裏の顔

第157話 大成、制限時間に余裕で間に合う

「・・・それにしてもゴッドマザーのやつ、無茶苦茶な要求をしてくれたなあ」

 俺は思わず口に出してボヤいてしまった。

 母さんは『手荒な真似をしないでね』とは言ってたけど、本音を言えば顔を見た途端にグーで殴りつけたいくらいの気分だ。ジイや親父の知り合いだから俺が手を出せないというのを見越して、殆ど無理強いに等しい要求を突き付けてきたんだろうけど、内容だ。

 逆に言えば、俺はゴッドマザーに試されている訳だ・・・

「ふーーーーーー・・・」

 俺は2本目のペットボトルを空にして思わずため息をついてしまったけど、1本目と合わせてそれを足元に置いた。

「・・・さてと、広内金ひろうちがね先輩は青葉あおばに勝てたのかなあ」

 俺は思わずクスッと笑ってしまったけど、青葉のジャケモンに勝てないようではジャケモンバトルの大会に出ても初戦を突破する事も出来ないはずだ。先日の罰ゲーム(?)の時に広内金先輩は「ジャケモンバトルの大会に出ても一度も勝てた事がない」と言ってたから、ほぼ間違いなく青葉の圧勝だろうけど、もしかしたら他のゲームをしてるのかもなあ。

 そんな事を思いつつ、俺はコートのポケットからスマホを取り出した。

『・・・もしもーし』

「せんぱーい、青葉に勝てましたかあ?」

『おいおい、人を散々待たせておいてそれは無いだろ?』

「あー、それはすみませんでしたあ。でも、青葉に勝てないようではジャケモンバトルの大会に出ても初戦負けですよー」

『へへーんだ。結果はボクの圧勝だあ!』

「マジですか!?」

『と言いたいけど、実際は勝率2割程度といったところだな』

「ま、青葉と五分五分の勝負が出来るようになるまで頑張って育てて下さいねー」

『はいはい、それは分かったから窓を開ければいいんだろ?』

「はーい、よろしくお願いしまーす」

『一体、窓を開けて何をやるつもりだ?まさか盛大な花火でも打ち上げるのか?』

「ドデカイ花火を打ち上げて驚かしたいけど、それに似たような事をしますよ」

『ほー、それじゃあボクが驚いたら明日、購買のパックジュースを君に奢ってやろう』

「せんぱーい、せめて一週間にしてくださいよお。大蝦夷銀行頭取の孫娘ですよねえ」

『フン!そこまで言われたなら一週間ではなく明日から5月31日までの間の毎日にしてやる。その代わり、ボクが驚かなかったら君がボクに、あー、いや、青葉クンも長々と待たされてブーブー言ってるからボクと青葉クンの二人に毎日奢れ』

「いいですよー」

『よーし、その言葉、忘れるなよ』

 そう言いつつ広内金先輩は左手でスマホを持ちながら窓際に歩いてきた。青葉もその横にいるが二人ともニコニコしている。そのまま広内金先輩が右手をカーテンに掛けたのが


『うわーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!』


 カーテンを開けた途端、広内金先輩は電話口で大声を上げたかと思うと腰を抜かしたようで尻餅をついてしまった!当然だが青葉も同じように大声を上げて2、3歩、後ずさりしてしまった。広内金先輩のように尻餅をつかなかったのはさすがだけど、あきらかに狼狽しているのが丸わかりだ。

「ちょ、ちょっと大成たいせい!どうして!?!」

 青葉がベランダに出る窓を開けてから大声を上げたけど、たしかにここにいる筈のない人物が誰でもびっくりするよねえ。

「うーん、広内金先輩のお婆さんがエレベーターを使わずにここまで来いって言ってたから、ベランダからお邪魔させてもらう事にしたんだ」

「ベランダとか呑気に言ってるけど、2階ならいざ知らず、ここは38階よ!どうやってここまで来たのよ!」

「うーん、建物の外壁やマンションのベランダの手摺てすりを伝ってじ登ってきた」

「マジ!?」

「ああ、その通り。俺は嘘をこれっぽっちも言ってないぞ。しかもディナー開始時間に余裕で間に合ったぞ。だが、そんな話は後回しだ!広内金先輩、あのクソババアのところへ案内してくれ!!文句の1つや2つじゃあ済まないくらいに怒鳴りたい気分だ!!!」

 俺は広内金先輩にそう怒鳴ったのだが・・・あれあれー、広内金せんぱーい、どうしたんですかあ?ジーンズだから大丈夫ですけど、スカートだったら下着が丸見えですよ!

 そんな広内金先輩だけど、苦笑いをしたかと思ったら

「・・・た、頼むからそんな顔で見ないでくれ、正直怖いから・・・」

「あー、すみません、ちょっと短慮でした」

 そう言って俺は努めてニコッとしたけど、そんなに俺って怖い顔をしてたのかなあ。ま、たしかにこの場にゴッドマザーがいたらボコボコにしてやりたい気分だけどね。

「・・・それは分かったけど、マジで腰が抜けて立てないんだ。悪いけど手を引っ張ってくれ」

「あー、それはいいですけどー、購買のパックジュースの件は忘れないでくださいねー」

「わーかったから!」

「はいはい、今起こしますよ。青葉もパックジュースを奢れよー」

 俺は靴をベランダに残して室内に入ったけど、青葉に向かって『ニコッ』とした。いや、『ニヤリ』としたという表現が正しいかも。

「えー!あれは華苗穂かなほ先輩が勝手に言った事だよー。私は知らないよ」

「お前だって相当驚いてただろ?しかも広内金先輩の横で『ウン、ウン』とばかりに首を縦に振ってたのは誰かなあ?」

「あーーー!分かったわよ!!パックジュースは私の小遣いでは無理だから、その代わりお母さんに頼んで来月は小遣いを4分の3にするのを約束するからさあ」

「よーし、その言葉、忘れるなよ」

「はーーーー・・・」

 青葉が物凄ーく深いため息をしたのは言うまでもなかった。

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