第169話 大成、広内金先輩の決断を受け入れるけど、青葉は・・・

「だってそうじゃろ?若くて綺麗な孫が自分の後継者なら選挙民の受けもいいし、青葉あおばさんくらいの子なら自分の意のままに操れるから、引退しても『政界のドン』でいられるからのお。こんな事は婆やでも分かるぞ」

 それだけ言うとゴッドマザーは再び「はー」と軽くため息をついたけど、今度はゴッドマザーは全部正直に言ってスッキリしたのか、心拍数も表情も普通のままだった。

「ま、ここから先は青葉さん自身が決める事だが、今年の秋に総選挙があるのは間違いない。何しろ『政界のドン』が明言しているくらいじゃからのお。たしかに最初のうちは周麿しゅうまろや婆やたちが口うるさく言ってきて、それこそ駒だろうけど、周麿も婆やも長くてあと20年も生きられれば御の字じゃから、かせがなくなれば自由になれる。いや、広内金ひろうちがね山遠矢さんとおやなのだから、広内金家を逆に裏から操る事になるやもしれん。こればかりは婆やが口出しする事ではないから青葉さんの自由にすればいい。まあ、周麿の後継者が西にしになったとしても、広内金家の支援がなければ選挙をやっていけないのは事実だから、青葉さんが政治家にならなければいけない理由は見当たらないのも事実だよ。さすがに今回は嘘を言ってないぞ、駒里こまさと大成たいせい君」

 ゴッドマザーはそれだけ言うと右手で天婦羅を掴んで天つゆにポチャッと付け、それを口に入れた。その後は無言で他の料理に手をつけている。ある意味、豪胆ではあるけど逆に『広内金家のゴッドマザー』の恐ろしさの一端を垣間見た気がした・・・

「・・・お婆様、一つ、聞いてもいいですか?」

 青葉はずうっとゴッドマザーを見ながら微動だにしないけど、広内金先輩が重々しい表情で口を開いた。いや、何かを決心したかのような表情に見えるのは俺だけだろうか・・・

「・・・華苗穂かなほ、言ってみなさい」

「・・・お婆様の本音は、青葉クンが政治家になって、ボクと駒里クンがくっつく事を望んでいるという事で間違いないですよね」

「・・・どうしてそう思う?」

「だってそうでしょ?ボクと駒里クンがくっつく事は広内金家と糸魚沢いといざわ家の両方にメリットがある。しかも駒里クンの家も基本的には反対してないし、駒里クンの伯父が経営している駒里建設や駒里運輸にもメリットがある。青葉クンが政治家になれば、広内金家と『政界のドン』の両方にメリットがある。広内金家が青葉クンに支配される可能性がないとは言い切れないけど、そこは今後の力関係だから青葉クンを引き続き裏から支配する事も可能だから、長い目で見たら絶対にプラスだ。そうでしょ?」

 ゴッドマザーは何も言わなかったけど黙って首を縦に振った。つまり、広内金先輩の考えを肯定した訳だ。

「・・・ボクの考えをここで言ってもいいかな?」

「言ってみなさい」

 ゴッドマザーは澄ました表情で広内金先輩に言ったけど、広内金先輩は覚悟を決めたかのような表情で喋り始めた。

「・・・ボクは・・・ボクは駒里クンの2番目でいい」

「・・・華苗穂、それはどういう意味?」

「ボクは駒里クンの1番目が誰なのか知ってるつもりだ。でも、それは同時にお婆様自身も気付いてる筈だ。そうですよね」

 ゴッドマザーは今度も何も言わなかったけど黙って首を縦に振った。つまり、広内金先輩の考えを今度も肯定した訳だ。

「・・・ボクは駒里クンの1番目が駒里クンを選ばなかった時の2番目でいい。もちろん、駒里クン自身がボクを選んでくれるなら、その時はボクは受け入れる。お婆様はさっき、『広内金家の者と付き合うのなら文句を言う気はサラサラない』と言ってた以上、駒里クンがとお婆様が言ったのと同じだと解釈しているが、それも間違いないですね」

 ゴッドマザーは今度も何も言わなかったけど黙って首を縦に振った。つまり、広内金先輩の考えを三度みたび肯定した訳だ。

「じゃあ、答えは簡単だ。青葉クンの事をボクがどーのこーの言っても始まらない。それに青葉クン自身が判断する事だからボクは口出ししない。青葉クンが政治家を選んでも選ばなくても青葉クンはボクの再従妹はとこには違いないのだから、ボクは青葉クンのよき理解者でありたい。あとは駒里クンがボクを選ぶか1番目の子を選ぶか決めてくれ」

 それだけ言うと広内金先輩は恥ずかしいのか顔を真っ赤にしたまま右手でグラスの水を飲み干し、そのままテーブルの上の物をガツガツと食べ始めた。

 やれやれ、俺に表情や心拍の変化を読み取られるのを防ごうとしてワザとやってるなあ。でも、俺は逆に言えばゴッドマザーと広内金先輩に下駄を預けられた格好になった訳だが、は、青葉はどうなんだろう・・・

 そう思って俺は青葉の方を振り向いたのだが・・・はあ!?何を一人で深刻な顔をしてブツブツ言ってるんだあ!?

「あ、青葉、お前さあ」

「はあ?大成、何か言った?」

「『何か言った?』はないだろ?さっきから何をブツブツ言ってるんだあ?」

「あー、それはねー、もし私が政治家になったら『めでたい焼き』を誰が継いでくれるんだろうって一生懸命考えてたのね」

「はあ?」

「だってそうでしょ?お父さんの事をあーだこーだ言っても仕方ないから前を向いて行くしないと思うけど、これは間違ってないはずよ。でも、『政界のドン』は東京に住んでるんだから、私に東京の大学へ行って私設秘書になれって事だよねえ。そうなったら『めでたい焼き』の後継者である私がいなくなるって事だからさあ。あー、考えてみたらあ、大成、あんた、普通科の人よりも成績が下なんでしょ?このままだったら特進科なのに三流大学しか行くアテがなくなるから、大学に進学しないで『めでたい焼き』に就職しなさいよ。そうすれば私も安心して東京の大学へ行けるからさあ」

「あ、あのー・・・青葉さん」

「ん?大成、何か言った?」

「お前さあ、さっき広内金先輩が言った言葉の意味を理解してるのか?」

「はあ?何それ?私はさっきからずうっと『私が政治家になったら、めでたい焼きを誰が守ってくれるのだろう』って事ばかり考えてたから、華苗穂先輩がどーのこーのとか言われても全然分からないわよ。それにさあ、大成が『めでたい焼き』に就職してくれないって言うなら、私が『めでたい焼き』を切り盛りしていくしかないんだからさあ」

 おいおい、青葉さあ、お前、広内金先輩が相当の覚悟を持って言ったのに全然聞いてなかったって事じゃないかよ!

 俺は広内金先輩の方を見たけど、広内金先輩は肩を窄めて両手を開いて苦笑いしてるし、ゴッドマザーはゴッドマザーで「やれやれ」と言わんばかりの顔をしてるし、青葉、お前、結構無責任な発言だぞ。それに・・・『俺の1番目が青葉だ』という事を全然分かってないじゃあないかあ!!

 さすがに俺も広内金先輩が言った言葉をこの場で言うのは超がつく程恥ずかしいし、かと言って広内金先輩に「もう1回、同じ事を言って下さい」などと言ったら今度こそ本当に広内金先輩が怒るだろうから言えないし・・・マジで勘弁して欲しいぞ、ったくー。

「あーーー!今日は食べまくるぞー!!」

 俺は少々自棄になって目の前の料理を片っ端から食べ始めた。俺のナイフはさっき投げつけしまったから箸しか使ってないけど、殆どヤケ食い状態だあ!

 広内金先輩もそれを見て「それもそうだな、折角の料理が冷めてしまったら元も子もないからな」と言って食べ始めたし、ゴッドマザーも無言で箸を動かし始めた。青葉はというと最初はキョトンとしてたけど、やがて「そうれもそうね、折角だから全部食べ切らないと損よ」とか言って食べ始めた。


 その後は誰も喋る事なく手を動かし続けた。でも、さっきまでの殺伐とした雰囲気はなく、誰もが料理を楽しんでいるといった雰囲気だ。

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