第158話 大成、ゴッドマザーを手荒に歓迎する

「・・・ホントに駒里こまさとクンは外壁やベランダ伝いに38階まで来たのか?」

「『嘘だ!』と言いたいわよ。でも、モニターには玄関が開く様子が写ってなかったのは事実としか言いようがないのは華苗穂かなほ先輩も知ってるはずよ」

「駒里クンはフリークライミングをやってるのかなあ」

「少なくとも私は大成たいせいがフリークライミングをしてるなんて話は聞いた事がないよ。かえでちゃんやみどりちゃんからも聞いた事がないわよ」

「仮にだぞ、ホントに仮の話だけど、青葉あおばクンが家に入った時と同時に駒里クンがこのマンションに向かったとして、あれだけの時間で38階まで登れると思うか?」

「ぜーったいに無理よ!多分、あの秘書さん、たしか平野川ひらのがわさんと言った筈だけど、あの人と示し合わせて電車で先にこの家に来ていて、他の部屋から華苗穂先輩のベランダに来たとしか思えないよ」

「でもさあ、ベランダは繋がってないから、あの2m近い隙間を飛び越えないと来れないよ」

「頑丈な梯子はしごとか使えばやれるかも」

「まあ、たしかに」

「それでも普通の人なら怖くてやれないわよ・・・」

「だよなあ・・・」

 俺の前で広内金ひろうちがね先輩と青葉がヒソヒソ声で会話しながら歩いてるけど、たしかに二人が疑問に思うのも無理ない。普通に考えれば、こんな時間に高層マンションでフリークライミングをする馬鹿はどこにもいないのだから。それに、こんな短時間で登り切るなど人間がする事ではない。

 でも、のだ。

 広内金先輩の案内で俺は今日のディナーが行われる部屋へ向かってるのだが、この家の広さには正直閉口している。

 本来なら4つに分けて分譲される筈の1フロアを全て自宅にしているのだから、1部屋の広さも半端ない。広内金先輩個人の部屋だって、もし畳を敷き詰めたら柔道場を1つ作ってもまだお釣りが来るくらいの広さがある。それ程の広さの家に普段住んでいるのは3世代7人だけ。まあ、逆に言えば自分たちだけで掃除するのは不可能に近い広さなのだから、専属の家政婦がいるのだろうけど。

 しかも、今、この家にいるのは客人である俺と青葉、それとゴッドマザー、広内金先輩、さらには私設秘書の島松しままつさん・平野川さん母娘の6人だけで、他には誰もいないというのは広内金先輩の話だ。だから静寂の中を歩いてるに等しいから広内金先輩と青葉の会話もよく聞こえる。


“トントン”


 広内金先輩が扉をノックした。どうやら、ここが今日のディナーの場所、つまり、広内金家のリビングとでもいうべき場所か・・・


“ガチャリ”


 扉が中から開けられたけど、扉を開けたのは平野川さんだ。

 広内金先輩と青葉が並んで入り、それに続いて俺が部屋に入った。

 まあ、正直に言うけどリビングの広さには再び閉口した。広内金先輩の部屋も広かったけど、その2倍くらいありそうな程の部屋なのだ。家具やテレビ、オーディオだけでなく絵画や壺、彫刻のような物も置いてあったし、ソファーやテーブルもいかにも高級品という物ばかりだ。

 その部屋の一角で、長方形のテーブルの長い面の真ん中に一人の女性が座っていた。その背後にはスーツの上にエプロンをつけた老婦人が立っていたけど、これが平野川さんのお母さん、名前は島松しままつ昭栄あきえさんのはずだ。おそらく60歳前後なのだろうけど、こちらも老いを感じさせない。

 椅子に座っている女性の髪は全て真っ白になっている事から相当な高齢だというのは誰が見ても明らかだ。恐らく70歳から80歳くらいなのだろうけど、高級そうな服を着て、それでいて背筋をピンと伸ばしている。

 だが、想像に反して眼光は鋭くない。俺はもっと冷たい眼をしていると思ったのだが・・・あれが『広内金家のゴッドマザー』広内金はななのか・・・たしかに広内金先輩と顔の雰囲気は似ている。広内金先輩が50年、60年経ったらああいう顔になるのだろうか・・・

 テーブルの上のは既に料理がいくつか乗っている。ゴッドマザーの対面にあたる面に3つの椅子が並べられ、そこにスプーンやフォークなども置かれている。という事は平野川さんが言ってたとおり、本当に4人だけでディナーをするつもりなのか・・・

「・・・ようこそ、駒里大成君、待っていたよ」

 ゴッドマザーが口を開いた。

 だが、その次の瞬間、俺の体は反射的に動いた!


「「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」」


 青葉と広内金先輩がほぼ同時に大声を上げた。平野川さんと島松さんは声を上げなかったけど、明らかに額から脂汗をかいているから逆に声が出せなかったのだろう。だが、ゴッドマザーは声を上げるどころか表情1つ変えなかった。

 そう、俺はゴッドマザーが声を発した瞬間、挨拶代わりにテーブルの上にあったナイフ、お皿のローストビーフを切るために並べてあったのだろうけど、それを素早くゴッドマザーに投げつけ、2本のナイフはゴッドマザーの椅子の背もたれ、正しくはゴッドマザーの首の右と左の真横、。首を動かしていたら頸動脈けいどうみゃくを切られていただろうけど、ゴッドマザーは首を動かさなかったから無傷でいられた訳だ。ある意味、肝が据わっているとしか言いようがない。こいつこそが本当の意味でのゴッドマザーかもしれない・・・


「・・・さすが駒里幾寅いくとらさんの孫、駒里比羅夫ひらおさんの息子じゃのお。まさかこういう手荒な歓迎をしてくれるとは、婆やも嬉しいぞ」

「・・・どうして避けなかった?」

「いやー、足腰は今でもしかっりしてるけど、さすがの婆やも視力の衰えだけは隠せないからのお。年々視野が狭くなっているのは自覚せざるを得ないし、君が動いたというのは分かったけど、何をしたのか全然分からなかったというのが正しい」

「たしかに、動けばあんたは死んでいた。結果的に動かなかったから助かった」

「まあ、君のお父さんも以前、君と同じ事をしたから『もしかしたら』とは思ってたけど、まさか本当にやるとは思わなかった」

「へ?」

「とにかく座りたまえ、百地ももち三太夫さんだゆうの21代目の子孫」

「!!!!!」

「「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」」

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