第154話 大成、ゴッドマザーの秘書から衝撃的な話を聞く

 俺はタクシーに乗ってから逆に落ち着かない。


 隣に座っている平野川ひらのがわさんが何も喋らず前を向いて座っているし、ほとんどと言っていい程に表情を変えないから不気味なほどだ。幸いにしてタクシーの運転手が最初からラジオをつけているから、重苦しい空気が車内に満ちている訳ではないのが救いといえば救いだ。

 でも、この沈黙は何とかしたい・・・

 そう言えば・・・さっき、この人は15年くらいゴッドマザーの私設秘書をしていると言っていた・・・という事は広内金ひろうちがね先輩の日常とか昔話を聞けるかも。聞いてどうこうしようとか言う訳ではないが、暇潰しにはなるかも。

「あのー・・・」

 俺は平野川さんに小声で話し掛けたけど、タクシーに乗ってから初めて平野川さんが正面以外に顔を向けて話し始めた。

「何か呼びましたか?」

「さっき、15年くらい奥様の秘書をしているって言ってましたよねえ」

「はい、そうですけど、その事で何か・・・」

「という事は広内金ひろうちがね先輩が生まれて間もなくの頃から私設秘書をしているという事ですよねえ」

「ええ、そうですよ。まだ華苗穂かなほお嬢様がハイハイをしていた頃からです。お嬢様は先月17歳になられましたから、16年半、奥様の私設秘書を務めている事になりますね」

 俺はずうっと平野川さんの顔を見ている。いや、正しくは平野川さんの顔の筋肉の動きを見ているといった方が正しいかもしれない・・・

「因みに、広内金先輩のお婆さんの私設秘書になる前は何をされていたんですかあ?」

「えーと、大学を卒業して広内金商事の本社の総務部総務課で主に給与計算とか労務関係の仕事をしていました。その部署には3、4年いましたが、その後に社長直々に役員秘書室へ異動するように言われました。まあ、言われたというより社長命令と表現した方が正しいかもしれませんね。その証拠に翌日には辞令が交付されて、母と同じ社長付けの配属になりました。役員秘書室といっても、専属の秘書がいるのは社長だけで専務や常務は兼務ですので、奥様付けの秘書とは言っても社内の所属は社長専属秘書です。因みに社長専属秘書は4人いますが、そのうちの2人は母とわたしですので、実際に社長専属秘書をやっているのは2人だけになりますね」

「へえー。でも、そうなると休日とかは広内金先輩のお婆さんの都合に合わせてるだろうから取りにくいんじゃあないんですかねえ」

「はい、それは事実ですね。母は30年以上も奥様の私設秘書をしているのですが、その労働時間について労働基準監督署から指摘される恐れがあったので、役員秘書室の室長や総務部長、総務課長らが相談して「もう一人増やそう」という話になったというのを当時の役員秘書室長が辞令を交付する際に言ってました。形の上では社長直々の指名ですけど、実際には奥様が社長の名前で指名したという方が正しいです。まあ、奥様も昔から日曜日は特別な事情が無い限り家族の誰かと過ごされていて、母やわたしがいる事はないですから、月曜日から土曜日の間で1日、休みを頂いておりますから、ちゃあんと週休二日になってますよ」

「ふうん」

「それに、例えば身内に不幸があったとか、体調不良で急に休んで母もわたしもいないというような時には社長専属秘書か役員秘書室の誰かが対応しておりますので、奥様のお手を煩わすような事は御座いません」

 俺は平野川さんと会話を始めてから一度も目を見てない。ずうっと平野川さんの顔の筋肉の動きをつぶさに観察してたが、ほとんど表情を変えず、どちらかと言えば淡々と話していて、でも、嘘を言ってる時に見られる頬の変化とおぼしきものは全くと言っていいほど伺えなかった。

 という事は、平野川さんは事実を淡々と述べていて、嘘は言ってないと判断するのが妥当だ。ただ、元々そういう表現方法しか出来ない人だったら話は別になるのだが、それを調べるだけの時間が今の俺には無い。

「・・・あのー、俺、広内金先輩の事は学校での先輩しか基本的に知らないに等しいんですけど、普段の先輩の様子はどうなんですかねえ」

「あれ?大成たいせい様、逆に質問したいのですが、『学校』とは高校の事でございますか?」

「ええ、そうですけど・・・」

 俺は特に意識して質問した訳ではなかったのだが、初めて平野川さんの表情に変化があった。紛れもなく『俺の発言内容にびっくりした』という表情だ。

「あのー・・・もしかして、大成様はお忘れになられておりますか?」

「へ?・・・一体、何を?」

「あなた様は華苗穂お嬢様に、幼稚園児の頃に3、4回はお会いしている事を」

「はあ!?」

 おいおい、俺も思わず大声を出してしまったけど、明らかに今の平野川さんの発言は俺にとっては衝撃的だ。しかも平野川さんの表情からは嘘を言ってるようには見えない。

 俺と広内金先輩が幼稚園児の頃に何度か会っている・・・一体、どこで、どんな時に・・・たしかに幼稚園の頃の記憶などは高校生にもなれば相当アヤフヤになってるから、俺の記憶から飛んでるだけなのかもしれないけど・・・でも、ゴッドマザーの私設秘書が覚えているくらいなのだから、ゴッドマザー自身も当然覚えていると考えた方が自然だ・・・

「・・・わたしの記憶が間違ってなければ、あなた様と華苗穂お嬢様が高校以外で最後にお会いになられたのは華苗穂お嬢様が小学校1年生の時のお正月ですから、大成様は幼稚園の年長ですね。お忘れになられてるのも仕方ないのかもしれませんね」

「・・・・・」

「華苗穂お嬢様は小学校、中学校は私立小学校ですし、特に中学校は札幌ウィステリア女子中学ですから、大成様と同じ学校ではないので接点がなかったのは仕方ないかと思います。ただ、華苗穂お嬢様が髪を今のように短くされたのは中学生になって間もなくの頃で、それまでは相当長い髪でしたから、大成様が仮に幼稚園の頃の華苗穂お嬢様の印象をお持ちになられていたとしても、全然雰囲気が違いますから気付かなかったとしても無理ないですよ」

「髪が長かった・・・」

「そうですよ」

 おい、ちょっと待て・・・髪が長くて青葉あおば以外の女の子・・・もしかして・・・が広内金先輩なのか・・・でもあの子は筈だぞ。

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