就職先は魔女が経営する探偵事務所
赤橋慶子
一部 第1話
1
将来何になりたいとか、どんなことをしたいとかハッキリと考えたこともない。ただ、漠然とサラリーマンになるんだな……としか思っていなかった。
いや、そりゃー子供のころはサッカー選手になりたいとか、ゲームクリエイターになりたいとか、自分で会社を設立して社長になるとか、そういう夢を抱いていたことも多々あった。そう、こんな俺でも大きな夢はあったんだ。あったが、そんな夢も年齢を重ねるにつれどんどん薄れていき、今ではそんな夢の跡などこうしてじっくり時間をかけて過去を振り返なければ思い出すことすらできない。
「自己PR……志望動機……」
少しでも子供のころに抱いた夢を胸に秘めていれば、かれこれ1時間にらめっこしている企業のエントリーシートもすんなりかけたことだろう。ただ、就職できればいいやと思っていた俺にとって、自分をPRする部分も思いつかないし、受ける会社の志望動機なんてもんはない。
でも不思議なもんで、就職できればいいと思っていても、就職先がどこでもいいというわけではない。どうせ就職するなら大手企業に行きたいと思うのだ。もちろん、初任給も高いところを希望だ。とりあえず大手に入っておけば、安泰だろう……そう思っているやつを大手企業が欲しがるわけもなく、すべて書類選考で弾き飛ばされるのだった。
俺は「ま、ワンランク下げればいいかな」とか、そんなアホなことを思いながらいわゆるイケイケな中小企業に応募したが、これもすべて書類選考で弾かれる。
周りは続々と内定者が決まっていく中、俺はまだ決まらない。まだ面接すら行ってない。さすがにやばいと焦る。『無職』という単語が脳裏に浮かんでくるのだ。
——もしかして、この大学で内定もらってないの自分だけじゃないか?
もう夏になる。もう夏になってしまう。
この際どこでもいい! もうブラック企業でもいい! 入っても死なない程度で働けばいい! 俺ならできる!
「まじで……まじでどっかいいところ」
求人がはられている校内掲示板を漁るようにみるが、この時期になるとどれもブラック的な匂いを醸し出す求人ばかりだった。ブラック企業でもいいと言ったが、いざ内容を目にすると尻込みしてしまう。見込み残業代80時間って……。月80時間残業するかもーって言ってるようなもんじゃないか。
あれも、これも、ブラック企業らしいもの(だから売れ残っているのだが)ばかり。これじゃ就職せずに時給のいいアルバイトを探したほうがまだマシなのでは……。
そんな絶望にひれ伏せそうになるなか、俺は隅っこに追いやられている、異質な求人広告をみつけた。異質というのか、他の求人と比べて
「黒崎探偵事務所……」
なんだこの紙の素材から他のと全く違うこの求人は……。イタズラか?
にしては手が込んだイタズラだ。わざわざ羊皮紙まで使って(羊皮紙なんてゲームの中でしかみたことないのだが)。
それでいて、求人の内容も……。
「初任給……30万って」
使えるかわらん新卒に30万なんて払うかい。
「場所は……近い……福利厚生……悪くない……職業、探偵。あ、サイトある」
スマフォを取り出しサイトをみると、これもまたよくできているものだった。大手大企業と遜色ないでき。俺はだんだんと実はこの求人が本物じゃないかって思えてきた。
思えてきたが……思え……でも……で……。
「あ、もしもし? 大学の求人広告を見てお電話したのですが……」
電話口からはまるで美しいエルフのような声をした女性が受けてくれた。
いや、エルフなんてゲームかアニメでしか見たことも声も聞いたこともないのだが……。
○
「ヘイ! ガイ! チョットまッテテ、BOSSはモウスコシでくるよ。寛いで待ってて!」
やたら『ボス』の発音がいい筋肉マッショでピッチピチのTシャツを着ている白人男性に入り口で捕まり、ここまで連行された。
あっという間だった。面接をやる場所であるビルに赴くと入り口で腕を組みながら仁王立ちをしてるマッチョ外人がいて、目が合ったら「四条光太郎さんだね!」と俺の返答もなしに……というより、返事をする暇もなく、抱えられこの部屋まで連れてこられた。
もう完全にやばい匂いしかしない。とんでもないところに来てしまった。ていうか、電話したときにいた、あのキレイで心を奪われる女性の声の主はどこにいった。あれか? サクラか? あれは俺みたいな哀れなやつを釣るための餌か?
やっぱり、就職先はちゃんと選んだほうがいい。帰ったらしっかりと自己分析して、自分が何をやりたいのかハッキリさせよう。いまからしっかりやればきっと大丈夫。「BOSS」という方がきたら、用事があるから帰りますと言ってさっさと帰ろう。
そう決意をしたときに、ドアがガチャリと開いた。
「お待たせしてすまない。電話が長引いてね」
「あ、あの! すみません! 自分、急に用事ができてしまいましてすぐに……」
言って言葉がでなかった。俺は入ってきた人を見た途端に、いいかけていた言葉がでなくなった。急に言葉がでなくなることってあるのか。
「ん? 用事?」
「いえ、なんでもないです!」
「はは、君……おもしろいね。まぁ、座りなよ」
「は、はい!」
俺は緊張した。すごく緊張した。先程の身の危険を感じるようなやばいやつじゃない。そうこれは、気になる異性と初めて急接近したような、またははじめての告白をするような、そんな緊張。
なぜなら、入ってきた「BOSS」がめちゃくちゃ美人だったからだ。しかも俺が大好きな黒髪ロングでスレンダー体型で、そしておっぱいが大きい。
「え、えっと! よろしくお願いします!」
「あはは、そんな緊張しなくていい。面接と言ってもそんな堅苦しいものにするつもりはない。というか、君がここに来た時点で、すでに君は内定だ。だから、今日は……そうだな。会社説明を含んだ、雑談……といったところか」
「え? 内定?」
今……今この人、内定って言ったか? てか、足を組むとその、スカートの中がみえ……見え……。
「さて、まずは自己紹介だな。はじめまして、四条光太郎くん。私は黒崎麗華。この事務所の代表にして、探偵をやっている……魔女だ」
○
お互い軽く自己紹介をしてから、映画のパンフレットのようにしっかりと作り込まれた会社パンフレット、もとい事務所パンフレットに沿って、事務所の説明がされた。
魔女としてイギリス、フランス、ドイツ、ルーマニアやオーストリアなど、ヨーロッパの国々を転々し、10年前に故郷である日本を拠点にするようになったとか……。
魔女として今やっている探偵の他に、経営コンサルタントやイベントコーディネート、ゴーストライターなど、様々な分野で活躍し、10年間ずっと黒字経営を続けている……とか。
魔女として魔女らしく悪魔にとりつかれた人を祓ったりとか。
……悪魔を祓うのは、魔女じゃなくて聖職者じゃないか?
「とまぁ、魔女としてこんな感じの仕事をしているわけだ。ここまででなにか質問はないか? なんでもいいぞ」
ある。質問ある。まずは気になって仕方がないものが、ひとつある。だが、さも当然のように、且つ自信があるように話すもんだから、聞いていいのかわからない。
聞いちゃいけないんじゃないかって思えてしまう。
「ん? ないか? じゃー早速、気になっているであろう待遇面の話を……」
「あああ、えっと……その前に、やっぱりひとつ聞いてもいいですか? あの……魔女ってなんすか?」
俺が聞くと、なんだか意外そうな顔をする。え、なにかまずいこと言った? なんでも質問していいって言ったよね。
「なんだ、魔女を知らんのか。今の日本人って魔女をしらないのか? いや、でもこの間アニメで魔女でてきてたよな」
「いや、魔女は知ってるんですが……ごめんなさい」
なんで、俺が謝罪してんだ?
「なんだ、知ってるのに、質問したのか。面白いな君は。ふふ、なかなかのユニークさを持っている……うむ、ますます気に入ったよ」
「あははは、どうも」
「それじゃ、待遇面の話をしようか」
もう魔女の件はいいや。きっとここでの独特の役職とか呼び名なんだろう。ネットニュースでそういうユニークさをもった企業が増えてるって書いたあったし、あるIT企業だと『キノコ課』みたいな課があるらしいからな。
うん、気にしないでおこう。
○
「以上が待遇面だ。ここまでなにか質問あるか?」
「いえ……とくには……いや、その……」
「なんだ? 聞きたいことはしっかり聞いておかないと後で、後悔することになるぞ?」
「ここに書かれてる待遇は……ホントですか?」
「ああ、ホントだ」
だとしたら、めちゃくちゃ待遇良すぎるだろ。
初任給30万。
基本週休2日(土日)。
祝日休み。
夏休み10日。
冬休み10日。
GW4日。
リフレッシュ休暇(3〜7日)。
賞与年2回(6月・12月)。
社会保険完備。
交通費全額支給。
提携旅館・ホテル50%オフで利用。
住宅手当支給3万円。
残業代超過分支給。
その他福利厚生あり。
え、なにこの高待遇。大企業ばかり受けてきた俺にはわかるぞ、この高待遇のよさ。初任給30万だけでも、良さげなのに……どうしてこんないい求人が、掲示板の隅っこに追いやられたのか不思議でしかたがない。
だから不安になる。もしかしたらやばい仕事なんじゃ……。
「ここ数年、なかなかいい人材を採用できなくてね。昔講師をしていた大学、ああ君の大学なんだが、そこの学園長に頼んで求人を貼ってもらったんだが……不発でね。もう掲載するのやめようってときに、君が来てくれた。いや、待っててよかったよ」
学園長経由での求人……ということは、信頼できるってことか? うちの大学はそこそこ名の通ってる大学だから、闇が深い求人に掲載はいくらなんでもしないだろう。
「まぁ、まずはしっかりと研修を受けてもらってから実践だな。一応最大6ヶ月をめどにしてるが……まぁ、君なら1ヶ月あれば大半は身につけられるだろう」
「えっと……はい」
「さて、一通りここについて話したが……光太郎くん。私としては内定で、もし時間があるなら、大学卒業まで空いてる時間があるなら研修を含めたバイトをしてもらいたいと思っている。時給は1300円。どうだろう」
就活で金欠な俺にとってその提案はとても魅力的であった。
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