撃必殺な状況で、神経を磨り減らしながら戦いを続ける。


日が昇るまで2時間といったところだろうか、長く続いた我慢の時は過ぎ去り、作戦は次の段階へシフトする。


「ここまで来れば、後は叩き込むだけッ!」


ここまで来れば、パークへの被害もほとんど無くなるだろうと確信し、気合いを入れる。

何の飾り気もない愚直な大剣を振り下ろす。

しかし、足りない――この怪物を沈めるには。

足りない――威力が、サンドスターが。

島から離れた分、サンドスター濃度も低くなる。

消費マイナス供給プラスの収支でいえば消費マイナスに振り切っていることだろう。


「はぁ……流石に厳しいな……。正直、疲れたし眠いよ。

でも私って寂しがり屋だから抱き枕でもないと寝れないんだよね。

だから、一緒に海の底で眠ってくれる?」


巨大な甲羅に対し、僅かに刺さった大剣。

この僅かな亀裂に対し、自身を構成するサンドスターまで用い再度全力の攻撃を仕掛ける。


「 逞 帙 ▲ 縺 ヲ 縺 ! !」


怒気を孕んだ怪獣の轟咆。

まだ、足りない――

忘れていた訳ではないが、元よりこの戦いは、勝ち目のない戦い。

或いは、災害の犠牲者を自分1人のみに抑える挑戦。


表面上は続いていた拮抗が、遂に崩れる。

怪獣災害の化身の背から振り落とされ、海面に叩き付けられる少女リン



これでいい。

――やっと、勝ち筋が見えた!


今、漸く使う時が来た切り札セルリアンの石

怪獣の背中の上に残された石は本来の姿、セルリアンと化す。

そして、その習性から、群がる場所は当然、限界近くまでサンドスターを込めた大剣。

深々と突き刺さったそれは、何よりも輝きを持っていた。


大陸とさえ見紛う巨躯相手にセルリアンが太刀打ち出来るのか?

答えは、否。

しかし、時間稼ぎには十分だった。






「思ったより早かったね。

いや、私が手間取り過ぎちゃったのもあるかな?」


の屋根部分によじ登る。


「何を呑気に言ってるんですか!ボロボロじゃないですか!」


珍しく怒った様子のかばんちゃん。

それはきっと、優しさがあってのこと。

だけど今は

同じくバスの屋根部分に上がってきた かばんちゃんをそっと抱き寄せ、黙らせるかの如く無造作に唇同士を重ねる。


「ほんと、役立たずでごめん。……後は任せるよ」


力を使いすぎた私の体は、かばんちゃんの左手の薬指に嵌め変えた指輪だけを残し、光の粒となり風に散ってゆく。


最初で最後の口付けは、海に落ちたせいか、塩の味がした――





   *




「リンちゃん……?」



思考が追い付かない。

理解したくもなかった。

それでも、理解してしまう。

勝てないはずの戦いに、勝利条件を書き換えてチーターらしいやり方で、勝ったという事実を。


どうにもならないなら、どうにか出来る力を誰かに託せば良い。

そんな、無責任自由な勝ち逃げだった。





「かばんちゃん!しっかりしてよ!!」


サーバルちゃんの声に、ぼくは意識を取り戻しました。

時間稼ぎに使っていたセルリアンも既に砕かれ、巨大な影が目の前にまで迫っていました。



「大丈夫だよ、サーバルちゃん」



突き刺さる。

巨影に。

剣が、槍が、矢が――

降り注ぐ、雨の様に

荒れ狂う、嵐の様に

希望を示す、流れ星の様に


リンちゃんと、ヒトのフレンズである ぼくが1つになったから、この星ごと消し去る事すら簡単に出来るでしょう。

でも、ぼくはリンちゃんが守ろうとした世界を、皆を守りたかった。

その一心で、こういう戦い方をしたんだと思います。


「 繧 ゅ ≦ 繝 槭 ず 辟 。 逅!!」


苦しみながら沈んでゆく怪獣を尻目に、ぼくとサーバルちゃんは、これ以上ないくらい涙を流しました。

ゆらゆらと波に流されるバスの上で、涙を、流し続けました――

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